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	<title>ファシリテーター &#8211; ヒダスト</title>
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	<description>飛騨地方に生きる、飛騨人のストーリーを刻むメディア。</description>
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	<title>ファシリテーター &#8211; ヒダスト</title>
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		<title>温もりのある飛騨弁で話す「飛騨のばあちゃん」になりたい ー 森茂 聡子 ( 司会業 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2019/12/02/morimosatoko/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ライターMEGU]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Dec 2019 15:00:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[飛騨市]]></category>
		<category><![CDATA[50代]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[ファシリテーター]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>飛騨古川に生まれ育ち、婚礼司会を中心にイベントや講演会の司会進行等で活躍中の森茂 聡子さん。 &#160; 婚礼司会は新郎新婦にとってのハレの日の舞台で、すべての出席者に気を配りながら進行をしつつ、ハプニングにも柔軟に対 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3875" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-1024x710.jpg" alt="" width="540" height="374" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-1024x710.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-300x208.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-768x533.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008.jpg 1280w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote><p>飛騨古川に生まれ育ち、婚礼司会を中心にイベントや講演会の司会進行等で活躍中の森茂 聡子さん。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>婚礼司会は新郎新婦にとってのハレの日の舞台で、すべての出席者に気を配りながら進行をしつつ、ハプニングにも柔軟に対応しなければならない、繊細な気遣いと精神的な強さも求められるお仕事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>婚礼やイベントで、森茂さんが口を開く「瞬間」に居合わせる機会があり、ただ美しいだけではない、その声の深みのある優しさと魅力に秘められるストーリーとはどんなものだろう？と、興味を覚えました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>森茂さんの、優しい温かい言葉に彩られたインタビュー、ぜひお読みください。</p></blockquote>
<h2>引っ込み思案で泣き虫。それがきっかけで日本舞踊の初のステージへ</h2>
<p>私は、飛騨市古川町三之町生まれです。</p>
<p>元々は吉城酒造だったと言われる蔵を改装した家で、「駒古文堂(こまこぶんどう)書店」を営む両親、9歳年上の姉、6歳年上の兄と一緒に育ちました。現在は「蕎麦正なかや」を兄が経営しています。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3873" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0006.jpg" alt="" width="505" height="329" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0006.jpg 633w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0006-300x195.jpg 300w" sizes="(max-width: 505px) 100vw, 505px" /></p>
<p>性格は引っ込み思案で泣き虫だったようで、それを心配した母が3歳の私を近所の日本舞踊の先生のところへお稽古に通わせることにしました。</p>
<p>初めての舞台は従兄の結婚披露宴。<br />
「子守（こもり）」という演目をひとりで踊りました。堂々と舞台で踊る私の姿を見て両親は喜んでいましたね。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3874" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0007.jpg" alt="" width="540" height="370" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0007.jpg 645w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0007-300x206.jpg 300w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>それからは、親戚の結婚披露宴では祝儀の舞を踊ったり、結婚式（祝言）では雄蝶雌蝶（おちょうめちょう）という盃事のお手伝いをするお役目を務めたり。小さな時から新郎新婦のお手伝いをしていました。</p>
<p>ステージに上がるときは今でもすごく緊張しますが、不思議なことに音楽が鳴り始めると勝手に身体が動き始めるんです。それは今の司会業も、約22年続けている「P.J.Y」というバンドの音楽活動でも変わりません。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3876" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002-272x182.jpg 272w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002.jpg 1080w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>中学校を卒業する頃までお稽古に通っていたお陰で、ステージ度胸がついたと思っています。</p>
<p>宮城保育園、古川小学校、古川中学校と進み、近いからという理由で吉城高校に進学しました。</p>
<h2>最強放送部に所属した中学・高校時代</h2>
<p>中学、高校と6年間放送部で活動し、私の「話す」歴史はここからスタートしました。</p>
<p>高校に入学してすぐ、高校放送コンテスト県大会に朗読部門で出場します。この時は、入賞にはかすりもせず（笑）。</p>
<p>顧問の先生の勧めでアナウンスに転向してみたところ、高校2年、3年と県大会で2年連続優勝し、全国大会にも出場することができました。</p>
<p>当時の放送部は、中学から一緒に校内放送を作り上げた仲間が揃い、テレビ、ラジオ、研究発表、アナウンスに朗読と、全ての部門で全国大会に出場する力がありました。高校総合文化祭では、全国で5校に与えられる奨励賞も部員揃っていただくことができたんです。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3887" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80553-1024x768.jpg" alt="" width="540" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80553-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80553-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80553-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80553.jpg 1478w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>たくさん賞を貰って嬉しかったのですが、忘れられない悔しい思い出もありました。</p>
<p>各部活動の成績が学校の広報誌に掲載されたんですが、あまりにも賞を取り過ぎたせいか、放送部は個人名が割愛されてしまったんです。</p>
<p>「自分の名前が残らなかった」という出来事を、私はいつまでも握りしめていて、この事が後々司会者としての在り方を考える上で重要な意味を持ちます。</p>
<h2>話すことを仕事にしたい。28歳での退職から司会者への道のり</h2>
<p>高校卒業後、古川町役場で10年勤めました。充実感はありましたが、28歳で退職します。</p>
<p>高校時代の私には、アナウンサーになりたいという気持ちがありました。でも、「大学に行けないから無理」と、努力することもなく勝手に諦めていたんです。</p>
<p>役場職員として町主催のイベントや式典などの司会を担当させていただくうちに、「やっぱり話すことを仕事にしたい」という想いに火がつきました。</p>
<p>その頃、高山市内のホテルで司会を含む仕事ができるということを聞き、そのホテルに転職します。</p>
<p>結納から結婚式、披露宴までお世話をさせていただく婚礼担当として約３年勤めました。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3889" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80582.jpg" alt="" width="541" height="341" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80582.jpg 970w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80582-300x189.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80582-768x485.jpg 768w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>当時は100人規模の大きな婚礼が多く、予約も毎土日入りフル回転の状況。婚礼当日は司会もしながらだったので、すごく大変でした。</p>
<p>しかし、こんなにも心と体が躍動した３年間を過ごせたのは、周りの人に恵まれ、助けてもらったからだと思います。</p>
<p>結婚を機に寿退社する時は、ホテルを離れたら大好きな司会の仕事ができなくなると思っていたので、すごく寂しい想いが残りました。</p>
<p>ところが、結婚の翌年に息子を授かった頃から、披露宴やイベントなどの司会を依頼してくださる方が何人も現れたんです。</p>
<p>私の司会する姿を知っていてくださり、ホテルを退職した私を実家の本屋までわざわざ探して来てくださったと聞いて、それはもう本当に嬉しかったですね。</p>
<p>息子が生まれてからは高山市内の旅館に13年間勤め、休日を利用して司会の仕事も続けてきました。</p>
<p>ありがたいことに、現在までたくさんのご縁をいただいています。</p>
<h2>司会者として大切にするのは、「今ここにあること」</h2>
<p>私は、言葉自体は「記号」のようなものと感じています。しかし、そこに想いが乗ると体温が加わり、似通ったバイブレーションを持つ人の心に響いて、まるで「生き物」のようになる。</p>
<p>言葉が記号に近いものとなるか、生き物に近いものとなるかで、受け取る方の気持ちにも変化があらわれます。</p>
<p>生身の人間として、内側の想いに灯をともすような言葉で、温度も空気感も丁寧に伝えたい。だからこそ、人の気持ちも深く理解したいと思っています。</p>
<p>というのも、私はある司会の現場で突然のハプニングに対応することが全くできず、進行表に従うだけの心ない司会をしてしまったことから、その方たちに悲しい想いを残してしまったことがありました。</p>
<p>それからは、私が美しく話すことよりも、まずは主役の気持ちに寄り添おう、その場の空気を体感し、誰が今何を伝えようとしているか？に集中しようと思ったんです。</p>
<p>高校生の放送部の頃、自分の名前が記録に残らなかった時はすごくがっかりしました。でも今は、私はあくまでも司会者だから、その司会者に我はいらない。大切なのは、「今この瞬間に意識を置く」ということ。今ここに意識があれば、その場の空気と一体となって、たとえハプニングが起きたとしても柔軟に対応することができます。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3884" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80422-1024x700.jpg" alt="" width="542" height="370" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80422-1024x700.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80422-300x205.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80422-768x525.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80422.jpg 1477w" sizes="(max-width: 542px) 100vw, 542px" /></p>
<p>司会者としての自分を比喩的に表現するとしたら、想いと想いを繋ぐストロー。</p>
<p>想いと想いが繋がれた瞬間、何度も繰り返し思い出したくなるような一瞬が生まれます。その一瞬は想い返すほどに永遠になると思うんです。</p>
<p>今いただく仕事の大半を占めているのは婚礼司会。</p>
<p>人生の喜びのひとつ「婚礼というハレの日」、「ありがとう」と「おめでとう」が循環する場に立ち会わせていただけることが、私の人生の喜びです。</p>
<h2>飛騨古川に根ざした私は、飛騨人の営みの一部になりたい</h2>
<p>最近の私は、司会者である前に、森茂 聡子という飛騨古川のおばちゃんなんやさなぁ、と思うようになりました。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3870" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0001.jpg" alt="" width="539" height="346" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0001.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0001-300x193.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0001-768x493.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>この飛騨古川に根ざした「私」は一本の木。その言葉は葉っぱだと思います。</p>
<p>飛騨古川の土壌、季節の移ろいの中にある風景を見たときに覚える感動、食べ物の美味しさ、寒い熱いの感覚、さらには私を支えてくれる人達が、陽となり風となり水となって、まるで一本の木を育てるように私を育んでくれた。私が発する「言葉」は私だけが育んだものではないと思っています。私のものであって、私のものではないという感覚です。</p>
<p>私がいま司会者としてステージに立てるのも、当時の部活動の仲間を含む、関わってくれた全ての人たちのお陰。</p>
<p>様々な瞬間を創り上げるため、それぞれの「役割」を粛々と営む人たちと共に生きているんだ。そう感じるようになりました。</p>
<p>私は、その言葉を発する自分自身を大切にすることで、人の心に灯をともすような言葉を発せられる人でありたいです。</p>
<p>自分の弱さも強さも、表も裏も受け容れて、「私はどう在りたいのかな？」と問いかけ、励まし勇気付けられるような言葉を自分自身にこそ投げかけて生きる。</p>
<p>私として生きることは、森茂聡子という名前や存在を残すためではなく、人の営みの一部となることに生きがいや喜びを感じることだと思います。</p>
<h2>飛騨古川への想い。温もりのある飛騨弁で話す、飛騨のばあちゃんになりたい</h2>
<p>もうひとつ、私には、飛騨地方の方言、「飛騨弁」を大切にしたいという想いがあります。</p>
<p>飛騨弁で話していると、「おっとりしていて可愛らしい言葉ですね」と褒めていただけることがありますが、使い手が生き生きと人生を楽しんでいると、飛騨弁という言葉にも心地よいバイブレーションが乗って、本当に美しく、可愛らしく、心に響く言葉になるのではないかと思っています。</p>
<p>言葉には、その人の生き方が現れます。</p>
<p>１０年後も、２０年後も、生き生きとした飛騨弁が使われて、私自身の使う言葉にもさらなる温かみが乗っていたら最高です。</p>
<p>私の住んでいる飛騨古川は、今すごく元気で勢いがあります。</p>
<p>飛騨市長の聞き手を務めながら様々なテーマで市政の話をする「市長と共にふれあいトーク」をはじめ、「飛騨市民音楽祭」、「飛騨市農業まつり」「宮川こいこい花火」、「快存上人ご法要」、「夏の色和衣」など、大好きな飛騨市のイベントに司会者として関わらせていただき、少しでもお役に立てたら嬉しいです。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3871" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0003-1024x639.jpg" alt="" width="540" height="337" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0003-1024x639.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0003-300x187.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0003-768x479.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0003.jpg 1080w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>実は私は、私が飛騨古川で生き生きと過ごしているだけで観光客が来てくれるんじゃないかと本気で思ってるんですよ(笑)。</p>
<p>きっと、嬉しくて幸せなバイブレーションが、誰かと町で交わす言葉にも、司会をしている時の言葉にも乗って響いて拡がっていくと思うんです。</p>
<p>なんてったって、私が目指しとるのは「飛騨のばあちゃん」。</p>
<p>温もりのある飛騨弁を話し、そこに居るだけで、なんとなく場が和んでしまう「飛騨のばあちゃん」になりたいというのが、私の夢なんやさな。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3875" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-1024x710.jpg" alt="" width="540" height="374" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-1024x710.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-300x208.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-768x533.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008.jpg 1280w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote><p>方言学では「飛騨方言」と言われる「飛騨弁」。</p>
<p>「◯◯なんやさ〜」「◯◯やもんで…」というおっとりとした語尾が特徴的な飛騨地方の方言ですが、森茂さんの話す飛騨弁は、何とも言えない温かみのある音を持ち、空間に優しく響きます。</p>
<p>言葉の財産として、飛騨弁の「形」も、そこに宿る「温もり」も、この先ずっとずっと残っていったらいいなと感じました。</p>
<p>記事をお読みいただいている皆さんにもぜひ実際に、森茂さんの言葉を聴いていただきたいです。きっと、心がすごくのくとまる(飛騨弁で温まるの意味)と思います。</p></blockquote>
<h2>連絡先 / 司会などお仕事の依頼先</h2>
<p>司会・MC・ナレーターなど、お仕事の依頼先は下記へ</p>
<p>【 anoina 〜あのいな〜 】<br />
住所：岐阜県飛騨市古川町三之町2-29<br />
電話：090-8955-5714</p>
<p>Facebook<br />
<a href="https://www.facebook.com/satoko.morimo" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.facebook.com/satoko.morimo</a></p>
<p>note<br />
<a href="https://note.mu/anoina" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://note.mu/anoina</a></p>
<p>ひだっちブログ<br />
<a href="https://anoina.hida-ch.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://anoina.hida-ch.com/</a></p>
<p>Instagram<br />
<a href="https://www.instagram.com/satokomorimo/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.instagram.com/satokomorimo/</a></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2019/12/02/morimosatoko/" target="_blank">温もりのある飛騨弁で話す「飛騨のばあちゃん」になりたい ー 森茂 聡子 ( 司会業 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>この地域でたくさんの笑顔とやりがいを引き出す ー 丸山学 (商売繁盛ファシリテーター/ ひだ経営コンサルティング)</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/07/04/maruyamamanabu/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Jul 2018 13:44:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[40代]]></category>
		<category><![CDATA[コンサルティング]]></category>
		<category><![CDATA[ファシリテーター]]></category>
		<category><![CDATA[斐太高校]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
		<category><![CDATA[起業家]]></category>
		<category><![CDATA[金融]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dear-hida.com/?p=121</guid>

					<description><![CDATA[<p>高山信用金庫に18年勤めた後、現在はひだ経営コンサルティングを創業し、「商売繁盛ファシリテーター」として地元の中小企業の支援に奔走する丸山学(まるやま まなぶ)さん。 いつも笑顔でゴキゲンな丸山さんのこれまでの半生と、内 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-123" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan2-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan2-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan2-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan2-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote>
<p class="p2"><span class="s1">高山信用金庫に</span><span class="s2">18</span><span class="s1">年勤めた後、現在はひだ経営コンサルティングを創業し、<strong>「商売繁盛ファシリテーター」</strong>として地元の中小企業の支援に奔走する丸山学</span><span class="s2">(</span><span class="s1">まるやま</span> <span class="s1">まなぶ</span><span class="s2">)</span><span class="s1">さん。</span></p>
<p class="p2"><span class="s1">いつも笑顔でゴキゲンな丸山さんのこれまでの半生と、内に秘めたる強い意志を取材しました。</span></p>
</blockquote>
<h2 class="p4"><span class="s1">国債を買うために貯蓄した小学生。</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">高山市森下町で生まれました。保育園の卒業アルバムに「将来は銀行員になりたい」と書いていたくらい、なぜか金融には小さい頃から興味を持っていたんです。小学校</span><span class="s3">3</span><span class="s1">年生の時には郵便局に一人で行き、自分で通帳を作りました。家族で一番早くキャッシュカードも作ったのも僕で、</span><span class="s3">ATM</span><span class="s1">で<strong>キャッシュカードを使ってお金を下ろす小学生</strong>でしたね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">小学</span><span class="s3">5</span><span class="s1">年生の時、社会の授業で国を支える「国債」の仕組みを知って、すぐに「国債を買うんだ！」と郵便局に行きました。</span><span class="s3">5</span><span class="s1">万円から買えるとの情報を聞き出したので、国債を買うことを目標にちまちま</span><span class="s3">30</span><span class="s1">円くらいずつ通帳に入金して貯めていたんです。当時は金利が高かったこともあり、数万円しか入っていない通帳でも利息が千何百円ついた時はすごく感動しました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s4">社会の資料集も大好きだったので、社会や国や貨幣の仕組みに関心があったんです。とはいえ普段はダメダメな子で、ここぞという時に集中力を発揮するタイプでした。自分はきっと上手くいくという謎の自信はありましたね。</span><span class="s5"><br />
</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">中学・高校と高山で過ごし、大学は静岡県立大学経営情報学部に進みました。静岡を選んだ理由は3つあります。一つ目は富士山が大好きで、毎日眺めれる場所に住みたかったこと。二つ目はヘビメタが大好きなので、名古屋と東京の真ん中の静岡ならどっちのライブも行けること。三つ目は岐阜や名古屋だと、親が下宿まで</span><span class="s3">3</span><span class="s1">時間で来れてしまうこと。快適な一人暮らしのためには、親がフラッと寄れない立地条件が必要でした(笑)。実際に静岡に住んでみたら、東京も名古屋も遠くて全然ライブに行けなかったんですけどね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2 class="p2"><span class="s1">地元に戻ってくる気があるなら、今すぐじゃないとダメだ。</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">そんなこんなで無事に入学し、エレキギターを弾きたかったので軽音楽部に入ったんです。僕の容姿は当時から変化はないみたいですが、周りはモヒカンや金髪の兄ちゃんばかりで、</span><span class="s3">1</span><span class="s1">年生から</span><span class="s3">7</span><span class="s1">年生までいてカオスでした。僕の進学費用は祖母が出してくれていたので、「必ず</span><span class="s3">4</span><span class="s1">年で卒業するぞ！」と決意していたものの、周りの仲間は大学の講義を中心にしていない生活なので、つられて僕も散々たる出席率でしたね。朝までギターを弾いたり、ひたすら<strong>自分のやりたいことに全ての時間を費やしてました</strong>。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">その分</span><span class="s3">3</span><span class="s1">年生になって、過密スケジュールで授業を受けたんです。僕は単位をひとつも落とせないからグループワークも必死で、みんなのレポートも肩代わりしていました。後日談で、チームメイトがそのレポートを使って贈与型の奨学金に応募したら見事選ばれたそうです。今思うと、あれが<strong>最初の補助金申請のお手伝い</strong>かもしれません(笑)。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s3">4</span><span class="s1">年生になってからは行政経営管理を学ぶゼミに入り、社会を支える行政と民間企業のマネジメントをぼんやりと知りました。</span><span class="s4">就職活動では</span><span class="s1">地域産業の基盤になるようなお仕事</span><span class="s4">に就きたいと思い、静岡の地方銀行を受け始め</span><span class="s1">たら、ある銀行の人事担当の方に「同じレベルの応募者が現れたら地元の人を取りますよ。君は静岡の地銀じゃないんじゃない？」と言われたんです。それで静岡での就活も続けながら、地元の岐阜県にも目を向け始めました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">高山で就職ガイダンスに参加した時に、当時の「高山信用金庫</span><span class="s3">(</span><span class="s1">以下たかしん</span><span class="s3">)</span><span class="s1">」の総務課長に出会い、「丸山さんは高山のこと好き？」と聞かれたんです。「乗鞍岳も古い町並みもすごく綺麗なまち。いつかリタイアしたら戻ってきたいです」そう答えたら、「<strong>いずれ地元に戻ってくる気があるのなら、絶対今のほうがいい。</strong>本気で地域の役に立ちたいなら今すぐ戻ってきて、飛騨地域の人たちとのネットワークを作るべきだ」と、真剣な表情でアドバイスをいただきました。僕の中でもその言葉はすごく腑に落ちたので、静岡での就職活動を全部蹴って高山に絞り、最終的にはたかしんに内定をいただいたんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-122" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan3-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan3-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan3-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan3-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2 class="p2"><span class="s1">資格を取るということは、その業界の入り口に立ったということ。</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">たかしんで働きながら、次に大きな転機となったのは</span><span class="s6">2008</span><span class="s1">年、リーマンショックが起こった後でした。当時僕は融資の窓口担当をしていたため、毎晩深夜まで作業をしていました。今日僕らがその仕事を投げ出したら、数日後の取引先の資金繰りに大きなダメージを与える。ギリギリのスケジュールで仕事をする中で、取引先とお金を貸す・貸さないの関係性だけではなく、もっと自分にできる企業との関わり方があるのではと考えるようになりました。そうして「<strong>中小企業診断士</strong></span><span class="s3">(</span><span class="s1">日本で唯一の経営コンサルタントの国家資格。合格率は約４</span><span class="s3">%)</span><span class="s1">」を学び始めたんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">たかしんも新たな取り組みを始めている時期で、受験を徹底サポートしてくださいました。必死に勉強して一次試験に受かり、東京の中小企業大学校に半年間通って中小企業診断士を取得。一生懸命勉強して、実戦でのトレーニングもしました。でもいざ資格取得してはみたものの、<strong>取得する前の日の自分と何も変わらない</strong>んですよね、当然ですが。そのため取得してからの一年間は、専門家としての自分を模索した時期で、補助金の申請のお手伝いや経営改善計画書の作成、作った計画書をもとに毎月の進捗をサポートするなど、できることはなんでもやりました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">一定の成果も出ましたがずっとモヤモヤしていまして、そんなときとある愛知県の診断士の先生に出会って気づかされたんです。中小企業診断士に限らず、<strong>資格を取るということは偉くなるわけでも一つレベルアップしたわけでもなく、</strong>あくまで<strong>その業界の入り口に立った</strong>ということを証明しただけなのだと。そう考えたとき世界が</span><span class="s3">360</span><span class="s1">度、バーンと広がってしまったんです。その広い世界をワクワクしながら模索するって面白いに決まってるじゃないですか。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">とはいえ</span><span class="s6">2016</span><span class="s1">年の</span><span class="s3">5</span><span class="s1">月までは一切、たかしんを辞めることは思っていなかったです。経営支援部署に所属していて、中小企業診断士としてたかしん全体の経営支援スキルをどうやって上げていこうかなど、組織の人材育成に関心を持って、社内で取り組んでいました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">どんなお仕事も人が担っているんだから、<strong>人のパフォーマンスが企業の業績</strong>に大きく関わってきます。でも取引先からはなかなか人材に関するご相談は来ないんです。そこで「社内の人材のことで悩んだり迷ったりしている時に、金融機関の職員に相談しますか？」と多くの経営者に聞いてみました。するとほとんどの人が「相談しない」と答えたんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">融資に関わってくるから弱音を見せたくない側面もあると思います。金融機関の職員である限り、取引先とは<strong>「貸し手」と「借り手」というバランス関係</strong>で成立している。企業が元気になる取り組みを社長さんと一緒に進めたいと強く思っていても、本音は聞こえてこないし、同じ場所や視点に立てていないと感じるようになりました。その時初めて、辞めてみたらどうなるんだろうと退職を考えたのです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">小学生の子どももいるし、住宅ローンもあるためいろいろと考えました。自分なりに決意してから妻に相談したら、「やってみれば」と言ってくれたんです。このお仕事をしているときの表情が全然違うみたいで、素直に応援してくれました。実家の両親は大反対でしたが、押し切りましたね。例の子どもの頃からの謎の自信で、きっと上手くいく確信があったんです。たかしんの社内でもありがたいことに慰留していただきましたが、最終的には「頑張れよ」と言ってくださり、最終日まで精一杯働かせていただきました。そして</span><span class="s3">2017</span><span class="s1">年の</span><span class="s3">4</span><span class="s1">月に開業・独立します。</span></p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-557" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/maruyamasann5-1024x576.jpg" alt="" width="540" height="304" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/maruyamasann5-1024x576.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/maruyamasann5-300x169.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/maruyamasann5-768x432.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/maruyamasann5.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<h2 class="p2"><span class="s1">力を最大限引き出して、背中を押す仕事だからファシリテーター。</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">僕の仕事は経営者の皆さんの思考をしっかりと見える化して、整理して、優先度をつけること。「これから順番にやるんですよね」って、引き出してギュッとまとめる作業です。だから肩書きは<strong>「コンサルタント」ではなくて「ファシリテーター」</strong>なんです。社長さんやスタッフさんや組織が持っている力を最大限引き出して、背中を押す。たまに「答えをください」と言われるんですけど、僕が答えを持っている訳ではないんです。僕はお客さんと二人三脚で答えを探していきたい。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">おかげさまで、今までお声をかけていただいた仕事でここまでやってこれて、今では自宅から飛び出して事務所を設け、週に</span><span class="s3">2</span><span class="s1">日のパート社員を雇うなど少しずつ事業展開しています。まだ常駐のスタッフまでは雇えていないので、「多くの社員を雇っている経営者ってすごいな！」と日々思っています。やっぱり誰かの役に立ちたい、世の中の役に立ちたい、そう思ったら絶対に継続的なベースになる収入が必要ですからね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">高山で好きなところは乗鞍岳と、早朝や夜の古い町並みです。静けさに包まれた古い町並みは、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのように錯覚しますね。こうした美しい高山を次世代に残していくためにも、地域の企業が元気じゃないといけません。変化が激しく厳しい時代ですが、僕自身も一起業家として答えがない事業に毎日取り組んでいます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">これまで何度も創業支援をしてきたのに、自身が創業あるあるを経験したのも良い思い出です(笑)。やっぱり自分でやってみないと分からないですよね。試行錯誤の連続で上手くいかないことの方が多いけど、<strong>めちゃくちゃ楽しい日々です。</strong>楽しくて楽しくて仕方ないんです。その上、僕に関わってくださったみなさんにも喜んでもらえるなんて、本当にありがたい環境ですね。少しでも今より地域を元気にできるように、今年もお客さんと二人三脚で走り抜けていきます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-124" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan1.jpg" alt="" width="539" height="404" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan1.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan1-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/maruyamasan1-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<h2 class="p7"><span class="s1">「起業」という選択肢を</span><span class="s4">学校教育の中でも。</span><span class="s5"><br />
</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">直近でどうしても取り組みたいことが一つあります。世の中に起業のチャンスはいっぱいあるんです。でも<strong>学校教育の中で、起業という概念に触れることってまずない</strong>ですよね。今の時代は良い大学に入って、良い企業に入ることが勝ち組なのではなく、様々な選択肢があります。例えば金融のお仕事だって、勝ち組エリートの代表格だった大手都市銀行ですら、今や数千人の人員削減策を出しています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">就職するにしても先を見据えず、ここに就職したから安定だと考えているならやばい。</span><span class="s1">起業のチャンスは本当にたくさんあるのに、大学生や一般の人に自分でビジネスを起こす視点が欠けているのはもったいない。だからこそ中学生・高校生の間に起業する事の意味や、起業するために必要なスキル、といった<strong>「起業」という選択肢をインプット</strong>する。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">将来この地域を支える人材に対して、「良いところに就職するためだけの受験勉強なんて、なに馬鹿なことを言っているの？」と僕は伝えたいです。もちろん全員が起業する必要はありませんが、<strong>唯一の正解肢のない世の中で主体的に生きていく力</strong>や、いろんな人生の選択肢があるんだということを学ぶ機会をつくりたいな。僕は気づくのに</span><span class="s3">40</span><span class="s1">年かかったからね。ただ教育分野は自分だけではなんともならないので、いろんな方のご縁と力を借りたいです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-558" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/maruyamasann4.jpg" alt="" width="596" height="447" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/maruyamasann4.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/maruyamasann4-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/maruyamasann4-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 596px) 100vw, 596px" /></p>
<blockquote>
<p class="p9"><span class="s4">「仕事が最高に楽しい！」と無邪気な笑顔で語る丸山さん。</span></p>
<p class="p9"><span class="s4">そんな商売繁盛ファシリテーターは今日も、この地域でたくさんの笑顔とやりがいを引き出しています。</span><span class="s5"><br />
</span></p>
</blockquote>
<h2 class="p10"><span class="s1">連絡先</span></h2>
<p class="p10"><strong><span class="s1">丸山</span> <span class="s1">学</span><span class="s3">(</span><span class="s1">まるやま</span> <span class="s1">まなぶ</span><span class="s3">)</span></strong></p>
<p class="p11"><span class="s1">Facebook <span class="Apple-converted-space"> ：</span><a href="https://www.facebook.com/maru328">https://www.facebook.com/maru328</a></span></p>
<p class="p10"><strong><span class="s1">ひだ経営コンサルティング</span><span class="s3">(</span><span class="s1">中小企業診断士・商売繁盛ファシリテーター事務所</span><span class="s3">)</span></strong></p>
<p class="p10"><span class="s1">住所：岐阜県高山市森下町１丁目２７０</span></p>
<p class="p11"><span class="s1">TEL</span><span class="s7">：</span><span class="s1">0577-32-5690</span></p>
<p class="p11"><span class="s1">MAIL</span><span class="s7">：</span><span class="s1">maru328@hidamc.jp</span></p>
<p class="p11"><span class="s1">WEB</span><span class="s7">サイト：<a href="https://www.hidamc.jp/">https://www.hidamc.jp/</a></span></p>
<div class="wp-oembed-blog-card" data-cached-time="05/11/20 09:18:28"><a href="https://www.hidamc.jp/" target="_blank"></p>
<div class="wp-oembed-blog-card__body">
<div class="wp-oembed-blog-card__title">ひだ経営コンサルティング | 飛騨高山 | 中小企業診断士</div>
<div class="wp-oembed-blog-card__description">ひだ経営コンサルティングは飛騨高山在住の中小企業診断士として、地域の経営者の皆様の「ちょっと相談したいな」にお応えします。</div>
<div class="wp-oembed-blog-card__domain">www.hidamc.jp</div>
</div>
<p></a></div><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/04/maruyamamanabu/" target="_blank">この地域でたくさんの笑顔とやりがいを引き出す ー 丸山学 (商売繁盛ファシリテーター/ ひだ経営コンサルティング)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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