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	<title>アーティスト &#8211; ヒダスト</title>
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	<description>飛騨地方に生きる、飛騨人のストーリーを刻むメディア。</description>
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	<title>アーティスト &#8211; ヒダスト</title>
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	<item>
		<title>再び、故人の命を灯す。亡き親友と息子が導いてくれた天職は、優しい魔法の「絆画作家」 ー 大村順 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス / 絆画作家 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2019/08/28/oomurajun/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 28 Aug 2019 05:52:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[30代]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[アーティスト]]></category>
		<category><![CDATA[イラストレーター]]></category>
		<category><![CDATA[ゴーアヘッドワークス]]></category>
		<category><![CDATA[移住者]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>故人とご遺族の絆を描く絵画 「絆画 (きずなえ)」。繊細な筆遣いと鮮やかな色合いで描くのは、これまで14万人以上の似顔絵を描いてきた株式会社ゴーアヘッドワークス所属のイラストレーター 大村順 さん。 似顔絵を希望する人は [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3417" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-1920x1280.jpg 1920w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote>
<p class="p1"><strong><span class="s3">故人とご遺族の絆を描く絵画</span> <span class="s3">「絆画</span><span class="s5"> (</span><span class="s3">きずなえ</span><span class="s4">)</span></strong><span class="s3"><strong>」</strong>。繊細な筆遣いと鮮やかな色合いで描くのは、これまで</span><strong><span class="s4">14</span></strong><span class="s3"><strong>万人以上の似顔絵</strong>を描いてきた株式会社ゴーアヘッドワークス所属のイラストレーター <strong>大村順 </strong>さん。</span></p>
<p class="p1"><span class="s3">似顔絵を希望する人は、幸せな日々を送るカップルや家族がほとんど。その中で<strong>なぜ、故人とご遺族にフォーカスしたグリーフケア事業「絆画」を始めたのか。</strong></span></p>
<p class="p1"><span class="s3">遺族の悲しみに触れていく中で湧き上がった大村さんの想い、そして絆画作家として生涯をかけて描き続けることを決意したきっかけに迫りました。</span></p>
</blockquote>
<h2 class="p4"><span class="s1"><b>親友の突然の死が、絆画を始めたきっかけ</b></span></h2>
<p>絆画を始めたのは、突然に親友を亡くしたことがきっかけでした。親友とは中学生の時に出会い、意気投合してよく一緒に遊んでいたんです。大人になってからも友情は続き、僕が描いた似顔絵を引っ越し先にも必ず持って行ってくれて、僕の絵の技術を<strong>「魔法だ！」</strong>と自慢してくれていたらしいです。でも親友とは地元を離れたこともあり、なかなか会うことも少なくなっていました。</p>
<p class="p1"><span class="s1">そうして</span><strong><span class="s2">27</span></strong><span class="s1"><strong>歳の時、親友は不慮の病で突然亡くなってしまった</strong>んです。親友の実家に行き、仏壇の前で手を合わせて初めて「もうこの世にはいないんだな」と実感しました。</span><span class="s1">お母さんから「順くんに会いたがっていたんだよ」と話を聞いて、もっと遊んでおけばよかったと<strong>凄まじい後悔の念</strong>が湧いてきたんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">それから命日には、可能な限り親友の実家にお参りしてお母さんとお話していました。ずっと「なにか力になれないかな」と思いながら月日が</span><span class="s1">経った2017年の命日、<strong>「家族写真を撮りたかったなあ」</strong>と、お母さんが呟いたんです。その瞬間にこれだなと直感しました。</span></p>
<p><span class="s1">僕は高校を卒業してからは似顔絵師として、これまで</span><strong><span class="s6">14</span></strong><span class="s1"><strong>万人以上の似顔絵</strong>を描いてきています。その技術と経験の蓄積から、</span><strong><span class="s6">5</span><span class="s1">年経って</span><span class="s6">32</span></strong><span class="s1"><strong>歳になった親友の顔</strong>を想像して描いて、その周りに<strong>現在の家族の姿</strong>を描きました。亡くなっていたとしても、<strong>共に生きて流れている時間</strong>を表現したかったんです。そうして描き上がったのが<strong>「絆画」</strong>の一枚目になります。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3377" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/oomurajun01.jpg" alt="" width="541" height="382" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/oomurajun01.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/oomurajun01-300x212.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/oomurajun01-768x542.jpg 768w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p><span class="s1">絆画をご家族に見せた瞬間、お母さんは言葉が出ないまま、わーっと泣き崩れました。<strong>「生きているみたいだ。描いてもらってよかった」</strong></span> <span class="s1">そう言いながら</span><span class="s6">10</span><span class="s1">分ぐらい泣かれて、僕ももらい泣きです。</span></p>
<p><span class="s1">泣き崩れるくらい喜んでいただけるのであれば、悲しみを背負ったままのご遺族の方々の願いや想いを描いていくべきじゃないのかな。親友が<strong>「魔法」と褒めてくれた僕の絵の技術で、「絆画を描け」</strong>と言ってくれているんじゃないかな。これから僕が進むべき、<strong>道標を贈ってもらった</strong>気持ちになったんです。</span></p>
<h2 class="p4"><span class="s1"><b>絆画を通して、故人ともう一度出会う</b></span></h2>
<p class="p1"><span class="s1"><strong>もう一度、故人とご遺族の絆を描いて紡ぎ直したい。</strong>そんな想いから<strong>「絆画(きずなえ)」</strong>と名付け、</span><span class="s2">2017</span><span class="s1">年の</span><span class="s2">9</span><span class="s1">月から本格的に<strong>「絆画作家」</strong>として活動を始めました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">そうしたら似顔絵の常連のお客様からすぐに連絡がありました。婚約指輪をもらって幸せの絶頂だった矢先、不慮の事故で婚約者が亡くなってしまったそうなんです。<strong>「結婚式を挙げることができなかった。せめて彼が大好きだった海の浜辺でウエディングドレスを着て、彼にお姫様抱っこされている絆画を描いて欲しい」</strong>そんなご依頼でした。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3376" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/oomurajun02.jpg" alt="" width="540" height="421" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/oomurajun02.jpg 720w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/oomurajun02-300x234.jpg 300w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p class="p1"><span class="s1">いつもお世話になっている方にそんな出来事があったのかと衝撃を受けながら、心を込めて描きました。遠方にお住まいのため直接お渡しはできなかったのですが、<strong>「胸がいっぱいで、しばらく</strong></span><span class="s1"><strong>動けなくなりました。本当にありがとうございます」</strong>とメッセージをいただけました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s2">また5</span><span class="s1">年前に</span><span class="s1">娘さんを15歳で亡くされたご夫婦へ、そのご友人からのご依頼もありました。お父さんが<strong>娘さんの成人式に「お姫様抱っこをしてあげたかった」</strong>そうなんです。</span><span class="s2"> </span><strong><span class="s1">成人式を迎えた</span><span class="s2">5</span></strong><span class="s1"><strong>年後の娘さん</strong>をイメージして、<strong>晴れ着で華やかに</strong>ご家族を描かせていただきました。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3427" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/IMG_1632-766x1024.jpg" alt="" width="540" height="722" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/IMG_1632-766x1024.jpg 766w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/IMG_1632-224x300.jpg 224w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/IMG_1632-768x1027.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/IMG_1632-1436x1920.jpg 1436w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/IMG_1632.jpg 1546w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p class="p1"><span class="s1">お渡ししたときにお父さんは膝が崩れて叫ぶように泣かれて、心の底から喜んでいただけました。</span><span class="s1">こうして絆画を描いてお渡しするたびに、ご遺族の方の<strong>慟哭に近い心の叫び</strong>に触れます。ご遺族の方にとって、<strong>絆画を通して故人とまた出会う</strong>ことが、<strong>明日を生きる元気</strong>になればと願って描いています。</span></p>
<h2 class="p4"><span class="s1"><b>絆画の中には、故人の意思や願望も生きている</b></span></h2>
<p class="p1"><span class="s1"><strong>おばあちゃんと猫の絆画</strong>を描いてから、少し心境の変化がありました。大好きだったおばあちゃんと猫を亡くした娘さんへ、お母さんからのご依頼でした。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">おばあちゃんは<strong>もう一度大好きな猫と、庭でお散歩して日向ぼっこする</strong>ことを夢見て、闘病していたそうです。ですが猫が先に亡くなってしまい、おばあちゃんも後を追うように亡くなりました&#8230;..。そこでおばあちゃんが猫と笑顔で、お庭をお散歩している絆画を描きました。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3388" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/oomurajun13.jpg" alt="" width="540" height="781" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/oomurajun13.jpg 674w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/oomurajun13-207x300.jpg 207w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p class="p1"><span class="s1">描きながら<strong>「亡くなったおばあちゃんが元気だったら、いつかきっとやりたかったことも叶えてあげられているのかな」</strong>おこがましいかもしれないけど、そう思えたんです。  </span><span class="s1">きっと絆画の中には、ご遺族の方の願いや想いだけではなくて、<strong>故人の意思や願望も生きています。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">絆画を描くときは、<strong>依頼者の想いやご遺族・故人の細かい情報</strong>をお伺いします。正直、精神的には辛い時間です。依頼者やご遺族の心を鷲掴みにして、傷を抉っているのではないのかと罪悪感があります。それでも出来上がる絆画のために、故人の身長・体型・性格はもちろんですが、家族が記憶している故人のエピソードも取材します。写真もたくさんお借りします。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">そうして故人の人物像をイメージして膨らませることで、亡くなられてから数十年経っていたとしても、<strong>遺族と同じ年月を重ねた故人</strong>を描き出します。</span>出来上がった絆画を見た瞬間に<strong>再び、故人の命が灯って輝く</strong>ならば、こんなに嬉しいことはないですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">故人が亡くなられた事実や、過去は変えられません。しかし、<strong>訪れるはずだった幸せや未来までもが、奪われてしまうのは違う</strong>と思うんです。</span>絆画の中だけでも生きていると感じてもらえたら、遺された人たちにとっても少し救いになるのかな。そう信じながら描くことで、故人の命を灯してもう一度、<strong>ご遺族との絆を結びたい</strong>です。</p>
<h2 class="p3"><span class="s2"><b>僕の中にたくさんの人が生きている。絆画は天職</b></span></h2>
<p class="p1"><span class="s2">「遺族の方に少しでも元気になってほしい」「故人の方の果たしたかった願いや夢を叶えてあげたい」そんな気持ちでこの2年間、絆画に取り組んできました。</span></p>
<p class="p1"><span class="s2">「自分にしか描けないことってなんだろう？」そう問いかける日々の中で、やっぱりいろんな人の痛みや悲しみに寄り添って、励ますような絵を描きたい。まさに<strong>絆画が天職</strong>だと思えてきたのです。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3429" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/58420363_1924402664337977_7442730174195433472_n.jpg" alt="" width="540" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/58420363_1924402664337977_7442730174195433472_n.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/58420363_1924402664337977_7442730174195433472_n-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/58420363_1924402664337977_7442730174195433472_n-768x511.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/58420363_1924402664337977_7442730174195433472_n-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>そんな中、2019年の6月に妊娠中の妻が前期破水をします。<strong>「助かる確率は低いけれど早産で産むか、中絶して死産にするか」</strong>お医者さんに告げられ、とても悩みましたが死産を選びました。最初は誰にも言いたくなくて、秘密にしておこうと思いましたが、息子の命を悲しい思い出で終わらせたくもなかったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>わずかな可能性にかけるか中絶するかの選択を狭られている時、分娩室の外では赤ちゃんの泣き声がしていて、向かいのベットには産まれて間もない我が子をあやす夫婦や、明日我が子が産まれるであろう夫婦がいる。後日、死亡届を書いてる僕の隣で、出生届を書かれている夫婦がいる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>本来の僕であれば、生命の誕生を心からお祝いしたいはずなのに、誰もが幸せであってほしいはずなのに、心の隙間に生まれる<strong>モヤっとした感情</strong>がありました。その感情は膨れ上がると憎しみになって人を傷つけたり、自分を苦しめたり、争いを生んだりします。</p>
<p>僕は誰もがその感情を少しでも感じなくていいように、心穏やかに平和に過ごせるように、そんな願いも含めて絆画を描きたいんだなとあらためて気づきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="s2">絆画を描いていく過程で、<strong>僕の中にたくさんの人が生きていま</strong>す。僕と共に生きていく人たちに、恥じない生き方をしたいです。</span>そして、親友と息子がこの世で生きた証を、<span class="s2">親友が<strong>「魔法」</strong>と呼んでくれた僕の絵の技術で</span>証明し続けていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>「絆画で大切な人と紡いでいける未来があるから、大丈夫」</strong>そう現実や言葉では救いきれない、伝えきれない部分を絆画で埋めていきたいです。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3417" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-1920x1280.jpg 1920w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/DSC0331-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote>
<p class="p1"><span class="s1">故人とご遺族の絆をもう一度蘇らせる「絆画」。大切な人を亡くした悲しみは言葉にはできません。だからこそ<strong>言葉にできない気持ちや願いを形に描く、絵には大きな力</strong>があります。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">大村さんの優しい魔法が描く希望は、多くの人の悲しみに寄り添い、明日へと向かう勇気を生み出します。<strong>大村さんは人生を懸けて今日も誰かのために、親友と息子のために、未来を描き続けます。</strong></span></p>
</blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p>大村順 (おおむらじゅん)</p>
<p>絆画ホームページ<br />
<a href="http://www.kizunae.jp/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">http://www.kizunae.jp/</a></p>
<h2>「絆画展〜今を生きること〜」絆画作家 大村順 の初個展</h2>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3436" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten02-1024x508.jpg" alt="" width="539" height="267" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten02-1024x508.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten02-300x149.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten02-768x381.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten02-1920x952.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3437" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten01-724x1024.jpg" alt="" width="540" height="764" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten01-724x1024.jpg 724w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten01-212x300.jpg 212w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten01-768x1086.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten01-1358x1920.jpg 1358w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/08/kizunaeten01.jpg 1448w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2019/08/28/oomurajun/" target="_blank">再び、故人の命を灯す。亡き親友と息子が導いてくれた天職は、優しい魔法の「絆画作家」 ー 大村順 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス / 絆画作家 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>マチの課題をデザインの力で打開したい。等身大の僕が積み重ねてきた、デザイン ー 竹本純 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス 高山チーフ )</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/08/22/takemotojun/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 22 Aug 2018 13:29:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[20代]]></category>
		<category><![CDATA[アーティスト]]></category>
		<category><![CDATA[ゴーアヘッドワークス]]></category>
		<category><![CDATA[デザイナー]]></category>
		<category><![CDATA[高山工業高校]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>飛騨高山のデザイン事務所「株式会社ゴーアヘッドワークス」で高山チーフを務める竹本純(たけもとじゅん)さん。実用的なグラフィックデザインを得意とし、デザイナーやイラストレーターとして幅広く活躍しながらも、その半生は挫折と後 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-763" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun11-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun11-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun11-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun11-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun11-1920x1280.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<blockquote><p>飛騨高山のデザイン事務所「株式会社ゴーアヘッドワークス」で高山チーフを務める竹本純(たけもとじゅん)さん。<strong>実用的なグラフィックデザインを得意</strong>とし、デザイナーやイラストレーターとして幅広く活躍しながらも、その半生は<strong>挫折と後悔の連続</strong>でした。等身大でぶつかってきた29歳、今まさに最前線で挑戦する竹本さんのストーリーをどうぞご覧ください。</p></blockquote>
<h2>学生時代から取り組み続けた、表現</h2>
<p>高山市上岡本町で生まれました。小さい頃は昆虫採集が大好きで、誕生日には昆虫図鑑を買ってもらうのが定番。お調子者でおっちょこちょいな性格で、しょっちゅう怪我をしていましたね。図工と体育が好きで、絵もよく描いていました。</p>
<p>中学校ではバスケ部に入ったのですが顧問が厳しくて、怒られることが本当に嫌いになりました。だからできるだけ怒られないように、校則の範囲内でどうはっちゃけるかに全てを賭けてたんです。同級生をモデルにしたカードゲームを作ったり、教室内に菜園を作ってトマトやスイカを栽培して食べていました。</p>
<p>物作りや創作が好きだったこともあり、高山工業高校のインテリア科に進学します。この頃から似顔絵も描いてました。しかし<strong>高校生活で一番のめり込んだのは音楽</strong>ですね。「バンドやろうぜ！」と友人の一言でギターにベース、ハーモニカを始めました。どれも中途半端な出来栄えですが、よく市民広場で路上ライブをしていたんです。代表曲は「<a href="https://soundcloud.com/jun-takemoto-2">びんちょうまぐろ</a>」です。</p>
<p>あとは当時流行っていたヒップホップやレゲエといった音楽を知り、<strong>「ラップはお金もかからないし、楽器が弾けなくてもできる音楽だ！」</strong>なんて安直な考えで始めて、現在も続けています。最近では、「ビジネスマンラップトーナメント」という社会人ラップバトルの大会にも出場しました。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-733" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun06-1024x683.jpg" alt="" width="525" height="350" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun06-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun06-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun06-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun06-1920x1281.jpg 1920w" sizes="(max-width: 525px) 100vw, 525px" /></p>
<p>絵も描き続けていて、ネット上に自作の漫画を公開するなど、当初は漫画家を夢見ていました。そんな折、アルバイト先でPOPを制作した時に店長からとても褒めてもらえたんです。<strong>自分の絵を一番最初に認めてくれたのは「デザイン」というお仕事でした。</strong>なにより身近な方から褒めてもらえることにやりがいを感じ、嬉しかったですね。</p>
<p>当時は「グラフィックデザイナー」という職業を知らなかったのですが、進学先はデザインの専門学校「名古屋デザイナー学院」を志望。パンフレットの写真にすごく可愛い女の子が載っていたことが決め手でした(笑)。</p>
<h2>大きな挫折で落ち込んだ、底辺</h2>
<p>進学して、名古屋での一人暮らしが始まりました。最初は授業を真面目に受けていたのですが、同級生や先輩に実力やセンスの差を見せつけられてふてくされ、やがて出席だけ取った後は近くの<strong>コンビニで暇を潰したり、パチンコに通ったり&#8230;&#8230;。</strong>アルバイトもろくにしていなかったのでお金もなく、冷蔵庫の奥に唯一入っていたソースや味噌を舐めたりもしていました。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-740" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun08-1024x683.jpg" alt="" width="500" height="333" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun08-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun08-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun08-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun08-1920x1280.jpg 1920w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>実はこの頃に弊社代表の<a href="https://hida-st.com/2018/08/08/kabayuusuke/">蒲優祐</a>に出会っているんです。きっかけは「デザイン事務所にアポを取って、インタビューをしてレポート書く」という学校の課題。名古屋のデザイン事務所をネットで探す中で心奪われたのが、当時蒲が代表を務めていた会社でした。</p>
<p>蒲が高山出身ということもあり、色々な会話をしたんです。盛り上がった最後に僕の作品集を見せて「僕は使えますか？」と聞いたら<strong>「使えんね&#8230;&#8230;」</strong>と言われたことをよく覚えています(笑)。</p>
<p>相変わらず専門学校には真面目に通わず、そんな状態でやがて就職活動を始めるのですが面接でことごとく落とされるんです。同級生が次々と内定を取る中、<strong>過去最大の劣等感で卑屈になっていました。</strong>ちょうど当時、SNS経由でお仕事を依頼されたり、知人のイベントのフライヤーを制作したりと、自身のデザインが仕事になっていた時期なだけに余計悔しかったですね。</p>
<p>結局、就職活動に失敗してとりあえず地元へ戻るために引っ越しました。高山へ帰るバスの中で<strong>「2年間、僕は何かを残せたのか、何もできなかった」と号泣</strong>した瞬間は一生忘れられません。ドン底でした。</p>
<h2>地元の飛騨高山で再起をかけた、挑戦</h2>
<p>地元のカフェでアルバイトをしながら、引き続き就職活動をしていました。カフェの商品のPOPなども制作しながら、やっぱりデザインの仕事をしたいと想いを募らせていた頃、アパレルショップでデザイナーを募集しているのを見つけたんです。早速面接に行ったら<strong>「あなたはブレスみたいなところが向いている」</strong>と言われて、フリーペーパー制作をしている<a href="http://www.bless1.com/index.html">有限会社ブレス</a>の細井卓美社長を紹介してもらいました。しかし最初の面接で「今は募集してない」ということであえなく断念。 懲りずにあらためて電話したら<strong>「アルバイトからならいいよ」</strong>ということで、ようやくデザインの仕事に就けました。</p>
<p>デザイン編集ソフトの使い方もろくに知らなかった当時、先輩社員にけちょんけちょんにされながらも<strong>雑草魂でなんとか食らいついていく</strong>日々でした。そうして晴れてブレスの正社員になった後は、チラシ・DM・タウン情報誌の制作など、デザインの基礎を一から叩きこまれました。<strong>僕の基礎はブレスでの必死の学び</strong>です。作業スピードが遅くて仕事はなかなか終わらなかったけれど、やりがいを感じていました。</p>
<p>その頃SNSを通じて、蒲と再びご縁が繋がります。同年代の飲み会などにも誘われるようになり、あじ平のしんさんや駿河屋の清太郎さんといった高山の勢いある若手から色々と刺激をもらいました。また中学校の同級生と地元にバスケサークルを設立して、もう解散しちゃったんですがたくさんの繋がりができたんです。同時に<strong>人間関係の難しさを痛感する出来事</strong>も多々ありましたね。</p>
<p>当時蒲が取り組んでいたゆるキャラ「お猿のくぅ」のグッズ制作や、子ども向けのワークショップに関わるようになり、徐々に蒲をライバル視するようになりました。蒲は27歳の時には独立していたので、<strong>自分の年齢を蒲に重ねて足跡を追いかける</strong>ようになったんです。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-780" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun10-1024x680.jpg" alt="" width="517" height="343" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun10-1024x680.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun10-300x199.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun10-768x510.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun10-1920x1275.jpg 1920w" sizes="(max-width: 517px) 100vw, 517px" /></p>
<h2>背中を追いかけて手広く積んだ、経験</h2>
<p><strong>いつか蒲を追い越してやるぞ！</strong>そんな気持ちでアートを軸に手広く挑戦し始めました。</p>
<p>市民団体<strong>「スマイルデザインプロジェクト」</strong>を設立して、アートに特化したイベントや<strong>「ヒダロッキンフェス」</strong>を開催。スキー場を貸し切っての音楽イベントでしたが、初回は300人集客目標で当日のお客さんが60人。大赤字で口座残高が吹っ飛びました。でも会を重ねるごとに大きくなり、徐々に仲間も集まってきます。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-788" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun15.jpg" alt="" width="510" height="340" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun15.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun15-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun15-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 510px) 100vw, 510px" /></p>
<p>いろいろな活動の中で少しずつ名前も売れてきたのか<strong>「イベントで似顔絵を描いて欲しい」</strong>というご依頼がきました。自信はなかったけどとりあえずやってみよう！の精神で、初めて対面で似顔絵を描いてお金をいただきました。もちろんそれまでイラストを描く仕事はしていましたが、<strong>人が喜ぶ瞬間に直接立ち会えていなかった</strong>んですよね。お客さんと直に繋がれたり、喜んでくれるのが新鮮でした。</p>
<p>そんな経験がきっかけで似顔絵の世界に引き込まれ、飛騨在住の若手クリエーターで<strong>「マチの似顔絵屋さん」</strong>という似顔絵チームを結成しました。高山市内のイベントへの出店も重ねる中で、<strong>お互い個性的な絵のタッチで切磋琢磨</strong>しながら、似顔絵の技術を磨き合いました。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-786" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun13.jpg" alt="" width="500" height="375" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun13.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun13-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun13-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>蒲は相手にしていたのか分かりませんが、僕もこれだけの挑戦をしている！と<strong>バチバチのライバル視</strong>をしていたんです。そうしたら蒲から<strong>「うちに来ないか？」</strong>と誘われました。</p>
<p>悩んだ末に4年半勤めた有限会社ブレスを円満退職し、<a href="https://www.goaheadworks.com/">株式会社ゴーアヘッドワークス</a>に転職しました。今だから言えますが、<strong>「3年くらい働いて、盗むだけ盗んでやろう」</strong>くらいの気持ちです。当時会社が名古屋事務所のみでしたので、学生時代の因縁がある名古屋へ引っ越しました。</p>
<h2>ゴーアヘッドワークスで誓う、貢献</h2>
<p>入社後の初仕事は昆虫採集イベントのお手伝い。その後は保育セミナーのスタッフと全然デザインの仕事がなくて、蒲への不満が募る日々。徐々に似顔絵やデザインの仕事が増えていったものの、僕の実力不足からいろんな方に助けてもらっていました。<strong>今振り返れば、入社から半年くらいは蒲とは微妙な関係でした。</strong>いろいろな不安感、友人の活躍を横目に焦燥感があり、早く独立したいとすら思っていたんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんな中、大きな転機が訪れます。蒲のご縁で、毎年1月に高知県で坂本龍馬像に将来や目標を誓う「龍馬の会」に参加したんです。 僕も自信満々に目標を語るも色々と突っ込まれ、蒲のビジョンや想いとも合致しない点が多々あったんですね。他の参加者に <strong>「お前らはもっと話し合え」</strong>と言われ、蒲と本音でみっちり話しました。蒲の会社や僕に対する想いを聞き、<strong>応えられていない自分が情けなくなって大号泣</strong>。学生時代の後悔も含めて、意思がより一層固くなりました。決意として髪をさっぱり坊主にし、再スタートを誓ったんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それからは毎日挑戦や失敗の連続ではありましたが、仕事に打ち込む中で色々なコンペや公募に応募し、多くの賞を受賞できました。次の年の「龍馬の会」では、昨年決めた目標を達成できていてリベンジに成功！美味しいお酒が飲めました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-734" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun05-1024x768.jpg" alt="" width="502" height="376" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun05-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun05-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun05-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun05.jpg 1478w" sizes="(max-width: 502px) 100vw, 502px" /></p>
<p>自分で仕事を取ってくることも増えて、少しずつ軌道に乗り始めましたね。 初めてのボーナスも出て、社員旅行で海外にも行けました。蒲は事あるごとに手紙を贈ってくれるのですが、<strong>ボーナスに同封されていた手紙は宝物</strong>です。あんなに落ちこぼれだった自分が母校のパンフレットにも掲載されて、今までの小さな積み重ねが花開く瞬間でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>会社も大きくなるタイミングで清水真規子が弊社にジョインし、似顔絵師としてずっと尊敬していた大村順さんも「一緒に働きたい！」との本人の要望でまさかの入社。4人で新たなスタートを切りました。自身の後輩にあたる清水が入社したこともあり、<strong>一人のデザイナーからディレクターへと立ち位置の変化を意識</strong>し始めましたね。スタッフが増えたものの、売上と作業量が比例せずに苦悩しながらでしたが、仲間が増えていく感覚は素直に嬉しかったです。</p>
<h2>実績を重ねて再び高山へ、凱旋</h2>
<p>地元の高山にデザイン事務所をつくることが蒲の一つの目標だったこともあり、スタッフも増えたタイミングで僕と清水が高山に帰還。<strong>事業所を名古屋と高山の二拠点に増やして、僕が高山ワークスのチーフに就任</strong>しました。初日にはしゃぎ過ぎて宮川に落ち、骨折したことは今でも反省しています。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-736" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun03.jpg" alt="" width="513" height="385" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun03.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun03-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun03-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 513px) 100vw, 513px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>高山商工会議所青年部会(YEG)にも入会し、地元で新たな繋がりができました。おかげさまで仕事も忙しくなり、様々なイベントに参加できないことが増えたのは贅沢な悩みですね。</p>
<p>今年の1月には本町一丁目に高山ワークスを開設しました。古民家をセルフリノベーションした、風情あるお気に入りの事務所です。4月には新たにスタッフが二人入社し、<strong>総勢6人で新生ゴーアヘッドワークス</strong>として日々ゴキゲンに働いています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-737" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun02-1024x768.jpg" alt="" width="518" height="389" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun02-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun02-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun02-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun02.jpg 1478w" sizes="(max-width: 518px) 100vw, 518px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>高山の好きな景色は親戚の家の近くの名もなき公園ですね。「かくれん慕」から江名子川沿いを上がっていった先にある小さな公園で、そこのベンチに座って高山の風土を感じながら、<strong>将来を深く思い馳せた</strong>んです。青春の一ページ。</p>
<p>あれから10何年、相変わらずたくさんの課題や目標が目の前に山積みですが、今は不安よりも期待が勝っています。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-738" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun01.jpg" alt="" width="515" height="364" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun01.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun01-300x212.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun01-768x543.jpg 768w" sizes="(max-width: 515px) 100vw, 515px" /></p>
<h2>飛騨でデザインする未来は、還元</h2>
<p>仕事も順調に進んでいく中で、デザインの仕事に対するさまざま不満や疑問が湧いてきました。AI(人工知能)の発達によって写真から簡単に似顔絵を制作できたり、素人でもアプリを使ってそれなりのデザインが作れたり&#8230;&#8230;。AIの発達で消えていく職業ランキング上位に、「デザイナー」が入る理由も分かります。</p>
<p>しかし、<strong>デザインは人と人をつなげる「ビジュアルコミュニケーション」</strong>。人間がつくってこその仕事だと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>現状、デザインやイラストといった仕事は広告業界では下の層の存在。お客さんとの距離が意外と遠い職業です。自分が制作したデザインなのに実績として報告できなかったり、デザインの成果や反響を知ることも意外と少なかったりします。</p>
<p>理由として、ほとんどのデザイナーは企画力や営業力が乏しいことが原因だと考えています。言われたものをただ制作するのではなく、<strong>自分の意見と知識と想いを持ってお客さんに提案ができるようになる</strong>ことが理想ですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そもそも<strong>デザインという仕事は分かりにくい</strong>です。特に高山だと、看板屋や印刷屋しかなかったから「それでお金を取るの？」とか「ちょっとタダで描いてみてよ」そんなことも散々言われてきました。でもそこは<strong>技術の対価を尊重して、還元してほしい</strong>。描く時間が5分でも、それまでの<strong>人生の積み重ねがあってこそ、その絵が描ける</strong>んです。いろんな人に知ってほしいし、そのためにはモノや成果で価値を示していきたい。</p>
<p>自分のデザインでお客さんの笑顔が見れたら励みになり、反響を感じられたらやりがいに繋がる。表面上のデザインにどこまで奥行きを出せるか。自分のデザインやイラストに<strong>自信を持ったデザイナーを、この飛騨の地で増やしていく</strong>のが僕のミッションです。その結果、飛騨の未来の創造に還元できるのなら最高ですね！</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-787" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun14-1024x683.jpg" alt="" width="566" height="377" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun14-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun14-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun14-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun14-1920x1280.jpg 1920w" sizes="(max-width: 566px) 100vw, 566px" /></p>
<blockquote><p>常に謙遜しながらも、明るく冗談を交えながら自身の半生を語る竹本さん。目の前の壁に等身大でぶつかってきたその姿に、多くの若き飛騨人は<strong>勇気</strong>が湧いてくるはず。</p>
<p><strong>人間本来の創造力</strong>が求められるこれからの時代、竹本さんが伝えたい想いは飛騨の地の未来に直結しています。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p><strong>竹本純(たけもとじゅん)</strong></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/takemoto0513">https://www.facebook.com/takemoto0513</a></p>
<p class="p4"><strong><span class="s1">株式会社ゴーアヘッドワークス</span></strong></p>
<p>ホームページ：<a href="https://www.goaheadworks.com/">https://www.goaheadworks.com/</a></p>
<p><strong><br />
＜高山ワークス＞</strong></p>
<p>住所：岐阜県高山市本町1-38<br />
TEL 0577-36-1001 / FAX 0577-57-5445<br />
営業時間：9時～18時 (定休日：毎週日曜／第2・第4土曜／祝日)</p>
<h2>竹本純のゴキゲンデザイン教室</h2>
<p><a href="https://peraichi.com/landing_pages/view/gokigendesign"><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-4116" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojundesign-1024x498.png" alt="" width="541" height="263" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojundesign-1024x498.png 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojundesign-300x146.png 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojundesign-768x373.png 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojundesign-1920x933.png 1920w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></a></p>
<p>プロのデザイナー / イラストレーターを目指すなら、必要になってくるIllustrator / Photoshopのスキル。ゴキゲンデザイン教室では竹本純が講師となり、プロを目指す方に各アプリのスキルに加え、デザインや印刷の知識を学べるレッスンを受けることができます。</p>
<p><a href="https://peraichi.com/landing_pages/view/gokigendesign" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://peraichi.com/landing_pages/view/gokigendesign</a></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/08/22/takemotojun/" target="_blank">マチの課題をデザインの力で打開したい。等身大の僕が積み重ねてきた、デザイン ー 竹本純 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス 高山チーフ )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>ゴキゲンに楽しく、人を笑顔にさせるデザインを創り続ける！ ー 蒲優祐 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス 代表取締役 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/08/08/kabayuusuke/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 07 Aug 2018 21:00:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[30代]]></category>
		<category><![CDATA[アーティスト]]></category>
		<category><![CDATA[ゴーアヘッドワークス]]></category>
		<category><![CDATA[デザイナー]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
		<category><![CDATA[起業家]]></category>
		<category><![CDATA[高山工業高校]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dear-hida.com/?p=203</guid>

					<description><![CDATA[<p>飛騨高山の数少ないデザイン事務所、「株式会社ゴーアヘッドワークス」を率いる、蒲優祐(かばゆうすけ)さん。 多忙な経営者でありながら、デザイナーとしてもバリバリ活動する、蒲さんの人生のキーワードは「ゴキゲン」？その原点は「 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/08/08/kabayuusuke/" target="_blank">ゴキゲンに楽しく、人を笑顔にさせるデザインを創り続ける！ ー 蒲優祐 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス 代表取締役 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3860" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/kabayuusuke20-1024x634.jpg" alt="" width="540" height="334" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/kabayuusuke20-1024x634.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/kabayuusuke20-300x186.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/kabayuusuke20-768x476.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/kabayuusuke20-1920x1189.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote>
<p class="p2"><span class="s1">飛騨高山の数少ないデザイン事務所、「<a href="https://www.goaheadworks.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">株式会社ゴーアヘッドワークス</a></span><span class="s1">」を率いる、<strong>蒲優祐</strong>(かばゆうすけ)さん。</span></p>
<p>多忙な経営者でありながら、デザイナーとしてもバリバリ活動する、蒲さんの人生のキーワードは<strong>「ゴキゲン」</strong>？その<strong>原点は「路上」</strong>？？</p>
<p><span class="s1">蒲さんのロックンロールに突き進む生き様と目指すビジョンを、ぜひともご覧ください！</span></p></blockquote>
<h2 class="p2"><span class="s1">たった一度の人生！志した職は「イラストレーター」！</span></h2>
<p class="p4"><span class="s1">高山市松本町で生まれました。物心ついた頃から、人をワクワク楽しくさせることが好きで、幼稚園の時の夢は<strong>「おもちゃ屋さん」</strong>でしたね。</span><span class="s1">小学校の通知表には「落ち着きがない」と毎回書かれていたくらい活発で、高山中を自転車で走り回っていました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">両親が共働きだったこともあり、大のおばあちゃん子でした。おばあちゃんから、<strong>「床屋になれ。はさみ一本があれば、どこに行っても仕事ができる」</strong>と言われて育ち、<strong>手に職をつける</strong>という意識を教えてもらいました。この頃から教科書やノートに落書きをしたり、物作りにも没頭していきます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">中学校ではバレーボールに熱中して</span><span class="s1">いましたが、やがて進路選択の時期が来ます。「勉強ができるんじゃなくて、<strong>物事がちゃんと見える賢い人」</strong>になろうと考えて、高山工業高校の機械科に進学します。機械科でしたが、授業では製図が得意でしたね。高校生になって初めて、<strong>「イラストレーター」</strong>という仕事があることを知ります。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1">高校3年生</span><span class="s1">の時、デザインの専門学校のオープンキャンパスに参加するため、初めて名古屋に行きました。地下鉄で切符の買い方すら覚束ない</span><span class="s1">僕の横を、名古屋の小学生がスイスイ改札を通って通学していた</span><span class="s1">。</span>あの光景を目にした時の衝撃は忘れられないですね。高山にはないものを求めて、都会への憧れを募らせました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">高校を卒業する前に、進路を真剣に考えた時期がありました。実は</span><span class="s1">その頃、年上の方とお付き合いしていたので、そのまま地元で就職して結婚する選択肢もあり、悩んでいたのです。</span><span class="s1">そこで親戚のおじさんやバイト先のおばさんなど、自分の周りの大人に現在に至るまでの<strong>人生の経緯を聞いて回りました</strong>。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="s1">話を伺う中で気づいたことは、なんとなく就職して結婚して、40歳くらいでやりたいことが見つかっても挑戦するのは難しいということ。「こんなはずじゃなかった」と言い訳して、タメ息をつく大人にはなりたくない。<strong>たった</strong></span><span class="s1"><strong>一度の人生、絵を描く道に進んでみよう</strong>と思ったんです。</span><span class="s1">イラストレーターを目指して、名古屋デザイナー学院のイラストレーションコースに進学しました。</span></p>
<h2 class="p2"><span class="s1">名古屋の路上を原点に、「ゴーアヘッドワークス」の屋号で独立</span></h2>
<p class="p4"><span class="s1">憧れの都会、名古屋で一人暮らしを始めます。地図を買ってバイクで走り回り、地下鉄の</span><span class="s1">一日乗車券で名古屋中を探検したり、</span>夜の街、ライブハウス、クラブ、行けるところにはどんどん行きました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">そうして二年間、楽しく専門学校に通い学んだのですが、</span>卒業制作で苦戦したんです。担当の先生から<strong>「このまま卒業させてもお前のためにならない」</strong>と言われ、グラフィックデザインを中心に再度勉強するために、もう一年、聴講生として残してもらいました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">日中は学校に通いながら、夜は繁華街の裏にある立体駐車場でバイトしていました。夜のお店のママさんがお客さんを連れて笑顔で出勤してきて、でも深夜の帰り際には「今日のお客さんはめんどくさかったね」って本音が漏れる瞬間がある。そうした夜の汚い大人を毎晩垣間見て、「都会はしんどくて面白くないなあ」と心底感じました。いずれは地元の高山で独立したいと思ったきっかけの一つです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">そんなある日、バイトの給料日まで二週間を残して手元に5000円しかない！というピンチがありました。追い込まれた末に<strong>全額かけて、自分の絵をポストカードにした</strong>んです。名古屋駅のナナちゃん人形の下にコタツ布団を広げて、</span><span class="s1"><strong>路上で絵を売り始めました</strong>。そうしたら一日で8000円くらい売り上げたんですね。それからは定期的に、路上に出るようになります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">まだ路上規制が緩かった当時、同じような路上アーティストはたくさんいました。</span><span class="s1"><strong>いかにどう目立つかが大事</strong>なんです。当時の僕は、ビリビリの汚れたGパンに革ジャンを着込んで、耳にはピアス、モヒカン頭で黒いサングラス。乗っていた厳つい</span><span class="s1">バイクをナナちゃん人形の下まで引いていく、そうしたら変わった人たちが集まって来るんですよ(笑)。</span></p>
<p><span class="s1">そうして路上で知り合った方からライブペイントをお願いされたり、イベントのフライヤーを作ったり、CDジャケットをデザインしたり&#8230;&#8230;<strong>僕の原点は路上</strong>です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter size-full wp-image-261" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasann10-e1526965162318.jpg" alt="" width="400" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasann10-e1526965162318.jpg 400w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasann10-e1526965162318-296x300.jpg 296w" sizes="(max-width: 400px) 100vw, 400px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">無事に専門学校を卒業してデザイン事務所に就職してからも、時間があれば路上で絵を売ることを趣味にしていました。そうした生活を一年少し続けた頃、</span><span class="s1">22歳の時にご縁をいただいて、</span><span class="s1">新しく立ち上がったデザイン事務所に雇われの代表として迎えられます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">泥臭く営業しながら仕事して、会社の運営・管理、スタッフ育成を経験しました。借り入れ以外は全部やらせてもらいましたね。五</span><span class="s1">年くらいそこで働いた後、</span><span class="s1">個人事業主として「<strong>ゴーアヘッドワークス</strong><strong>」</strong>の屋号で<strong>独立</strong>しました。</span></p>
<h2 class="p2"><span class="s1">「人の人生を背負え！」 恩師の一言をきっかけに法人化！</span></h2>
<p class="p4"><span class="s1">最初に就職した会社の社長と毎年1月に、高知県まで坂本龍馬に会いに行く恒例行事がありまして、退職してからも毎年参加していたんです。高知への道中、</span><span class="s1">独立してから忙しい日々を過ごしていることを話したら、<strong>「会社にしろ。人の人生を背負え！」</strong>とその社長に言われました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">その言葉が衝撃でしたね。身体に電撃が走ったんです。</span><span class="s1">その場で法人化することを約束し、転職先を探していた竹本純くんと出会いまして、</span><span class="s1">2012年8月「<a href="https://www.goaheadworks.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><strong>株式会社ゴーアヘッドワークス</strong></a>」となりました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-213" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan2-1024x461.jpg" alt="" width="484" height="218" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan2-1024x461.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan2-300x135.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan2-768x345.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan2.jpg 1145w" sizes="(max-width: 484px) 100vw, 484px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">会社にしてからは正直、めんどくさいことばかりですよ(笑)。今まで一人で仕事をしてきたから、自分でやった方が早いし、</span><span class="s1">法人化した年はマイナスからのスタートでした。</span><span class="s1">でも二人で頑張って、次の年には売り上げが倍以上になります！社員旅行へ行き、初のボーナスも出せました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4">数年経ち、次は女性の感性を取り入れたいと思っていた頃に、清水真規子さんと出会って入社していただきました。また、世界似顔絵大会3位の実力を持つ大村順さんと飲んでいたら、<strong>「一緒に仕事したいです！」と直談判</strong>されまして、新生ゴーアヘッドワークスの誕生です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-214" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan1.jpg" alt="" width="546" height="363" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan1.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan1-300x199.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan1-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 546px) 100vw, 546px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">独立した頃は、ずっと一人でやっていくつもりだったんです。</span><span class="s1">「俺のデザイン」でこれまで生きてきて、常に主役は自分。正直言えばスタッフのことを、自分</span><span class="s1">の仕事のお手伝いさんだと捉えていた時期もありました。でも</span><span class="s1"><strong>それじゃ人の人生を背負っていない</strong>ですよね。みんなが伸び伸びと自分を発揮できる会社にしよう。そう思い始めたら、スタッフが成長していくのを見るのが面白くなってきたんです。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1">2018年4月には新たにスタッフが二人入りました。河野政二くんと丸山純平くん。</span><span class="s1">スタッフが増えて成長していくと、僕ができないこともできる。今は</span><span class="s1"><strong>一人じゃ辿り着けなかった景色を見ています</strong>。</span></p>
<h2><span class="s1"><strong>飛騨高山に還元できる環境を創る。高山事務所のスタート！</strong></span></h2>
<p class="p4"><span class="s1">都会のコンクリートの上で遊ぶ子どもや、地下鉄で毎日学校に通う子どもをみて、自分の子どもは高山の自然の中で育てたいと強く思いました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">高山に戻りたいけれど知り合いがいない&#8230;&#8230;となると頼れるのは同級生ですよね。高山の大型スーパーを「<a href="http://hida-surugaya.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">駿河屋魚一</a>」を経営しているのが同級生の溝際清太郎くんで、そのご縁から高山での</span><span class="s1">最初の仕事は<strong>「<a href="http://hida-surugaya.com/locations/higashiyama/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">駿河屋エブリ</a>」のロゴマーク制作</strong>でした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">飛騨高山のご当地キャラ<strong>「お猿のくぅ」</strong>のプロデュースにも関わらせていただきました。企画を練ってグッズを作り、全国のゆるキャライベントをハイエースで回って、飛騨高山をPRする。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-373" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/07/kabasan10.jpg" alt="" width="536" height="357" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kabasan10.jpg 850w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kabasan10-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kabasan10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 536px) 100vw, 536px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうしたきっかけが地元でのご縁を生み、少しずつ繋がりから仕事をいただけるようになり、ついに2018年1月には高山市<strong>本町一丁目に高山事務所</strong>を構えることができました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">クリエイティブな思考ができる人を高山からもどんどん</span><span class="s1">増やしたいですね。いつかは</span><span class="s1">全体で百人以上の会社にして、<strong>飲食店にも挑戦してみたいし、保育園も作りたい</strong>。<strong>地域おこしに</strong>も関わりたい。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">高山で育った若者が、地域外に出て吸収したことを、地元に帰って来て還元できる場所を僕らが作れたら、きっと持続可能な高山になっていく。</span><span class="s1"><strong>「何かあったらここにおいで。僕らがいるから」</strong>って言いたいんです。田舎でも、良い意味で変わった大人たちがいる。こんなにたくさんの仕事や生き方がある。東京や世界と仕事ができる。そんなことを伝えていきたいです。</span></p>
<h2 class="p2"><span class="s1">デザインは1秒で伝えられる、ゴキゲンなコミュニケーション！</span></h2>
<p class="p4"><span class="s1">「デザインとはなにか？」よく聞かれるのですが、</span><span class="s1">僕は<strong>「コミュニケーション」</strong>だと考えてます。</span></p>
<p><span class="s1">イラストは見た瞬間に、1秒で気持ちを伝えられます。お客</span><span class="s1">さんの想いや願いを1秒で見える形にして、それをさらにカッコ良くインパクトを持たせて一枚に収める。それが<strong>圧倒的デザイン力</strong>です。誰かの伝えたい気持ちを表現して、形にする媒介なんですよね。</span></p>
<p>ゴーアヘッドワークスの理念は<strong>「ゴキゲンに楽しく、人を笑顔にするデザイン提供」</strong>です。自主的に、誰かのために思いやりを持って、何かを起こすこと。そうして自分も人もワクワクすること。そんな「ゴキゲン」であることを重要視しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-211" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan4.jpg" alt="" width="442" height="332" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan4.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan4-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan4-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 442px) 100vw, 442px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">まずは僕らが日々をゴキゲンに過ごしながら、人を楽しませることができるのかどうか。<strong>心に余裕がないとお客様の気持ちは汲み取れない</strong>ですよね。ゴキゲンであることが良質なコミュニケーションを生み、クオリティ高いデザインに繋がります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">僕の考え方やビジョンをまずは社員に伝えながら、徐々に広げながら、世の中がゴキゲンになっていく。</span><span class="s1"><strong>100年後の子どもたちがゴキゲンに過ごせる、そんな未来を創り上げたい</strong>ですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-212" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan3-e1526458017442.jpg" alt="" width="621" height="383" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan3-e1526458017442.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan3-e1526458017442-300x185.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan3-e1526458017442-768x474.jpg 768w" sizes="(max-width: 621px) 100vw, 621px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>笑顔でゴキゲンに、掲げたビジョンへと突き進み続ける蒲さん。</p>
<p>社員の想いや地域の未来を背負う真剣な姿勢と、いつだってワクワクを忘れない少年のような在り方。</p>
<p>そのギャップから溢れる<strong>人間味</strong>と<strong>圧倒的なデザイン力</strong>が、今日も少しずつ世界をゴキゲンに変えていきます。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p class="p4"><strong><span class="s1">蒲優祐(かばゆうすけ)<br />
</span></strong>Facebook：<a href="https://www.facebook.com/yuusuke.kaba">https://www.facebook.com/yuusuke.kaba</a></p>
<p class="p4"><strong><span class="s1">株式会社ゴーアヘッドワークス<br />
</span></strong>ホームページ：<a href="https://www.goaheadworks.com/">https://www.goaheadworks.com/</a></p>
<div class="gr">
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>＜高山ワークス＞</strong></p>
<p>住所：岐阜県高山市本町1-38</p>
<p>TEL 0577-36-1001 / FAX 0577-57-5445</p>
<p>9時～18時 (定休日：毎週日曜／第2・第4土曜／祝日)</p>
</div><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/08/08/kabayuusuke/" target="_blank">ゴキゲンに楽しく、人を笑顔にさせるデザインを創り続ける！ ー 蒲優祐 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス 代表取締役 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>飛騨高山で夢を叶えた、僕は歌う ー杉山修 (シンガーソングライター)</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/07/11/sugiyamashuu/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 11 Jul 2018 14:55:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[20代]]></category>
		<category><![CDATA[アーティスト]]></category>
		<category><![CDATA[シンガーソングライター]]></category>
		<category><![CDATA[斐太高校]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dear-hida.com/?p=160</guid>

					<description><![CDATA[<p>&#160; 飛騨高山出身、シンガーソングライターとして活動の幅を広げる杉山修(すぎやましゅう)さん。 20代半ばにして輝かしいステージに立つ彼の半生には、人知れず抱えた闇と運命を変えた数々の出会いがありました。杉山さん [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/11/sugiyamashuu/" target="_blank">飛騨高山で夢を叶えた、僕は歌う ー杉山修 (シンガーソングライター)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-220" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/image1-2-1024x683.jpg" alt="" width="541" height="361" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/image1-2-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/image1-2-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/image1-2-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/image1-2-1920x1280.jpg 1920w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote>
<p class="p1"><span class="s1"><strong>飛騨高山出身、シンガーソングライター</strong>として活動の幅を広げる杉山修(すぎやましゅう)さん。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">20代半ばにして輝かしいステージに立つ彼の半生には、人知れず抱えた<strong>闇</strong>と運命を変えた数々の<strong>出会い</strong>がありました。杉山さんのストーリーをどうぞご覧ください。</span></p>
</blockquote>
<h2 class="p1"><span class="s1">対人恐怖症を抱えていた少年時代と転機。</span></h2>
<p class="p1"><span class="s1">山王保育園の川向かい、高山市名田町1丁目で生まれました。小さい頃はすっごくおしゃべりで、親からは「吉本入れ」と言われるくらいハツラツな男の子。でも中学生になり、新入生代表挨拶をさせてもらったりする中で、<strong>真面目に優等生で在り続けなきゃと囚われてしまった</strong>んです。誰もが多感な時期ではありますが、特に僕は過敏なくらいでした。周りを気にして人と話すことを避けるようになり、中学を卒業する頃はどん底でしたね。今思うと、一種の<strong>対人恐怖症</strong>でした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">高校に進学してからは部活の野球に打ち込み続けて、平日も土日もバタバタ。周りとの距離感を意識できないくらい忙しい日々を過ごしたから、もう対人恐怖症を克服したと思っていたんです。でも埼玉県の大学に進学して一人暮らしを始めた時、一から友達を作ろうとしたけど上手くいきませんでした。対人恐怖症が治っていなかったんですね。ホームシックにもかかり孤独で、大学1年生からの2年間は<strong>人生で一番落ち込んでいました</strong>。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">大学2年生が終わって就活を意識し始めるときに、この状態で就活に挑むのは無理だと自身でも気づいていたんです。何か趣味でも始めなければと、バイト先の先輩に色々連れて行ってもらった中で、<strong>一番楽しいと思ったのがカラオケ</strong>でした。今ほど堂々と歌えずに上手でもなかったけれど、これだという手応えがあったんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">そんな時、今日はちょっと苦しいなって調子の悪い日があり、気晴らしに大好きな曲である森山直太朗さんの「さくら」を聴いていました。正直、森山直太朗さんの他の曲は全く知らなくて、「さくら」以外にどんな曲があるんだろうと探している中で、偶然出会ったのが<strong>「日々」</strong>という曲です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">「長い人生の中でありふれた日々の一部をただ生きているだけだ」といった内容を歌っている曲で、悩んでる時間は辛いけど、長い人生からみればたったの数年で大したことないなと、<strong>救われるような気持ちになってめちゃくちゃ泣きました</strong>。自分も誰かのためになるような人間になりたい。せっかくなら同じように歌を通して挑戦してみたい。そう思った<strong>大きなきっかけ</strong>です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-164" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu6.jpg" alt="" width="570" height="428" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu6.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu6-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu6-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 570px) 100vw, 570px" /></p>
<h2 class="p1"><span class="s1">衝動から20歳で始めたギターと初ライブ。</span></h2>
<p class="p1"><span class="s1">バットと鉛筆しか握ったことのない僕が、その衝動からすぐにギターを買いに行って、独学で弾き始めました。その日から「就活」は頭から消えましたね。大学を卒業するまでに曲を作れるようになろうと覚悟して、必死で練習する<strong>音楽漬けの日々が始まった</strong>んです。もちろん音楽業界のことなんて全く知らないですよ。自分の作った歌が正解か不正解かも分からない。それならライブハウスで歌ってみようと思いつき、弾き語りを募集しているライブハウスを見つけたのが<strong>運命の出会い</strong>でした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">ギターを手にして4ヶ月目、<strong>人生初ライブ</strong>。ライブハウスのスタッフや師匠のプロデューサー曰く「笑えるくらい下手くそだった」らしいです。それでも「よく一人で飛び込んできたな」と受け入れてもらえた。このライブハウスとの出会いが、今の活動に全て繋がっています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">毎月定期的に歌わせてもらえるようになり、いよいよ<strong>CDを作ってみたい</strong>とライブハウスのオーナーに話したら「うち、レーベルもやってるよ」と言われて、制作のプロデューサーになっていただけたんです。ここから僕の師匠となるオーナー兼プロデューサーとの、二人三脚の歩みが始まります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">自分で録音した音源をプロデューサーに送ってアレンジをお願いしたら、ピアノとバイオリンの音が入って返ってきました。自分の曲がこんな風にアレンジされるのかとものすごく感動して、これは早く次のシングルをリリースするぞと次の扉が開いた瞬間です。親には就活を頑張っていると誤魔化しながら、音楽活動に励んだ1年目でした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">あるとき「せっかく飛騨高山という素敵な故郷があるなら、それを歌にしてみないか」とプロデューサーに言われたんです。新しいみちしるべをいただき、リリースしたのが3rd single <strong>「高山～故郷へ贈る歌～」</strong>です。岐阜県人会や岐阜県東京事務所でも取り上げてくださり、高山市役所広報情報課からも取材していただき、人生初めての新聞にも載せてもらいましたね。年の終わりに初のアルバムも無事にリリースし、<strong>自分の想像を超える音楽活動1年目</strong>が終わりました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-165" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu5.jpg" alt="" width="600" height="678" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu5.jpg 720w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu5-266x300.jpg 266w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<h2 class="p1"><span class="s1">「花」でブレイク、保育園から飛騨を駆け巡った2年目3年目。</span></h2>
<p class="p1"><span class="s1">東京と高山を往復する日々が始まり、高山ではいろんなところを営業で回らせていただきました。たくさんの出会いに恵まれ、快く応援していただける中で、日に日に故郷への感謝が高まっていきます。「どうしたらもっと故郷へ貢献できるんだろう？」と考えた結果、30代・40代の世代が子育てを機に高山へ戻ってくる人も多く、故郷を歌った曲が一番響くのではと思ったんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">子育て世代なら、子どもも歌える曲が良いですよね。なにより<strong>子どもがおうちで楽しく歌ったら、必ず家族が明るくなる</strong>。そこで「保育園で歌わせてください！」とお願いをして回り、僕の実家近くの山王保育園をスタートに保育園・幼稚園ツアーが始まりました。最初の頃はグダグダのMCで、今思い返すと恥ずかしくなります。でも今では、<strong>朝のお片づけの時間に僕の曲が流れる</strong>んです。実家に居ても聴こえてきて、その度に初心を思い出させてくれます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">大きなターニングポイントは6th singleの<strong>「花」</strong>という曲です。</span></p>
<div class="c-responsive-container-16-9"><iframe width="1220" height="686" src="https://www.youtube.com/embed/-E6w728st_E?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">実は<strong>花里小学校をイメージ</strong>して作った曲なんです。小学1年生が歌えるようにシンプルな曲で、手を使った振り付けを考えたら、これが保育園でもめちゃくちゃウケました。「テレビのリモコンをマイクがわりに毎日歌っています」「おじいちゃんと孫で一緒に歌っています」そんな声をたくさんいただいて、本当に嬉しかったですね。そうして保育園・幼稚園ツアーがどんどん加速していった2年目でした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-166" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu3.jpg" alt="" width="539" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu3.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu3-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu3-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">3年目は大学を卒業して、両親にも活動を応援してもらっての大きな一歩。2年目の終わりにリリースしたアルバムを引っさげて、<strong>年間30本以上ステージ</strong>に立ちました。それも高山だけではなく、岐阜市・中津川市・下呂市とチャンスの場がどんどん広がっていったんです。<strong>夢中で駆け抜けたとっても濃い3年間</strong>でした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2 class="p1"><span class="s1">「いってきます。」　音楽活動3年の集大成アルバムリリース。</span></h2>
<p class="p1"><span class="s1">そうした密度の濃い3年間を締めくくる上で一つ、大きな区切りとして<strong>全国デビューのアルバム制作</strong>に昨年末から取り組みました。アルバムのコンセプトは<strong>「故郷」</strong>。特に最初と最後の曲がテーマを表現しています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">最初の1曲目は<strong>「青春は、生きること。」</strong>という曲で、青春時代は人生そのものだと歌っているのですが、サビのフレーズが<strong>「あんきに寄ってな 待っとるでな」</strong>なんです。僕自身が対人恐怖症に悩んで苦しかった当時から、故郷ではありふれた言葉だったはずなのですが、いろんな人に支えられて温かみを知ったからこそようやく聞こえてきたんですね。「やっと聞こえたよ」という僕の想いも込めて、方言で歌いたいと曲にしました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-218" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/image1-1.jpg" alt="" width="613" height="613" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/image1-1.jpg 1020w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/image1-1-150x150.jpg 150w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/image1-1-300x300.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/image1-1-768x768.jpg 768w" sizes="(max-width: 613px) 100vw, 613px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">アルバムのタイトルが<strong>「いってきます。」</strong>なのですが、それは僕が全国デビューのアルバムを抱えて、地元飛騨からいろんなところに行ってきますというイメージで名付けました。そんな旅の途中、何回か地元に帰ってくることを歌にしたのが、アルバムの最後の曲の<strong>「ただいま、おかえり。」</strong>です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">「ただいま」も「おかえり」も<strong>自分だけでは成立しません。</strong>伝え手と受け手のやりとりがあって、初めて意味を成す言葉ですよね。いろんな人に支えられて、活動できていることへの感謝が詰まっています。また飾りがないシンプルな歌詞にすることで、<strong>飛騨高山が故郷ではない人でも色が付けられる</strong>ような、余白がある曲になりました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">歌詞の表記にもこだわっていて、例えば漢数字で「一人」といった部分をひらがなで「ひとり」にするなど、文字数を増やして奥行きを持たせることで、より多くの人に出会ったことを表現しています。このアルバムも、クラウドファンディングでたくさんの方に支援していただいたおかげで制作できました。そうした言葉選びの一つ一つにも意味があるので、想像を膨らませながら聴いていただけたら嬉しいですね。<strong>３年間の集大成、等身大のアルバム</strong>です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-162" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu10.jpg" alt="" width="604" height="453" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu10.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu10-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu10-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 604px) 100vw, 604px" /></p>
<h2 class="p1"><span class="s1">初心を忘れず、野望は持ちつつ。これからも歌う。</span></h2>
<p class="p3"><span class="s1">僕をここまで育ててくださったプロデューサーは、広島県福山市出身で故郷の曲を歌いながら、僕と同じように地元の学校を回っていたような人なんです。僕と同じ年だった頃のプロデューサーの歌を聴くと、不思議と声がめちゃくちゃ似ているんですよ。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p3"><span class="s1"><strong>「僕の10年後まで見える」</strong>と常におっしゃっていて、レコーディングや曲制作では僕が泣く寸前まで怒ります。ボコボコに叱られるんですけど、一番良い声が出る瞬間が見えるみたいで「次、絶対いけるぞ！」と乗せてくれる。プロデューサーとは阿吽の呼吸で、いやまだ一方的にやられていますが、<strong>偶然門を叩いたライブハウスでプロデューサーと出会えたのは、なるべくしてなった</strong>のかもしれないですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p3"><span class="s1">僕が歩んでいる道は特殊で不安もあります。でも誰も正解を知らないのに、これでよいのかと悩むことは無駄な気がするんです。<strong>初心を忘れず、野望は持ちつつ。</strong>そのバランス感覚は難しい。だけど僕は厚かましさが武器なので、一人で動いている以上は折れずにめげずに頑張ります。4年目の今年はとにかくアルバムを広げたいです。今までは高山市をメインに動いていたけど、全国を飛び回って地上波にも出たいですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">2019年2月17日(日)には東京からバックバンドを連れて、<strong>高山市民文化会館でワンマンコンサート</strong>を予定しています。もう戻れない、引けないです。この3年間で気づいたことは、<strong>情熱を持ってぶつかっていけば誰かが手を差し伸べてくれる</strong>こと。今は振り向いてくれない方も、10年後には僕のステージの一番前の席で応援してくれるかもしれない。そういう気持ちで今日もたくさんの人に出会い、歌い続けています。僕がこのインタビューを10年後に読み返したら、爆笑しているかもしれないですけどね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-168" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu1.jpg" alt="" width="541" height="351" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu1.jpg 640w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sugiyamashuu1-300x195.jpg 300w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote>
<p class="p1"><span class="s1">このインタビューも数年後にはとっても貴重な記事になる・・。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">そんな確信を抱くほどに、強い意志で突き進む杉山さん。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">彼の歌声は飛騨高山から全国へと響き始めています。</span></p>
</blockquote>
<h2 class="p3"><span class="s1">連絡先 / SNS</span></h2>
<p class="p3"><strong><span class="s1">杉山修(すぎやましゅう)</span></strong></p>
<p class="p3"><span class="s1">Facebook：<a href="https://www.facebook.com/yamasugisss"><span class="s2">https://www.facebook.com/yamasugisss</span></a></span></p>
<p class="p3"><span class="s1">Twitter：<a href="https://twitter.com/shu_sugiyma"><span class="s2">https://twitter.com/shu_sugiyma</span></a></span></p>
<p class="p3"><span class="s1">公式ブログ：<a href="https://ameblo.jp/earth77777777"><span class="s2">https://ameblo.jp/earth77777777</span></a></span></p>
<p class="p3"><span class="s1">MAIL：<a href="mailto:shu19940914@icloud.com"><span class="s2">shu19940914@icloud.com</span></a></span></p>
<h2 class="p3"><span class="s1">ディスコグラフィ / CDの購入情報</span></h2>
<p class="p3"><span class="s1">1st single 「涙なら雨がいい」</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">2nd single 「いつものように」</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">3rd single 「高山～故郷へ贈る歌～」</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">4th single 「夏の口笛」</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">5th single 「最後にこの歌を歌おう」</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">6th single 「花」</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">7th single 「季節を春にして」</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">8th single 「風」</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p3"><span class="s1">1st album 「はじまり」</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">2nd album 「みちしるべ」</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">3rd album 「いってきます。」</span></p>
<div class="c-responsive-container-16-9"><iframe width="1220" height="686" src="https://www.youtube.com/embed/rqLHdMN0kww?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p3"><strong><span class="s1">＜高山市内でのCDの購入＞</span></strong></p>
<p class="p3"><span class="s1">・コサカ楽器カルパティオ店(高山市岡本町2丁目41)</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">・飛騨高山アンテナショップまるっとプラザ(高山市本町2丁目60番地)</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">・吉村ミュージック(高山市朝日町24)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p3"><strong><span class="s1">＜通販でのCDの購入＞</span></strong></p>
<p><a class="wpac-btn c-btn wpac-btn c-btn--full mceNonEditable" href="https://www.amazon.co.jp/%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82-%E6%9D%89%E5%B1%B1%E4%BF%AE/dp/B07BS3MTV7"><span class="mceEditable">Amazonでの購入はこちらから</span></a></p>
<p><a class="wpac-btn c-btn wpac-btn c-btn--full mceNonEditable" href="http://tower.jp/item/4710862/%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82"><span class="mceEditable">TowerRecordsでの購入はこちらから</span></a></p>
<h2><strong><span class="s1">『杉山修ちびっこコンサート〜1.2の3で手をたたけば〜 vol.1』</span></strong></h2>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-2286" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/eef86cb56f15722c280effd2a50981f4.jpg" alt="" width="500" height="708" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/eef86cb56f15722c280effd2a50981f4.jpg 678w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/eef86cb56f15722c280effd2a50981f4-212x300.jpg 212w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>■2019年2月17日(日) 開演13:00 (開場 12:30)<br />
■高山市文化会館小ホール<br />
■『杉山修ちびっこコンサート 〜1.2の3で手をたたけば〜 vol.1』<span class="text_exposed_show"><br />
■ 一般入場料: ¥500 (15歳以下 入場無料)</span></p>
<p>■チケット購入<br />
①高山市民文化会館<br />
TEL：0577-33-8333<br />
②杉山修 (お問合せ)<br />
TEL：080-1562-5421<br />
MAIL：shu19940914@gmail.com</p>
<h2>ワンマンライブ開催決定！「杉山修の故郷コンサート」</h2>
<p><strong>■2019年9月29日(日)<br />
■</strong><strong>高山市民文化会館大ホール<br />
■</strong><strong>杉山修 -故郷コンサート-<br />
</strong>■FAAVO飛騨でクラウドファンディング開催中！<br />
「【大合唱】地元の大ホールで1300人と一緒に歌を歌いたい！by杉山修」</p>
<div class="wp-oembed-blog-card" data-cached-time="03/11/20 17:08:12"><a href="https://faavo.jp/hidatakayama/project/3362" target="_blank"></p>
<div class="wp-oembed-blog-card__figure"><img src="https://faavo-images.s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/project/3362.png?_=1551126225" alt=""></div>
<div class="wp-oembed-blog-card__body">
<div class="wp-oembed-blog-card__title">【大合唱】地元の大ホールで1300人と一緒に歌を歌いたい！by杉山修　 | FAAVO飛騨・高山</div>
<div class="wp-oembed-blog-card__description">【大合唱】高山市民文化会館大ホールコンサート開催を決定しました！！&amp;nbsp;プロジェクトを見て下さりありがとうございます。飛騨高山出身シンガーソングライターの…</div>
<div class="wp-oembed-blog-card__domain">faavo.jp</div>
</div>
<p></a></div>
<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/11/sugiyamashuu/" target="_blank">飛騨高山で夢を叶えた、僕は歌う ー杉山修 (シンガーソングライター)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>古い町並みで生きる旦那衆の心粋 ー 坂口竜也 ( 坂口屋 5代目 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/07/11/sakaguchitatsuya/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 11 Jul 2018 00:34:20 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[40代]]></category>
		<category><![CDATA[アーティスト]]></category>
		<category><![CDATA[古い町並み]]></category>
		<category><![CDATA[後継者]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
		<category><![CDATA[飲食店]]></category>
		<category><![CDATA[高山工業高校]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dear-hida.com/?p=190</guid>

					<description><![CDATA[<p>&#160; 飛騨高山の古い町並みで生まれ営む、明治23年創業「坂口屋」5代目 坂口竜也(さかぐちたつや)さん。 一見華やかな観光の中心部。しかしそこに住む人じゃないと分かり得ない苦悩と、秘めたる熱き想いに迫りました。地 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/11/sakaguchitatsuya/" target="_blank">古い町並みで生きる旦那衆の心粋 ー 坂口竜也 ( 坂口屋 5代目 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p class="p1"><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-198" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0007-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0007-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0007-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0007-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote>
<p class="p4"><span class="s1">飛騨高山の古い町並みで生まれ営む、<strong>明治23年創業「坂口屋」5代目</strong> 坂口竜也(さかぐちたつや)さん。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1">一見華やかな観光の中心部。しかしそこに住む人じゃないと分かり得ない苦悩と、秘めたる熱き想いに迫りました。地元民こそ必見の記事です！</span></p>
</blockquote>
<h2 class="p4"><span class="s1">祭りの日に産声を上げた、生粋の祭り人。</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">僕は春の高山祭が開催される4月14日の夜、ちょうど夜祭が終わって各屋台が屋台蔵に戻った頃、古い町並みにある岩佐医院で生まれたんです。父が大のお祭り好きのため周りがまさかと噂をしていたみたいですが、予定より2週間遅れて見事に<b>祭りの日に産声を上げました</b>ね。僕の町内の屋台である「龍神台」から「竜也」と名付けられました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">そうして<strong>明治23年創業「坂口屋」の5代目長男</strong>として生まれ、必然的に跡取りになる宿命ではあったのですが、薄っすらと意識があったくらいですかね。小さな頃から屋台に乗り、祭りが大好きな、元気で活発な子ども時代を送りました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">中学校ではひたすらバスケットボールに打ち込んでいたため、バスケの強い高山工業高校に進学しました。学科はインテリア科で、家業を継ぐなんて当時はまだイメージできていなかったです。でも卒業時に、恩師であるバスケの顧問の先生が東京の創作料理店を紹介してくださり、そこで3年間修行してきました。<strong>大好きな</strong><b>バスケのご縁から料理に携わるようになり、自然と好き</b>になりましたね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">東京で働いて一度地元に戻ったら、中学・高校のバスケメンバーと再会し、勢いでバスケのチームを作ってしまったんです。それがきっかけで高山に根を下ろして、実家の家業を手伝うようになりました。おかげさまで常に忙しい日々で、それが自身の活力にもなっていきましたね。家業を手伝う中で、ここを継ぐんやろなと年々意識し始めていました。今になって思い返してみると、そうした偶然が重なって<b>自身の在るべき姿へと導かれていた</b>のですかね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-197" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0026-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0026-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0026-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0026-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2 class="p4"><span class="s1">元祖「飛騨牛にぎり寿司」に込めた想い。</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">元々坂口屋は宿屋でして、明治中期の創業時は行商の方などが宿泊していたみたいです。宿泊客の減少から40年ほど前に、宿屋の店先で「甘味処唐子」をオープンしました。</span><span class="s1">当時周辺では甘味処が少なく、おぜんざいをメインに提供し始めたらこれが宿屋以上に繁盛したんですね。ちょうどその頃、宿泊客の減少や消防法の改正もあったため、思い切って昭和58年に宿屋を廃業し、「甘味処唐子」に加えて新たに御食事処「坂口屋」として飛騨牛や郷土料理を提供し始めました。</span></p>
<p><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">　</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-194" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0013-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0013-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0013-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0013-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">しばらくすると周辺でも甘味処が増え、また御食事処も増え、一時期売り上げが伸び悩んだんです。観光客の流れも変わり、昔はお金をいっぱい使って豪華な食事をする観光スタイルだったのが、今では食べ歩きがメインになりましたからね。また当時は、飛騨牛を食べようと思ったら、ステーキやすき焼きなど高価な選択肢しかなかったんです。<span class="s1"><b>もっと気軽に飛騨牛を味わって欲しい。</b>そんな強い想いから、</span></span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">食べ歩きに適したメニューを父が色々考えた結果、</span><b style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">「飛騨牛にぎり寿司」</b><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">を発案しました</span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;"><span class="s1">。</span>今では飛騨牛にぎり寿司を店先で提供するお店はたくさんありますが、</span><b style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">「坂口屋」が元祖</b><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">なんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">実は江戸時代に、屋台寿司が立ち食いスタイルで爆発的に広まったんです。気軽に寿司を食べて、帰りに暖簾で手を拭いて行く。その暖簾の汚れが繁盛店の証だったんですね。飛騨牛のにぎり寿司自体は、高山のお寿司屋さんでは昔からありました。でも高級なお寿司屋さんには頻繁に行けないですよね。その想いから江戸時代に立ち返り、店先での提供に繋がったんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">一番の工夫は、飛騨牛にぎり寿司を提供する際にエビせんべいをお皿にすることです。食べ歩きの弊害で、団子の串などのゴミがひどいんです。だから<b>できる限りゴミが出ないように</b>との願いが、エビせんべいの食べれるお皿に込められています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">御食事処では飛騨牛と飛騨そばのどちらも味わえる「牛心あればそば心」が、当時から愛されている看板メニューです。朴葉味噌のステーキも根強い人気があります。でも今となってはどこでも飛騨牛は食べれるから、そろそろ次の広まりそうなメニューを模索しなきゃと思っています。父親のように、<b>新たな飛騨高山の名物を生み出したい</b>使命感はありますね。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-327" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0029-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0029-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0029-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0029-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0029-1920x1280.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<h2 class="p4"><span class="s1">あなたの想いを文字にする「書想家」</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">東京で3年間修行した時のお店の社長が、独特な魅力ある字を書く方でした。お店のメニュー表もご自身で書かれていたのですが、その字だけでも不思議と美味しそうに見えるんですね。社長の<b>字とデザインセンスに魅せられました。</b></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">その字体を真似できる人が少なかったのですが、僕は小学生の時に書道を習っていたこともあり、真似て書くことができたんです。そこから僕も書の魅力にハマりまして、坂口屋のメニューを書いたりしているうちにいろんな方の目に止まり、年賀状やポスターの字を書いてほしいといったご依頼をいただくようになったんです。気に入ってもらえるならいくらでも使ってもらえたらと思い、可能な範囲でご依頼を受けています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">様々なご依頼をいただく中で、もっと<b>相手の気持ちを文字にしたい</b>と思いました。例えば、子どもの命名を書にするご依頼などは、ご夫婦の生まれたお子さんへの想いが上手く僕の文字になればいいなとか、どういう想いがあってこれを書いて欲しいのかなとか、<b>依頼者の心に想いを巡らせながら、僕の心も込めて文字を書きたい。</b>そういった想いから肩書きを<b>「書想家」</b>としました。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">書の活動の中でも、Facebook上で誕生日の友人には手書きのメッセージを送ってます。どうしても誕生日のメッセージって「おめでとう」と同じ文面が並ぶじゃないですか。その中でも僕の気持ちを少しでも伝えようと、手書きで想いを綴り始めました。年に一回はその人に向き合って、字に想いを込められる機会が嬉しいんですよ。これからも継続していきたいです。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">一度、古い町並み近くにある高山信用金庫さんのショーケースで、<b>「祭」</b>を題材に写真と一緒に僕の書を飾ってもらったことがあるんです。あれは<b>自分の魂が文字に乗っかった</b>気がして、心に残っています。</span></p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-191" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/sakagutisan8.jpg" alt="" width="540" height="292" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sakagutisan8.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sakagutisan8-300x163.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sakagutisan8-768x416.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
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<p class="p5"><span class="s1">今後書想家としてやりたいことは、<b>飛騨のお酒のラベルや、飛騨に関わる商品のパッケージを書いてみたい</b>んです。ご縁があれば、ぜひ僕の書を使っていただけたら嬉しいです。 </span></p>
<h2 class="p4"><span class="s1">残したい、古い町並みの旦那衆の心粋。</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">この10年で高山の観光や古い町並みは大きく変わってきましたね。GWやお盆はまだ日本のお客様が多いですが、普段の体感としては外国からのお客様が半分近くです。もちろんインバウンド(外国人)対応も頑張っておりますし、分け隔てないおもてなしの心で接しております。それでも年がら年中外国からのお客様が大勢お越しになると、日本のお客様が肩身狭くなっちゃいますよね。だから僕は変わらず日本の方にもアピールし続けたいです。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">ちょっと厳しい言い方ですが古い町並みと言いつつ、新しいお店が多くなってきました。商売が最優先になってしまった、近代的な店内を見たりすると複雑な心境です。古いものを壊してしまったら、また何百年もかけて作るのは当然難しいですね。人間関係も同じです。店舗だけ借りて、朝と夕方だけ挨拶するような希薄な関係性では、どういう方かもわからなくて不安です。難しいかもしれませんが、理解ある方に住んでほしいんです。</span><span class="s1"><strong>商売だけの通りじゃない。</strong>もっと<strong>古い町並みに溶け込んで欲しい</strong>んです。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">もちろん今は様々な理由から、住むことも維持することも難しい時代だと分かっています。でもここに<b>住んでいる人の息遣いがあってこその古い町並み</b>です。建物も人間も<b>「昔ながら」</b>を残したい。もちろん時代に合わせて、試行錯誤していくことや新しく何かを生み出すことも必要です。だけど、<strong>時代が変わっても残すべきもの、守らなければいけないものがここにはある</strong>んです。そのために自分にできることはやりますし、お互い助け合って守っていけたらと願っています。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">古い町並みのお店は大体18時前後でどこも閉店します。観光客もすっかりいなくなった夜、誰も歩いていない古い町並みの通りに、明かりがポツンと灯っている<b>風情</b>がなんともまた良いんです。そこに入ってみると、明かりに照らされた中庭を肴に、心許した者同士がお酒をゆっくり飲み交わす宴会がおこなわれている。きっと江戸時代はそんな風景もあったはずなんです。あんまり遅くまで騒ぐわけでもなく、<b>粋なお酒を粋な仲間たちと飲みたい</b>です。そんな夜の坂口屋も良いですよね。</span></p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-195" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0018-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0018-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0018-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0018-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
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<p class="p5"><span class="s1">古い町並みは春・夏・秋・冬で様々な風情を感じられる町です。また朝・昼・晩で移り変わる、<b>静けさと活気と情緒</b>といった違う表情に、ここに生まれ育った僕でも日々魅せられています。この美しさと<b>旦那衆の心意気(心粋)</b>を次世代に残していくことが、僕の使命です。</span></p>
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<p class="p4"><span class="s1">古い町並みで生まれ育ち、<strong>旦那衆の心粋</strong>を受け継ぐ坂口さん。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1">飛騨高山の原風景を残していくその尊い使命感と生き様に、<strong>飛騨人の美しさ</strong>を垣間見ました。 </span></p>
</blockquote>
<h2 class="p5"><span class="s1">連絡先</span></h2>
<p class="p5"><strong><span class="s1">坂口竜也(さかぐちたつや)</span></strong></p>
<p class="p8"><span class="s2">Facebook </span><span class="s1">：<a href="https://www.facebook.com/sakaguchiyaryu"><span class="s3">https://www.facebook.com/sakaguchiyaryu</span></a></span></p>
<p class="p9"><strong><span class="s1">御食事処</span> <span class="s1">坂口屋</span></strong></p>
<p class="p9"><span class="s5">住所：</span> <span class="s1">岐阜県高山市上三之町</span><span class="s4">90</span></p>
<p class="p5"><span class="s1">WEBサイト</span><span class="s6">：<a href="http://hidatakayama-sakaguchiya.com/">http://hidatakayama-sakaguchiya.com/</a></span></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/11/sakaguchitatsuya/" target="_blank">古い町並みで生きる旦那衆の心粋 ー 坂口竜也 ( 坂口屋 5代目 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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