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	<title>飛騨市 &#8211; ヒダスト</title>
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	<description>飛騨地方に生きる、飛騨人のストーリーを刻むメディア。</description>
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	<title>飛騨市 &#8211; ヒダスト</title>
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		<title>温もりのある飛騨弁で話す「飛騨のばあちゃん」になりたい ー 森茂 聡子 ( 司会業 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2019/12/02/morimosatoko/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ライターMEGU]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Dec 2019 15:00:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[飛騨市]]></category>
		<category><![CDATA[50代]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[ファシリテーター]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>飛騨古川に生まれ育ち、婚礼司会を中心にイベントや講演会の司会進行等で活躍中の森茂 聡子さん。 &#160; 婚礼司会は新郎新婦にとってのハレの日の舞台で、すべての出席者に気を配りながら進行をしつつ、ハプニングにも柔軟に対 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3875" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-1024x710.jpg" alt="" width="540" height="374" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-1024x710.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-300x208.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-768x533.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008.jpg 1280w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote><p>飛騨古川に生まれ育ち、婚礼司会を中心にイベントや講演会の司会進行等で活躍中の森茂 聡子さん。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>婚礼司会は新郎新婦にとってのハレの日の舞台で、すべての出席者に気を配りながら進行をしつつ、ハプニングにも柔軟に対応しなければならない、繊細な気遣いと精神的な強さも求められるお仕事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>婚礼やイベントで、森茂さんが口を開く「瞬間」に居合わせる機会があり、ただ美しいだけではない、その声の深みのある優しさと魅力に秘められるストーリーとはどんなものだろう？と、興味を覚えました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>森茂さんの、優しい温かい言葉に彩られたインタビュー、ぜひお読みください。</p></blockquote>
<h2>引っ込み思案で泣き虫。それがきっかけで日本舞踊の初のステージへ</h2>
<p>私は、飛騨市古川町三之町生まれです。</p>
<p>元々は吉城酒造だったと言われる蔵を改装した家で、「駒古文堂(こまこぶんどう)書店」を営む両親、9歳年上の姉、6歳年上の兄と一緒に育ちました。現在は「蕎麦正なかや」を兄が経営しています。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3873" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0006.jpg" alt="" width="505" height="329" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0006.jpg 633w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0006-300x195.jpg 300w" sizes="(max-width: 505px) 100vw, 505px" /></p>
<p>性格は引っ込み思案で泣き虫だったようで、それを心配した母が3歳の私を近所の日本舞踊の先生のところへお稽古に通わせることにしました。</p>
<p>初めての舞台は従兄の結婚披露宴。<br />
「子守（こもり）」という演目をひとりで踊りました。堂々と舞台で踊る私の姿を見て両親は喜んでいましたね。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3874" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0007.jpg" alt="" width="540" height="370" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0007.jpg 645w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0007-300x206.jpg 300w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>それからは、親戚の結婚披露宴では祝儀の舞を踊ったり、結婚式（祝言）では雄蝶雌蝶（おちょうめちょう）という盃事のお手伝いをするお役目を務めたり。小さな時から新郎新婦のお手伝いをしていました。</p>
<p>ステージに上がるときは今でもすごく緊張しますが、不思議なことに音楽が鳴り始めると勝手に身体が動き始めるんです。それは今の司会業も、約22年続けている「P.J.Y」というバンドの音楽活動でも変わりません。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3876" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002-272x182.jpg 272w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0002.jpg 1080w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>中学校を卒業する頃までお稽古に通っていたお陰で、ステージ度胸がついたと思っています。</p>
<p>宮城保育園、古川小学校、古川中学校と進み、近いからという理由で吉城高校に進学しました。</p>
<h2>最強放送部に所属した中学・高校時代</h2>
<p>中学、高校と6年間放送部で活動し、私の「話す」歴史はここからスタートしました。</p>
<p>高校に入学してすぐ、高校放送コンテスト県大会に朗読部門で出場します。この時は、入賞にはかすりもせず（笑）。</p>
<p>顧問の先生の勧めでアナウンスに転向してみたところ、高校2年、3年と県大会で2年連続優勝し、全国大会にも出場することができました。</p>
<p>当時の放送部は、中学から一緒に校内放送を作り上げた仲間が揃い、テレビ、ラジオ、研究発表、アナウンスに朗読と、全ての部門で全国大会に出場する力がありました。高校総合文化祭では、全国で5校に与えられる奨励賞も部員揃っていただくことができたんです。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3887" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80553-1024x768.jpg" alt="" width="540" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80553-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80553-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80553-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80553.jpg 1478w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>たくさん賞を貰って嬉しかったのですが、忘れられない悔しい思い出もありました。</p>
<p>各部活動の成績が学校の広報誌に掲載されたんですが、あまりにも賞を取り過ぎたせいか、放送部は個人名が割愛されてしまったんです。</p>
<p>「自分の名前が残らなかった」という出来事を、私はいつまでも握りしめていて、この事が後々司会者としての在り方を考える上で重要な意味を持ちます。</p>
<h2>話すことを仕事にしたい。28歳での退職から司会者への道のり</h2>
<p>高校卒業後、古川町役場で10年勤めました。充実感はありましたが、28歳で退職します。</p>
<p>高校時代の私には、アナウンサーになりたいという気持ちがありました。でも、「大学に行けないから無理」と、努力することもなく勝手に諦めていたんです。</p>
<p>役場職員として町主催のイベントや式典などの司会を担当させていただくうちに、「やっぱり話すことを仕事にしたい」という想いに火がつきました。</p>
<p>その頃、高山市内のホテルで司会を含む仕事ができるということを聞き、そのホテルに転職します。</p>
<p>結納から結婚式、披露宴までお世話をさせていただく婚礼担当として約３年勤めました。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3889" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80582.jpg" alt="" width="541" height="341" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80582.jpg 970w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80582-300x189.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80582-768x485.jpg 768w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>当時は100人規模の大きな婚礼が多く、予約も毎土日入りフル回転の状況。婚礼当日は司会もしながらだったので、すごく大変でした。</p>
<p>しかし、こんなにも心と体が躍動した３年間を過ごせたのは、周りの人に恵まれ、助けてもらったからだと思います。</p>
<p>結婚を機に寿退社する時は、ホテルを離れたら大好きな司会の仕事ができなくなると思っていたので、すごく寂しい想いが残りました。</p>
<p>ところが、結婚の翌年に息子を授かった頃から、披露宴やイベントなどの司会を依頼してくださる方が何人も現れたんです。</p>
<p>私の司会する姿を知っていてくださり、ホテルを退職した私を実家の本屋までわざわざ探して来てくださったと聞いて、それはもう本当に嬉しかったですね。</p>
<p>息子が生まれてからは高山市内の旅館に13年間勤め、休日を利用して司会の仕事も続けてきました。</p>
<p>ありがたいことに、現在までたくさんのご縁をいただいています。</p>
<h2>司会者として大切にするのは、「今ここにあること」</h2>
<p>私は、言葉自体は「記号」のようなものと感じています。しかし、そこに想いが乗ると体温が加わり、似通ったバイブレーションを持つ人の心に響いて、まるで「生き物」のようになる。</p>
<p>言葉が記号に近いものとなるか、生き物に近いものとなるかで、受け取る方の気持ちにも変化があらわれます。</p>
<p>生身の人間として、内側の想いに灯をともすような言葉で、温度も空気感も丁寧に伝えたい。だからこそ、人の気持ちも深く理解したいと思っています。</p>
<p>というのも、私はある司会の現場で突然のハプニングに対応することが全くできず、進行表に従うだけの心ない司会をしてしまったことから、その方たちに悲しい想いを残してしまったことがありました。</p>
<p>それからは、私が美しく話すことよりも、まずは主役の気持ちに寄り添おう、その場の空気を体感し、誰が今何を伝えようとしているか？に集中しようと思ったんです。</p>
<p>高校生の放送部の頃、自分の名前が記録に残らなかった時はすごくがっかりしました。でも今は、私はあくまでも司会者だから、その司会者に我はいらない。大切なのは、「今この瞬間に意識を置く」ということ。今ここに意識があれば、その場の空気と一体となって、たとえハプニングが起きたとしても柔軟に対応することができます。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3884" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80422-1024x700.jpg" alt="" width="542" height="370" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80422-1024x700.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80422-300x205.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80422-768x525.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/11/80422.jpg 1477w" sizes="(max-width: 542px) 100vw, 542px" /></p>
<p>司会者としての自分を比喩的に表現するとしたら、想いと想いを繋ぐストロー。</p>
<p>想いと想いが繋がれた瞬間、何度も繰り返し思い出したくなるような一瞬が生まれます。その一瞬は想い返すほどに永遠になると思うんです。</p>
<p>今いただく仕事の大半を占めているのは婚礼司会。</p>
<p>人生の喜びのひとつ「婚礼というハレの日」、「ありがとう」と「おめでとう」が循環する場に立ち会わせていただけることが、私の人生の喜びです。</p>
<h2>飛騨古川に根ざした私は、飛騨人の営みの一部になりたい</h2>
<p>最近の私は、司会者である前に、森茂 聡子という飛騨古川のおばちゃんなんやさなぁ、と思うようになりました。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3870" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0001.jpg" alt="" width="539" height="346" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0001.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0001-300x193.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0001-768x493.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>この飛騨古川に根ざした「私」は一本の木。その言葉は葉っぱだと思います。</p>
<p>飛騨古川の土壌、季節の移ろいの中にある風景を見たときに覚える感動、食べ物の美味しさ、寒い熱いの感覚、さらには私を支えてくれる人達が、陽となり風となり水となって、まるで一本の木を育てるように私を育んでくれた。私が発する「言葉」は私だけが育んだものではないと思っています。私のものであって、私のものではないという感覚です。</p>
<p>私がいま司会者としてステージに立てるのも、当時の部活動の仲間を含む、関わってくれた全ての人たちのお陰。</p>
<p>様々な瞬間を創り上げるため、それぞれの「役割」を粛々と営む人たちと共に生きているんだ。そう感じるようになりました。</p>
<p>私は、その言葉を発する自分自身を大切にすることで、人の心に灯をともすような言葉を発せられる人でありたいです。</p>
<p>自分の弱さも強さも、表も裏も受け容れて、「私はどう在りたいのかな？」と問いかけ、励まし勇気付けられるような言葉を自分自身にこそ投げかけて生きる。</p>
<p>私として生きることは、森茂聡子という名前や存在を残すためではなく、人の営みの一部となることに生きがいや喜びを感じることだと思います。</p>
<h2>飛騨古川への想い。温もりのある飛騨弁で話す、飛騨のばあちゃんになりたい</h2>
<p>もうひとつ、私には、飛騨地方の方言、「飛騨弁」を大切にしたいという想いがあります。</p>
<p>飛騨弁で話していると、「おっとりしていて可愛らしい言葉ですね」と褒めていただけることがありますが、使い手が生き生きと人生を楽しんでいると、飛騨弁という言葉にも心地よいバイブレーションが乗って、本当に美しく、可愛らしく、心に響く言葉になるのではないかと思っています。</p>
<p>言葉には、その人の生き方が現れます。</p>
<p>１０年後も、２０年後も、生き生きとした飛騨弁が使われて、私自身の使う言葉にもさらなる温かみが乗っていたら最高です。</p>
<p>私の住んでいる飛騨古川は、今すごく元気で勢いがあります。</p>
<p>飛騨市長の聞き手を務めながら様々なテーマで市政の話をする「市長と共にふれあいトーク」をはじめ、「飛騨市民音楽祭」、「飛騨市農業まつり」「宮川こいこい花火」、「快存上人ご法要」、「夏の色和衣」など、大好きな飛騨市のイベントに司会者として関わらせていただき、少しでもお役に立てたら嬉しいです。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3871" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0003-1024x639.jpg" alt="" width="540" height="337" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0003-1024x639.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0003-300x187.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0003-768x479.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0003.jpg 1080w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>実は私は、私が飛騨古川で生き生きと過ごしているだけで観光客が来てくれるんじゃないかと本気で思ってるんですよ(笑)。</p>
<p>きっと、嬉しくて幸せなバイブレーションが、誰かと町で交わす言葉にも、司会をしている時の言葉にも乗って響いて拡がっていくと思うんです。</p>
<p>なんてったって、私が目指しとるのは「飛騨のばあちゃん」。</p>
<p>温もりのある飛騨弁を話し、そこに居るだけで、なんとなく場が和んでしまう「飛騨のばあちゃん」になりたいというのが、私の夢なんやさな。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3875" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-1024x710.jpg" alt="" width="540" height="374" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-1024x710.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-300x208.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008-768x533.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/11/20191128_191129_0008.jpg 1280w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote><p>方言学では「飛騨方言」と言われる「飛騨弁」。</p>
<p>「◯◯なんやさ〜」「◯◯やもんで…」というおっとりとした語尾が特徴的な飛騨地方の方言ですが、森茂さんの話す飛騨弁は、何とも言えない温かみのある音を持ち、空間に優しく響きます。</p>
<p>言葉の財産として、飛騨弁の「形」も、そこに宿る「温もり」も、この先ずっとずっと残っていったらいいなと感じました。</p>
<p>記事をお読みいただいている皆さんにもぜひ実際に、森茂さんの言葉を聴いていただきたいです。きっと、心がすごくのくとまる(飛騨弁で温まるの意味)と思います。</p></blockquote>
<h2>連絡先 / 司会などお仕事の依頼先</h2>
<p>司会・MC・ナレーターなど、お仕事の依頼先は下記へ</p>
<p>【 anoina 〜あのいな〜 】<br />
住所：岐阜県飛騨市古川町三之町2-29<br />
電話：090-8955-5714</p>
<p>Facebook<br />
<a href="https://www.facebook.com/satoko.morimo" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.facebook.com/satoko.morimo</a></p>
<p>note<br />
<a href="https://note.mu/anoina" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://note.mu/anoina</a></p>
<p>ひだっちブログ<br />
<a href="https://anoina.hida-ch.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://anoina.hida-ch.com/</a></p>
<p>Instagram<br />
<a href="https://www.instagram.com/satokomorimo/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.instagram.com/satokomorimo/</a></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2019/12/02/morimosatoko/" target="_blank">温もりのある飛騨弁で話す「飛騨のばあちゃん」になりたい ー 森茂 聡子 ( 司会業 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「穂高を耕す、穂高に生きる」 標高3000mの山小屋で日々を営み続けるー 今田恵 (有限会社 穂高岳山荘 代表取締役)</title>
		<link>https://hida-st.com/2019/07/23/imadamegumi/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 23 Jul 2019 06:43:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[飛騨市]]></category>
		<category><![CDATA[30代]]></category>
		<category><![CDATA[pickup]]></category>
		<category><![CDATA[サービス業]]></category>
		<category><![CDATA[宿泊]]></category>
		<category><![CDATA[後継者]]></category>
		<category><![CDATA[斐太高校]]></category>
		<category><![CDATA[登山]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
		<category><![CDATA[観光]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>大正14年創業、標高3000mに位置する山小屋「穂高岳山荘」を経営する今田恵さん。大学を卒業してすぐに家業を継ぎ、1年の半分を険しい山の上で営みます。 標高3000mの山小屋で働くとはどんな日常なのでしょうか？また、今田 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-2950" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/IMG_1366-2-1024x639.jpg" alt="" width="542" height="338" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/IMG_1366-2-1024x639.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/IMG_1366-2-300x187.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/IMG_1366-2-768x479.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/IMG_1366-2-1920x1198.jpg 1920w" sizes="(max-width: 542px) 100vw, 542px" /></p>
<blockquote><p>大正14年創業、標高3000mに位置する山小屋「穂高岳山荘」を経営する今田恵さん。大学を卒業してすぐに家業を継ぎ、1年の半分を険しい山の上で営みます。</p>
<p>標高3000mの山小屋で働くとはどんな日常なのでしょうか？また、今田さんが信条と語る<strong>「穂高を耕す、穂高に生きる」</strong>とは？</p>
<p>山々に囲まれた飛騨の地に生きる飛騨人にこそ読んでいただきたい、山に生きる今田さんのストーリーをご覧ください。</p></blockquote>
<h2>大学を卒業してすぐに、家業である「山小屋」を継ぐ</h2>
<p>高山市で生まれました。大正14年に祖父が「穂高岳山荘」という山小屋を創業しまして、わたしも小さな頃から夏休みには必ず一週間以上、多い年には一月丸々、山の上で過ごすのが当たり前でした。</p>
<figure id="attachment_3034" aria-describedby="caption-attachment-3034" style="width: 539px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3034" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi05-1024x711.jpg" alt="" width="539" height="374" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi05-1024x711.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi05-300x208.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi05-768x533.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi05.jpg 1491w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /><figcaption id="caption-attachment-3034" class="wp-caption-text">今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>山小屋といっても、標高日本第３位（3,190m）の奥穂高岳と標高日本第８位（3,110m）の涸沢(からさわ)岳の間である、「白出（しらだし）のコル」（2,996m）に位置しています。麓から片道9時間くらいかかるため、相当頑張って登山した方しか泊まれません(笑)。</p>
<figure id="attachment_3038" aria-describedby="caption-attachment-3038" style="width: 539px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3038" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi01-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi01-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi01-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi01-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi01-1920x1280.jpg 1920w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi01-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /><figcaption id="caption-attachment-3038" class="wp-caption-text">赤い屋根が穂高岳山荘 ー 今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>親からは「やりたいことやればいい」と言われていたものの、一人娘なのでいずれ山小屋を継がなければならない意識は少しありました。「一度は都会に出なさい」との親の勧めから、早稲田大学政治経済学部に進学します。</p>
<p>大学は<span style="letter-spacing: 0.7px; font-size: 1rem;">自由闊達で</span>過ごしやすい場所でしたね。登山やスキーのサークルに入ったり、学園祭の運営で広報局を務めたりと大学生活を満喫しました。</p>
<p>やがて就活の時期に入るのですが、小さい頃からMac使いだったわたしは、Apple Japanの選考を受けていました。まだiPhoneが世に出る前でしたので、先見の明があったかもしれません(笑)。ですが、就活中に父親の体調が悪くなりまして、「卒業してすぐに入社してくれたらうれしい」と父から直接請われました。選考途中で辞退しまして、<strong>家業への就職を決断</strong>します。まあ、そんな父は今も健在なんですけどね(笑)。</p>
<figure id="attachment_3045" aria-describedby="caption-attachment-3045" style="width: 540px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3045" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi12-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi12-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi12-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi12-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi12-272x182.jpg 272w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi12.jpg 1200w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /><figcaption id="caption-attachment-3045" class="wp-caption-text">前衛峰「ジャンダルム」と雲海 ー 今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>大学時代も夏に家業のお手伝いはしていたので、そこまで変わらない日々だったかもしれません。忙しくない時期は都会に出ていいよと言われていたので、山がシーズンオフの冬場は東京に滞在し、「広報」や「PR」の研究室で学んでいました。ただの宣伝だけではないファンづくりに興味があったのですが、今の山小屋の広報面でも大きく役立つ学びでしたね。</p>
<p>社会人2年目で結婚したのですが、彼は東京の通信会社に勤めていたので一緒に関東へ住み、わたしが山小屋に働きにいく「単身赴任」生活でした。2012年に父の跡を継いで代表取締役に就任し、拠点が飛騨市神岡町になります。</p>
<h2>標高3000mの山小屋の１日</h2>
<p>穂高岳山荘は、<strong>4月から11月までの営業</strong>となり、<strong>冬はシーズンオフ</strong>で休みになります。登山のシーズンは夏ですので、7月から10月が繁忙期です。</p>
<figure id="attachment_3031" aria-describedby="caption-attachment-3031" style="width: 540px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3031" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi08.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi08.jpg 719w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi08-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi08-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /><figcaption id="caption-attachment-3031" class="wp-caption-text">４月の入山後。除雪して山荘を掘り起こす様子 ー 今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>日の出とともに出発したいお客様がいらっしゃる関係で、山小屋の朝はすごく早く、午前4時に起きて朝ごはんを準備します。ですので、スタッフは早番・遅番のシフト制です。早朝に出発して午後15時までに次の山小屋にたどり着くことで、日本の多くの山は安全を保っているんですね。</p>
<p>わたしの主な担当は、フロントでの受付と午前4時30分にオープンする売店でした。朝ごはんの提供が終わってからは休憩を挟み、お客様のチェックアウトが済んだら一斉にお部屋の掃除をします。のんびりする間もなく次のお客様が到着されるので、宿泊受付をしたり、お昼ごはんを出したり、忙しさのピークを迎えます。</p>
<figure id="attachment_3035" aria-describedby="caption-attachment-3035" style="width: 540px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3035" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi04-1024x768.jpg" alt="" width="540" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi04-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi04-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi04-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi04.jpg 1280w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /><figcaption id="caption-attachment-3035" class="wp-caption-text">今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>わたしたちは標高3000mに位置する山小屋なので、隣の宿までは歩いて半日の距離となります。人命に関わるため、飛び入り宿泊のお客様を断ることはできません。最近は通信がかなり発達しているので電話予約はできるのですが、天候や体調の関係もありますので仕方ない部分もあります。宿泊定員は250人なのですが、土日の混雑している日などは、「今日の部屋割りどうする？！」とシビアな調整をその場でしていきます。</p>
<figure id="attachment_3032" aria-describedby="caption-attachment-3032" style="width: 539px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3032" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi07.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi07.jpg 720w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi07-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi07-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /><figcaption id="caption-attachment-3032" class="wp-caption-text">４月の入山時の霜が張った山荘内 ー 今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>食料品や燃料などの物資は、月に2回、<strong>ヘリコプター</strong>で運んでいます。天気によってお客様の数が大きく増減するため、発注の数の調整はもちろん、運んだ<strong>物資をきちんと管理する技術</strong>が求められます。資源には限りがあるので、掃除の時間・炊事の時間を調整したりと効率良く、かつ<strong>人工的な音をなるべく立てない</strong>ように工夫していますね。スタッフの経験や腕に頼ってしまう部分ですが、少しずつマニュアル化していけるように頑張っています。</p>
<figure id="attachment_3048" aria-describedby="caption-attachment-3048" style="width: 540px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3048" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi09-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi09-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi09-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi09-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi09-272x182.jpg 272w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi09.jpg 1600w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /><figcaption id="caption-attachment-3048" class="wp-caption-text">山荘内の様子 ー 今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>相当な山好きが集まる場所ですので、接客をしていても楽しいですね。とても好きな仕事なのです。</p>
<h2>登山の魅力は「シンプルに楽しい」ところ</h2>
<p>登山の魅力は<strong>「シンプルに楽しい」</strong>ところですね。もちろんある程度の技術は必要なのですが、基本的には目的地まで登り歩いて、到着したらすごく楽しい(笑)。とくに、山で食べるごはんは意味が分からないくらい美味しいです。</p>
<figure id="attachment_3037" aria-describedby="caption-attachment-3037" style="width: 539px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3037" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi02-1024x682.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi02-1024x682.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi02-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi02-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi02-272x182.jpg 272w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi02.jpg 1280w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /><figcaption id="caption-attachment-3037" class="wp-caption-text">今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>それと景色は見たことないくらい綺麗ですよ。山で10年以上働いているわたしも、「こんなの見たことない」ってほど綺麗な景色に出会う時が今でもあります。またそれが、写真やビデオに撮っても伝えられるのは1/100くらいなのですよね&#8230;&#8230;肉眼には敵いません。</p>
<figure id="attachment_3049" aria-describedby="caption-attachment-3049" style="width: 540px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3049" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi14.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi14.jpg 1000w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi14-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi14-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi14-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /><figcaption id="caption-attachment-3049" class="wp-caption-text">こんなに綺麗だと気づいた「新雪の日暮れ」ー 今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>都会や街の中で生活していると、身体の感覚や自然の中で生きるということが分からなくなっちゃうんです。災害時にだけ、自然の脅威ってクローズアップされがちですけど、普段から<strong>街やインフラが自然の中に人の居住空間を作っている。</strong>それが見えづらくなっていますよね。</p>
<p>ですので、衣食住をバックパックに詰め込み、自分の身一つで登山をすると、<strong>「自然ってやっぱり強いんだ。人間はなんてちっぽけなんだ」</strong>ってすごく感じるんです。こんなに大きい自然と小さいわたし。とっても気持ちが良い感覚ですよ。</p>
<figure id="attachment_3033" aria-describedby="caption-attachment-3033" style="width: 540px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3033" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi06-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi06-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi06-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi06-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi06-272x182.jpg 272w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi06.jpg 1600w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /><figcaption id="caption-attachment-3033" class="wp-caption-text">今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>とは言え、登山の装備はすごく大事です。<strong>登山用の装備の有無で、快適さや安全性が全く違います</strong>。この10年でお洒落で機能的な製品がどんどん生まれていますよね。野外フェス文化の影響やメディアの努力のおかげで、登山界にもその流れが来ました。せっかく登るのであれば装備にも少しこだわっていただきたいです。</p>
<p>若い人にも登山の裾野が広がってきて嬉しいのですが、これから日本人全体の数は減っていくので、外国の方もどんどん受け入れていきたいです。実は標高3000mの山小屋で<strong>クレジットカード決済にも対応</strong>したのです！これは山小屋界隈では画期的なことなんですよ(笑)。通信がそもそもできない状況から、そんなに強くはないですが<strong>Free Wi-Fiも整備</strong>しました。海外から来たお客様にとっては安心ですよね。</p>
<figure id="attachment_3044" aria-describedby="caption-attachment-3044" style="width: 539px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3044" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi13-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi13-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi13-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi13-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi13-272x182.jpg 272w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi13.jpg 1200w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /><figcaption id="caption-attachment-3044" class="wp-caption-text">標高日本第３位・奥穂高岳山頂 ー 今田恵さん提供</figcaption></figure>
<h2>「穂高を耕す、穂高に生きる」</h2>
<p>祖父とは直接話したことはないのですが、祖父が遺した言葉である<strong>「穂高を耕す、穂高に生きる」</strong>はわたしの信条です。その土地を借りて、耕して育てて、自分も生きさせていただいている。その土地を壊さずに少しずつ良くして、次の世代に託していく。そんな想いの込もった言葉なのです。</p>
<p>日本の多くの山は信仰の対象となり、修験者が修行の場として宗教登山をされていた歴史があります。ですが穂高はあまりに険し過ぎて、近代までは<strong>未開の地</strong>に近かったのです。簡単に言えば、人間の行くところではないとされていました。自分たちでも「なんでこんなところで住んでいるんだろう」と思う瞬間があるくらいです(笑)。</p>
<figure id="attachment_3036" aria-describedby="caption-attachment-3036" style="width: 542px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3036" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi03-1024x683.jpg" alt="" width="542" height="361" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi03-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi03-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi03-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi03-1920x1280.jpg 1920w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/imadamegumi03-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 542px) 100vw, 542px" /><figcaption id="caption-attachment-3036" class="wp-caption-text">今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>そんな場所でわたしたちは、父が創り上げたインフラを管理して、祖父が発見した水源から水を引いて営んでいます。父はめちゃくちゃ考えて、ヘリコプターの尾部回転翼をもらって、自家製風力発電機をつくったくらいです(笑)。大工仕事や水道工事なども基本的には自分たちでやります。<strong>先代・先先代たちが耕して、引き継いできたおかげで暮らしができている</strong>わけです。</p>
<p>そしてそれは穂高に限ったことではなく、普段住んでいる飛騨の街も同じで、先人たちが一生懸命つくってきた積み重ねがあって、今の街の姿があるのだと実感します。</p>
<figure id="attachment_3046" aria-describedby="caption-attachment-3046" style="width: 540px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" class="wp-image-3046" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi11-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi11-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi11-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi11-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi11-272x182.jpg 272w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2016/07/imadamegumi11.jpg 1600w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /><figcaption id="caption-attachment-3046" class="wp-caption-text">今田恵さん提供</figcaption></figure>
<p>これからの時代は街を成り立たせるのは難しくなっていくかもしれません。であるならば、新たな技術や思想で、<strong>少しずつ更新していく</strong>ことが大事だと思うのです。一気に何かを変えてしまうと、誰かが痛い思いをしたりとか、否定される人がいたりとか、必ずどこかにしわ寄せがいきます。山小屋も少しずつ少しずつ変わってきました。</p>
<p>穂高岳山荘は去年に95周年を迎えたので、もうすぐ100周年です。わたしは三代目として、基盤をよりよくして次世代に渡していきたい。できたら、みんなで耕していけたらうれしいですし、飛騨の人はこんなに近くに山があるすごく贅沢な環境です。まずはこの夏、穂高に限らず、山に遊びに来てくださいね。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-2953" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/IMG_1365-2-1024x765.jpg" alt="" width="540" height="403" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/IMG_1365-2-1024x765.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/IMG_1365-2-300x224.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/IMG_1365-2-768x574.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2019/07/IMG_1365-2-1920x1434.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote><p>山々に囲まれた、人里離れた飛騨の地に住むわたしたち。</p>
<p>毎日目にする山のその頂を、登る人たちがいれば、迎え入れる人もいる。</p>
<p><strong>「穂高を耕す、穂高に生きる」</strong></p>
<p>標高3000mの山の上では、尊い営みが脈々と受け継がれているのでした。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p>今田恵(いまだめぐみ)<br />
<a href="https://www.facebook.com/imadameg" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.facebook.com/imadameg</a></p>
<p>今田恵Twitter<br />
<a href="https://twitter.com/imadameg" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://twitter.com/imadameg</a></p>
<p>穂高岳山荘 公式ホームページ<br />
<a href="https://www.hotakadakesanso.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.hotakadakesanso.com/</a></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2019/07/23/imadamegumi/" target="_blank">「穂高を耕す、穂高に生きる」 標高3000mの山小屋で日々を営み続けるー 今田恵 (有限会社 穂高岳山荘 代表取締役)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>みんなの「やりたい！」に、いつでも全力で伴走したい ー 関口祐太 (有限会社 関口教材店 取締役 / 吉城高校キャリア教育コーディネーター)</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/10/24/sekiguchiyuuta/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 24 Oct 2018 07:32:43 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[飛騨市]]></category>
		<category><![CDATA[30代]]></category>
		<category><![CDATA[コーチング]]></category>
		<category><![CDATA[吉城高校]]></category>
		<category><![CDATA[市民活動]]></category>
		<category><![CDATA[後継者]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; 家業である関口教材店で働きながら、岐阜県立吉城高校でキャリア教育コーディネーターも務める関口祐太(せきぐちゆうた)さん。地域のリーダーとして活躍するその姿とは裏腹に、挫折と転機が予想できない未来へと導いてき [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/10/24/sekiguchiyuuta/" target="_blank">みんなの「やりたい！」に、いつでも全力で伴走したい ー 関口祐太 (有限会社 関口教材店 取締役 / 吉城高校キャリア教育コーディネーター)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1614" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta14-1024x556.jpg" alt="" width="540" height="293" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta14-1024x556.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta14-300x163.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta14-768x417.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta14-1920x1042.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>家業</strong>である関口教材店で働きながら、岐阜県立吉城高校で<strong>キャリア教育コーディネーター</strong>も務める関口祐太(せきぐちゆうた)さん。地域のリーダーとして活躍するその姿とは裏腹に、挫折と転機が<strong>予想できない未来</strong>へと導いてきた半生でした。飛騨市で始まっている最先端のキャリア教育、その中心で奮闘する関口さんのストーリーをどうぞご覧ください。</p></blockquote>
<h2><span class="s1"><strong>「もう友達辞める！」吹っ切れた中学時代</strong>。</span></h2>
<p>飛騨市古川町で生まれました。3つ歳下の妹と二人兄妹。祖父が立ち上げた「<strong>有限会社 関口教材店</strong>」で働いています。学校教材・備品の販売事業なのですが、創業当時は飛騨地域に同業種はなく、車も普及していなかったため原チャリで教材を運んでいたそうです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>従兄弟の家の隣が石材屋さんで、大きい石が150mくらい横に積み上がってる場所で<strong>「冒険遊び」</strong>をしたのをよく覚えています。当時から従兄弟と仲が良く、遊びに行くと「ゆうた冒険しようぜ。武器どれがいい？」と言われて、木やツルで作ってくれた武器を選ばせてくれました。それぞれ戦士や魔法使いとして遊びながら、今思い返すと、<strong>役割を持って一緒に何かを成し遂げる感覚</strong>がすごく楽しかったです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1">中学1年生の時、部活内で頻繁にからかってくる友人がいました。当時の僕は、人にはっきりと物事を伝えられるタイプではなかったので、言い返すこともできずにモヤモヤを抱えていました。それが続いたある日、思い切って<strong>「もう友達辞める！」</strong>と言ったんです。そうしたら「ごめん。そんな風に感じているとは思わんかった・・。」と反省してくれて、それがきっかけで僕も少し吹っ切れ、コミュニケーションのコツを掴めた大きな出来事でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1407" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta03.jpg" alt="" width="539" height="275" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta03.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta03-300x153.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta03-768x392.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>つい最近、中学校の卒業文集を見つけたんです。「自分には４つの夢がある」と書いてあって驚愕(笑)。しかもどの夢も叶っていないです(笑)。だけど、そこに書いてあったことは<strong>本質</strong>を突いていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、「料理人になりたい！」と書いてあるのですが、その後「美味しくするために工夫している時が楽しい」と続くんです。この<strong>工夫するのが楽しい</strong>感覚は今でも同じです。他にも「ギタリストになりたい！」と書いてあるのですが「みんなと音を合わせている時が楽しい」という理由で、この感覚や価値観も変わりませんね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>地元の吉城高校に進学してからは程よくハメを外しながら、楽しい高校生活を過ごしていました。アルペンスキー部に入って部活動に打ち込み、3年生の時には部長を経験させてもらいましたね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そろそろ進路を考える時期に、「料理人になりたい！」と親に相談したことがありました。すると<strong>「お前、教材屋はどうするんだ？」</strong>と言われたんです。その時、自分の夢はありつつも「家業を継ぐのは絶対嫌だ！」とは感じなかったんですよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>思い返すと小さい頃から、祖父と一緒に営業に回って、仕事帰りには「たんぼの湯」に寄るんです。必ず大浴場で寝転がる祖父に、横から適度にお湯をかけてあげるのが僕の役割でした。<strong>近くで仕事を見てきている</strong>から、自然と身体に馴染んでいたのかもしれません。それで商売の勉強がしたいと思い、名古屋商科大学の総合経営学科に進学しました。</p>
<h2>家業を継いで経験した、大きな挫折。</h2>
<p>大学生活では経営や経済の勉学に励みながら、小学校から続けているアルペンスキーの部活や、フリースタイルスキーのサークルで代表を務めたりしました。またレストランと大型焼肉店で長くアルバイトをしていまして、バイトリーダーとしてお店の仕入れも担当していたんです。<strong>リーダーとしての体験</strong>や働くことを通じて、自分の<strong>やりたいこと</strong>や<strong>得意なこと</strong>が見えてきた気がします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>卒業が迫る頃、祖父が仕事を引退することになったんです。実家に帰ったある時、「あんた誰やった？立派な方やな〜。お〜、祐太か。」と祖父に言われたことがありました。その時は「あ〜、ぼけてきたな。」と笑って家族と話していたのですが、<strong>内心ショック</strong>でしたね。</p>
<p>それもあって自分の進路はすごく迷いました。もう少し外で修行して、いろんな世界を経験したかったけれど、早く<strong>祖父に働いている姿を見せたい</strong>気持ちもあり、最終的には早々に地元に戻って、家業の関口教材店に入社します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1">今だから言えることですが、いざ家業の現場に入った時はびっくりしました。こんな対応で大丈夫？こんなやり方でいいの？と感じる非効率な仕事方法が、当時は山ほどあったんです(笑)。徐々に改善しようとするのですが、それが当たり前になっていたので当然ぶつかります。自分の<strong>伝え方が下手だった</strong>り、家族だからこそ言い過ぎてしまうこともあり、<strong>言い合いになる毎日</strong>を過ごしていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんな日々の中でも、自分のことをすごくかわいがってくれるお客さんに出会いました。そんなお客さんの役に立ちたい。だけど会社内では変われない。何年間も溜め込んでいたある日、仕事のクレームが入ってついに<strong>「ふざけんじゃねえ！」</strong>って爆発しちゃいました。しかし、<strong>解決の仕方が分からない</strong>んです。気づいたら涙が止まらなくて、机の上が涙の海。泣いている姿を嫁に見せたくなくて、宮川沿いの土手に座って、心を落ち着かせてから家に帰る日々でした。今考えると、結講病んでましたね(笑)。</p>
<h2>コーチングに出会って、人生が好転する。</h2>
<p class="p1">悩んで落ち込んでいたある時、商工会の経営指導員の方からご紹介いただいて、<a href="https://www.facebook.com/shingo.ito.16718" target="_blank" rel="noopener">伊藤慎悟</a>さんという経営コンサルタントの先生に出会います。伊藤さんから経営戦略に関して教えていただき、ワークを通してたくさん気付かせてもらいました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1">また地域で良くしていただいていた先輩の<a href="https://www.facebook.com/tomohisa.kitahira">北平智久</a>さんから、「勝手にモチベーション / 平本あきお」という本をいただいたんです。その本には様々な内容が書いてありましたが、その中でも「本当はどうなりたい？」と問いかけられる文章があったんです。それを読んだら、「こういう会社だったら、こういう人生だったら・・。」どんどん想いが溢れてきました。それが<strong>コーチング</strong>(対話によって相手の自己実現や目標達成を図るコミュニケーション技法)との出会いでしたね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">コーチングという考え方があるのかと衝撃で、学ぶ機会を求めて東京のプロコーチ養成スクールに1年半くらい隔週で通いました。自分の性格や思考の型、コミュニケーション手法を体系的に学ばせていただき、今まで自分が上手くいかなかった理由が腑に落ちて、気持ちがすごく楽になりましたね。</span><span class="s1">それからはアスリートのメンタルサポートや経営者の方と定期的に面談したりと、コーチングのお仕事も増えていったんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="s1">とはいえインプットだけじゃなくて、どんどんアウトプットもしないと自身の成長がないんですよね。そこで地元の友人に協力してもらって、<strong>小さくワークショップを開催</strong>し始めました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1403" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta07-1024x491.jpg" alt="" width="540" height="259" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta07-1024x491.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta07-300x144.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta07-768x368.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta07-1920x920.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それぞれの仕事場や日々の生活で起こった、<strong>嬉しいエピソード</strong>を振返って共有するシンプルな場なのですが、些細なエピソードにドラマがあっておもしろいんです。「<strong>ドリコミュ &#8211; Dream Community &#8211;</strong>」と名付けて、月一での定期開催が始まりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>参加者が自分の一ヶ月を振り返ったり、周りと共有したり、まるでお風呂に入ったような<strong>あったかい気持ち</strong>になれる場づくりを心がけていたんです。このドリュコミュが、<strong>予想もしない未来</strong>へと繋がっていくことになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1404" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta06.jpg" alt="" width="594" height="324" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta06.jpg 640w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta06-300x164.jpg 300w" sizes="(max-width: 594px) 100vw, 594px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>対話の場づくりが、YCKプロジェクトへ。</h2>
<p>ドリコミュの会を重ねるごとに、知り合いの高校生が参加してくれたりして、高校生の視点や日常も面白いなと感心していたんです。そうしたら取り組みが吉城高校にも伝わっていたみたいで<strong>「職員研修で地域の人との対話の場をつくりたい」</strong>と相談されました。そこで地域の人と先生が集まり、「月面着陸ワークショップ」という対話の場を、<strong>高校の会議室で開催</strong>したんです。当時高校生だった僕が怒られて、謹慎を言い渡された会議室だったから感慨深さがありましたね(笑)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter size-full wp-image-1609" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta13.jpg" alt="" width="481" height="361" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta13.jpg 481w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta13-300x225.jpg 300w" sizes="(max-width: 481px) 100vw, 481px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それがきっかけで「高校の総合時間の一つで研修をやってくれないか？」とお声がけいただき、その次には「年間でプロジェクトを立てて、生徒と地域の課題解決に取り組みましょう。」となりました。今では「<a href="https://school.gifu-net.ed.jp/wordpress/yosiki-hs/main/yckproject/" target="_blank" rel="noopener">YCK PROJECT</a>(吉高地域キラメキプロジェクト)」という、地域をフィールドに教育の場を創ろうという大きなプロジェクトに発展しています！詳しくは<a href="https://colocal.jp/topics/think-japan/local-action/20171228_108993.html" target="_blank" rel="noopener">こちら</a>をご覧ください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>初めての試みなので、全体構想検討、プログラム制作、連絡調整と仕事は多岐に渡ります。今年度からは正式にキャリア教育コーディネーターとして委嘱いただき、学校内にデスクもいただけたことで、先生との距離が縮まり嬉しいです。校内でも情熱的に関わる先生がいたり、「力を貸して欲しい」と言ってくださる地域の方・仲間たちがいるから、モチベーション高く取り組めています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1406" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta04.jpg" alt="" width="540" height="348" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta04.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta04-300x193.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta04-768x495.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>同じくキャリア教育コーディネーターを委託された、<a href="https://hida-st.com/2018/10/03/banjokyoko/">盤所杏子</a>の存在も大きいです。彼女にはひょんなことから仕事をお願いすることになったのですが、家庭や学校だけではない他の案件もある中で、様々な所に気を配ってくれて仕事も早い。自分に足りないものを持っていて、いつも助けてもらっています。信頼できる仕事のパートナーがいることは本当に嬉しいです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1590" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta10.jpg" alt="" width="540" height="306" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta10.jpg 896w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta10-300x170.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta10-768x435.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これから大学入試も大きく変わり、<strong>「生きる力」</strong>を試験で問われるようになります。変化の激しい世の中で、知識以外の能力を意識的に育成していくことが必要となってきたからです。学校教育の形も、従来通りでは難しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>YCK PROJECTで僕が意識しているのは、「地域のための活動」ではなく「自分の将来のために、地域を活用すること」です。以前、ある高校生が「地域に関わるほど、お前は帰ってくるんやろオーラを感じて、やりたいことを言い出せなかった・・。」と言っていました。若者に地域へ帰って来て欲しい気持ちは一旦置いて、「それは本当に子どものことを思っているのか？」と問いかける。あくまでも<strong>高校生の成長と学びの場として、地域を「フィールド」にしている。</strong>そのスタンスを大切にしています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1589" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta11-1024x560.jpg" alt="" width="540" height="295" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta11-1024x560.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta11-300x164.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta11-768x420.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta11.jpg 1302w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん帰って来て、飛騨を一緒に元気にして欲しいという気持ちはあります。しかしその選択も自分の意思で決めて、戻るなら自分に何ができるのか、そういった<strong>志</strong>を立てて欲しい。そのための「情報・体験」や社会で役立つ「生きる力」を、僕なりに提供していきたいです。</p>
<h2>「自分のやりたいこと」へ、素直に挑戦できるまちに</h2>
<p class="p1"><span class="s1">飛騨市の好きな景色は<strong>「気多若宮神社」</strong>です。毎月一日と一五日の早朝は境内へ上がれるので、なるべくお参りに行きます。山門から上がって、二つ目の鳥居を通ったところから見える、バランスの取れた社殿が大好きです。また神社から見る古川の街の景色が、昔から変わらない僕の原風景ですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1588" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta09.png" alt="" width="540" height="319" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta09.png 999w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta09-300x177.png 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta09-768x454.png 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大人になればなるほど、街の歴史を考えます。吉城高校は今年で創立70周年です。70年前、「高校を作ろう！」と作った方々はすごいですよ！街だって全部一緒。僕が挑戦しようとしていることは、<strong>先人の礎の上</strong>でしかない。先輩方が積み重ねてきたからこそ、新しい挑戦が生まれる土地になっているんだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんな飛騨の地から、みんなの<strong>可能性が開花</strong>しちゃう、<strong>個性が活かされる</strong>原点のまちを創りたいと思っています。年齢、性別、出身地、その他問わず住む人みんなが「自分のやりたいこと」に素直に挑戦できるまち。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;">例えば、なにかの分野で活躍した方に「ご出身はどちらですか？」と聞いたら</span><strong style="font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;">「岐阜県の飛騨市です！」</strong><span style="font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;">「やっぱりあなたも飛騨市なんですね！！」みたいな。「今飛騨で何が起こっているのか？！」という特集が組まれるイメージ(笑)。考えただけでワクワクしますね！</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>みんなで一緒に冒険したい！</h2>
<p>日々嬉しいことも大変なこともありますが、従兄弟と遊んだ<strong>「冒険遊び」の延長線上</strong>にいる気がします。もちろん真剣に働いていますよ(笑)。でもそれぞれの得意な役割から同じ目的に向かって進む一体感があって、時間を忘れて没頭できる。現状があって、理想を描いて、見えてきた課題に対して自分のできることで周りに貢献していく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今までの「消防団」「祭り」「まちづくり」など様々な地域の活動や、「教育」「コーチング」「工夫すること」「冒険するように仲間と前に進むこと」といった<strong>点</strong>が、繋がって<strong>線</strong>になり<strong>、</strong>やがては<strong>面</strong>に変わろうとしています。仕事の形としては、教育でハード(モノ)を売ってきた仕事から、ソフトを提供するサービスに変化している感じです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1591" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta12.jpg" alt="" width="540" height="304" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta12.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta12-300x169.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/sekiguchiyuuta12-768x432.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今一番頭に浮かぶのは、嫁を始めとする家族、親友、仕事のパートナー、チャレンジしている仲間、地域の先輩や後輩、といった自分を支えてくれる人たちの顏です。たまに溢れてくる不安を乗り越えられているのは、周りの人たちの支えだと強く思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>地域と連携したキャリア教育事業は、より一層腹を据えて取り組みたいです。ここで得たノウハウや経験は、他の地域でも活かせる期待があり、その中で自分の好きや得意を活かして喜んでもらいたい。そんな仕事を創っている真っ最中です。その冒険の道中、様々な場所で美味しい食べ物とお酒を飲んで、仲間や地域の人たちと<strong>一体感</strong>を生みながら幸せに生きていけたらいいな。</p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>人の可能性を信じ、誠実に対話を重ねる関口さん。人と地域の可能性を引き出した先に、次世代へ繋がる新たな礎が築かれていきます。関口さんの<strong>冒険</strong>はまだ始まったばかりです。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p>関口祐太(せきぐちゆうた)<br />
<a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100002827693272">https://www.facebook.com/profile.php?id=100002827693272</a></p>
<p>岐阜県立吉城高等学校 公式Facebookページ<br />
<a href="https://www.facebook.com/yoshiki.highschool/">https://www.facebook.com/yoshiki.highschool/</a></p>
<p class="page-title-text">飛騨市の高校がチャレンジする教育革命！ 地域を担う高校生を育てる、〈YCKプロジェクト〉<a href="https://colocal.jp/topics/think-japan/local-action/20171228_108993.html" target="_blank" rel="noopener">https://colocal.jp/topics/think-japan/local-action/20171228_108993.html</a></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/10/24/sekiguchiyuuta/" target="_blank">みんなの「やりたい！」に、いつでも全力で伴走したい ー 関口祐太 (有限会社 関口教材店 取締役 / 吉城高校キャリア教育コーディネーター)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>あなたに、萌の存在を知ってほしい ー 勝田なお子 ( 高山病弱児を守る会「あかりんぐ」代表 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/10/17/katsutanaoko/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 Oct 2018 06:49:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[飛騨市]]></category>
		<category><![CDATA[50代]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[医療]]></category>
		<category><![CDATA[市民活動]]></category>
		<category><![CDATA[福祉]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://hida-st.com/?p=1354</guid>

					<description><![CDATA[<p>&#160; 飛騨三市一村の重度心身障がい児(者)の保護者で結成された、高山病弱児を守る会「あかりんぐ」の代表を務める 勝田なお子さん。重い障がいを持って生まれた萌ちゃんに寄り添いながら、日々率先して活動を続ける強い意志 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/10/17/katsutanaoko/" target="_blank">あなたに、萌の存在を知ってほしい ー 勝田なお子 ( 高山病弱児を守る会「あかりんぐ」代表 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1388" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko08-1024x548.jpg" alt="" width="541" height="290" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko08-1024x548.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko08-300x161.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko08-768x411.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko08.jpg 1568w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>飛騨三市一村の重度心身障がい児(者)の保護者で結成された、高山病弱児を守る会「あかりんぐ」の代表を務める 勝田なお子さん。重い障がいを持って生まれた萌ちゃんに寄り添いながら、日々率先して活動を続ける<strong>強い意志</strong>と願いとは？勝田さんの激動のストーリー、ぜひご覧ください。</p></blockquote>
<h2>長女として地道にコツコツ、頑張った幼少期。</h2>
<p>高山市山田町で、4人兄弟の長女として育ちました。ちょっと複雑な家庭環境だったので、目立たないように大人しくしながら、家事全般や下の子の育児にも積極的に協力していました。趣味にしているミシンも、小学生の頃から縫い物を任されていた影響です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2個下の妹が陸上でインターハイに出るくらい優秀で、正直コンプレックスがありましたね。そんな私が飛騨高山高校に進学して、バドミントンを始めたら東海大会まで行けたんです。部活の顧問が、練習への参加姿勢や、学業の成績を加味して大会メンバーを選ぶ方で、地味だけどコツコツ頑張ってきた日々が報われました。ようやく少し自信がついた瞬間です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>小さい子の面倒を見るのが好きだったので、保育士を目指して大垣女子短期大学の幼児教育学科に進学します。当時の勤労学生という制度を利用して<strong>働きながら短大に通い</strong>、保育士と幼稚園教諭の資格を取得しました。</p>
<p>両親からは高山に戻って来いと言われていたのですが、すごくお世話になった女子寮の寮母さんから「寮の世話役係をやってくれんか？」と頼まれて、そのまま大垣に残って働かせてもらいました。親にはど叱られましたけどね(笑)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ両親もそれなりに年齢を重ねていたので、23歳くらいの時に高山に戻ってきます。ですが、保育士の仕事が全然見つからなくて、病院の看護助手を経てようやく託児所の仕事に勤めました。その後は結婚を機に仕事を辞めて、飛騨市河合町へ移住します。人生の大きな大きな転機は<strong>4人目の子ども、萌の出産</strong>で訪れます。</p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1513" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/43548861_1900639536639495_4971476382296047616_n.jpg" alt="" width="493" height="297" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/43548861_1900639536639495_4971476382296047616_n.jpg 480w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/43548861_1900639536639495_4971476382296047616_n-300x181.jpg 300w" sizes="(max-width: 493px) 100vw, 493px" /></p>
<h2>4人目の萌の出産、消えない不安とモヤモヤ。</h2>
<p>萌の出産の際には立ちくらみや胎盤出血もあって、妊娠中から入院していたんです。ようやく産まれた時も「オギャー」と泣かなくて、一週間ほど目も開かない。ミルクを吸う力もなくて、一ヶ月経っても首が座らない。明らかに上の子達とは違っていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>毎週小児科を定期受診していましたが、「赤ちゃんの発達は人それぞれだからね」とずっと言われ続け、原因も症状も分からないからモヤモヤが消えません。この不安を誰に話していいのかも分からず、人に聞かれるのも辛いので、なるべく<span style="letter-spacing: 0.7px; font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">人に会わないよう</span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;">に過ごす日々・・。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>徐々に明らかになることも増えてきます。産まれてからずっと、オムツ替えが大変だったんです。萌は常に両足をクロスしていて、カエルみたいなM字にならない。たまたま違う小児科医が診たときに「この子、足が脱臼していない？」と指摘されて、整形外科にも行きました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>整形のお医者さんから脱臼の治療のため、肢体不自由幼児が集まる「岐阜県立希望が丘こども医療福祉センター」を紹介され、岐阜市での入院生活が始まりました。障がいの子が多く通っている施設で、問診票に気になることを全部書いたら、岐阜大学病院へ紹介状を書いてくださったんです。脱臼の治療の区切りがついた段階で、岐阜大に検査入院しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<h2>「萌ちゃんは付き合うてんかんだね！」衝撃の言葉。</h2>
<p>検査の結果、脳梁(左右の大脳半球をつなぐ交連線維の太い束)が異常に小さいと言われて、「てんかん(発作を繰り返す脳の病気)」の疑いも出てきたんです。おかしい動きは発作かもしれないと萌の様子をすごく観察していたら、30秒くらい震えるような動作があるんです。入院して精密に検査した結果、「点頭てんかん(ウエスト症候群)」と診断され、「難治性で予後が悪い」と言われて、<strong>もうどうなるんだろう・・</strong>と思い詰めました。リハビリ室に行く時も周りから見えないようにタオルで隠して、私も俯いたまま通う毎日です。とても前向きになんてなれなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>高山の病院に戻って療養しますが、萌の発作は止まらなくてだんだんひどくなってきたんです。親戚が静岡にあるてんかんの専門病院を探してきてくれたのですが、今の担当医との信頼関係に響いたら・・となかなか言い出せず。そうしたら先生側から「専門の病院へ行ってみない？」と紹介されて、決心できました。</p>
<p>萌が4月に産まれてからすでに一年弱、上の子たちは主人や義母に任せっぱなしです。子どもたちも不安でしたよね。家族会議で事実を伝えてみんなで泣きながら、私と萌は静岡にある「静岡てんかん・神経医療センター」へ入院しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ごはんはなるべく食堂で食べる決まりで、周りは萌より重度のお子さんも多かったのですが、お母さんたちは明るい方ばかりでした。だんだん喋れるようになってきた頃、あるお母さんから言われたんです。「<strong>萌ちゃんは付き合うてんかんだね。一生、発作はあると思う。</strong>薬を飲んだら発作は収まる、でもそれで萌ちゃんが寝たきりでごはんも食べれない状況なら、少し発作が残ってもQOL(生活の質)を上げることを考えたら？」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>衝撃の言葉ではあったのですが、治らないんだ！と逆に前向きになれました。<strong>じゃあ萌がより幸せに、毎日を過ごせるようにしよう</strong>。半年の入院で大きな発作はある程度収まり、高山へ戻ってリハビリに専念しながら、そのさじ加減を模索する日々が始まります。</p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1390" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko03-1024x580.jpg" alt="" width="538" height="305" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko03-1024x580.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko03-300x170.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko03-768x435.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko03-1920x1087.jpg 1920w" sizes="(max-width: 538px) 100vw, 538px" /></p>
<h2><strong>前例がなければつくればいい。地道な陳情が実を結ぶ。</strong></h2>
<p>静岡の病院で「<strong>療育</strong>(障がいをもつ子どもが社会的に自立することを目的として行われる医療と保育)」に出会いました。療育を受けたいことを飛騨市の福祉課にもお願いしたんです。そうしたら「萌ちゃんのケースは過去に前例がないからできない」と言われ・・、ダウン症の子たちの事例はあるので、何回も福祉課に足を運んではその度に断られました。</p>
<p>しかし福祉課のある方が<strong>「私も分からないけど、一緒にやりましょ。」</strong>と言ってくださり、静岡での事例を参考にしながら少しずつ萌も療育だったり、様々な公的福祉のサービスを受けれるようになりました。萌が前例となったことで、萌の3つ下にまた重い障害を持った子がいらっしゃったのですが、<span style="letter-spacing: 0.7px; font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;"><strong>スムーズに申請できた</strong>み</span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;">たいでよかったです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その頃、病院のリハビリにも通いながら、同じような肢体不自由児のお母さんたちと多く出会いました。お世話になった担当の療法士の異動を機に、みんなでランチ会をしたんです。これがすごく楽しかった。定期的に集まろうよと<strong>「ハイジとクララの会(通称ハイクラ)」</strong>という、今も続いている互助会が始まりました。LINEグループに40名くらいですかね、当事者のお母さんたちは<strong>みんなすごく我慢して生きている</strong>んです。気楽に喋れる場所の尊さを感じながら、率先して会を開く自分がいました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>萌も同世代の子たちといると、表情がないように見えてやっぱり違うんです。せっかく河合町で生まれたのだから、同級生の中にこんな子もいるんだよと知ってもらいたい。そんな想いから飛騨市で初めて、看護師さん同伴で保育園に入園もさせていただきました。全国各地いくらでも事例はあります。後々聞いた話ですが、役所の中でも賛否は分かれていたそうです。でも<strong>「萌ちゃんにも保育園に通う権利がある！」</strong>と強く主張してくれる方もいらっしゃったそうで・・、本当にありがたいですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして保育園に通わせていただき、小学校に上がるタイミングでまた悩みました。飛騨市には支援学校がなくて、古川小学校の隣に3年後くらいにできる予定だったんですね。この時ありがたかったのは<strong>「それまで古川小学校に行くのはどうや？」</strong>と役所の方に提案していただいたことです。市の教育委員会の方と一緒に先進事例の視察を重ねながら、支援学校ができるまでの3年間、古小の中の支援学級に通わせていただきました。そのおかげで萌の存在を子どもたちに知ってもらえて、「萌ちゃん！」と恐れずに今でも声をかけてもらえるのは幸せだなと感じます。</p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1387" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko06-1024x507.jpg" alt="" width="539" height="267" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko06-1024x507.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko06-300x149.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko06-768x380.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko06-1920x951.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「あかりんぐ」として、安心・安全、快適、理解される地域へ</h2>
<p>飛騨三市一村の重度心身障がい児(者)の保護者の集いである「高山病弱児を守る会」の代表を、3年ほど前から任されています。なんだか会の名前が堅苦しいですよね(笑)。そこで受け継いで2年目頃から新たな会の名前を考えて、今年度から<strong>「あかりんぐ」</strong>とみんなで決めました。</p>
<p><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;">子どもに病気や障がいがあっても、<strong>安心・安全(あ)、快適(か)、理解(り)</strong>される地域になって欲しい。そんな想いを込めて、行く先を照らす「あかり」と、みんなで輪になって助け合う、車椅子の車輪の「輪(りん)」、さらには繋がり進み続ける「ing」を加えました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>会員同士の交流の場である<strong>「和茶輪茶(わちゃわちゃ)会」</strong>を2ヶ月に一度開催しながら、年に一度クリスマス会を開いています。開催にあたって、ボランティアさんをお願いするかしないかで議論になったんです。反対派はやっぱり申し訳ない気持ちがあったみたい。でも一人では生きていけないんだから、そこで<strong>申し訳ないって思うのは違う気がする</strong>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Facebookで募ったら、10人くらいの方が自主的に参加してくださったんです。おかげさまで家族含めて、みんなが楽しめるクリスマス会になったのですが、ボランティアさんから最後に「ありがとう。」と言われました。感謝の念は尽きませんが、もっと<strong>頼ってもいいんだな</strong>と思えた瞬間の一つです。</p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1386" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko05.jpg" alt="" width="539" height="315" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko05.jpg 720w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko05-300x175.jpg 300w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昨年のクリスマス会では着付け師の<a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100011155669117" target="_blank" rel="noopener">津田亜樹</a>さんから企画提案をいただき、<strong>肢体不自由児用の着物着付け体験</strong>をさせていただきました。その後、今年に入り浴衣のファッションショーの話がありましたが、体調が悪かったら出られません。そこで着付けをした写真を、プロのカメラマンである<a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100004280683606" target="_blank" rel="noopener">今村龍二</a>さんに撮影していただき、今年は各地で写真展を開催しています。多くの方から<strong>「勇気付けられる」</strong>とメッセージをいただく度に、この子たちの姿が誰かを元気付けている、そんなエネルギーを持っているんだなと感じています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1476" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko10-1024x560.jpg" alt="" width="540" height="295" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko10-1024x560.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko10-300x164.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko10-768x420.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko10-1920x1049.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>感情論や愚痴で終わらない。多目的トイレの調査。</h2>
<p>差別的な言動に出くわすことも多々あります。でも分からないから、知らないからなのかなと思い、まずは私たちが積極的に外出する姿勢を大事にしています。知ってもらった方が生きやすいですからね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>どんどん外出を重ねてみて分かったのですが、道中の段差は周囲の助けでなんとかなるんです。しかし、オムツを変える場所の少なさは大きな課題でした。多目的トイレに入っても、萌は身長が140センチあるので、ベビーベッドじゃオムツを替えられません。</p>
<p>あかりんぐの会長になってから、飛騨市長と面会したんです。その際に「飛騨市としては年に一箇所ずつ改修していきます。<strong>飛騨市が変われば、高山市も変わる</strong>からね。」と飛騨市長自ら仰ってくださいました。本当に嬉しかったですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちとしてもできることがしたいと、飛騨地域の多目的トイレの調査活動を始めました。もう一つ大きなきっかけとなったのは、観光で高山に訪れた車椅子の友人です。古い町並みを観光している際にオムツが濡れて替えようとしたけど、近くに大きなベッドがついたトイレがなくて、古い町並みから高山駅まで戻ったそうなんです・・。その話を聞いたときに、<strong>誰にでも優しい観光地になってほしい</strong>と心から願いました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして調査して制作したバリアフリートイレのマップを、<a href="https://hidamommy.com/" target="_blank" rel="noopener">Hidamommy</a>さんのサイトにも<a href="https://hidamommy.com/%E3%81%8A%E5%BA%97%E6%83%85%E5%A0%B1/%E7%A6%8F%E7%A5%89/%E3%80%90%E3%81%82%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%82%93%E3%81%90%E3%80%91%EF%BD%9E%E9%AB%98%E5%B1%B1%E7%97%85%E5%BC%B1%E5%85%90%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8B%E4%BC%9A%EF%BD%9E/" target="_blank" rel="noopener">掲載</a>していただきました。代表の<a href="https://www.facebook.com/makiko.uehara.73" target="_blank" rel="noopener">周真希子</a>さんから「お母さんの腰の高さに合わせて設置してあるけれど、大概の赤ちゃんは生後半年も経つと急に動くから、落ちたら危険な高さは怖い。」と教えてもらったんです。決して、自分たちだけの問題ではなかったんですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1384" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko02-1024x546.jpg" alt="" width="538" height="287" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko02-1024x546.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko02-300x160.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko02-768x410.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko02.jpg 1421w" sizes="(max-width: 538px) 100vw, 538px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>物理的に変えるところ、人の気持ちや意識を変えるところ、どちらも大事ですが物理的な変化にはお金がかかります。みんなの税金を使うんだから、<strong>感情論や愚痴で終わっちゃダメ</strong>ですよね。「自分の子」だけじゃなくて「私たち」や「こんな人たちも」と、具体的かつ大きな主語で伝える必要があります。そのために会としてちゃんと現状を調べて、本当に困っている人たちの声に気づいてもらう。現状の調査結果と様々な当事者の声をお伝えしたら、<strong>高山市の対応は早かった</strong>ですよ。団体としての存在価値でもありますし、分かってもらえた喜びも大きかったです。</p>
<h2>安心して生きて、活きていくために。私の使命。</h2>
<p>飛騨の好きな場所は、国府にあるカフェの<a href="https://lacerise.hida-ch.com/" target="_blank" rel="noopener">ラスリーズ</a>さんです。玄関に段差があるのですが、必ずスタッフさんや時にはお客さんが乗り越えるために手伝ってくれるんです。物理的な段差はあるけれども、<strong>本質的なバリアフリーのお店</strong>です。段差がなくなると困る場合もあるから、なくすように求めることだけが正解じゃないんですよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1493" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko09.jpg" alt="" width="542" height="255" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko09.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko09-300x141.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko09-768x362.jpg 768w" sizes="(max-width: 542px) 100vw, 542px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば萌とコンサートに行くと、どうしても遠慮しがちな目立たない位置の席に誘導されます。無意識のうちに綺麗に仕上げようとしているのかな。そうした<strong>無自覚の枠組みや排除</strong>がきっとありますよね。ただ先ほど話したように、<strong>こうするべきという正解はない</strong>と思います。偏見を抱いて誰かを傷つけたりしても、優しさにたどり着く過程かもしれないですし。でもね、ご高齢の方からは「可哀想だね」って言われることが多いのですが、その度に「可哀想と思う、あなたの方が可哀想だな」って思っちゃいます(笑)。<strong>私は萌が可愛くて幸せで、萌も幸せだと確信している</strong>から。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>当然ですが、いつまでも私と萌がセットではいられません。いろんな方の応援やサポートを得ながら、私がいなくても生きていける子になってほしい。同時に私も、<strong>自分の人生を愉しんで、活きていきたい</strong>。萌が初めて2泊3日のショートステイを利用した時、22歳のもう一人の娘から「高校生の頃に、お母さんと二人でお買い物に行きたかった。」と言われたんです。萌だけのお母さんではない。分かってはいるけど、そのバランスはなかなか難しくて・・。でもそう言ってくれたのは、娘の勇気であり成長であるから嬉しいですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>生きるってなんだろうね。ただ間違いなく私自身は、萌の存在で価値観が大きく変わりました。車椅子の子たちだけじゃなくて、高齢者の方や精神的な病気の方、それぞれ与えられた使命があるのかな。障がいや病気を隠したい人もいます。当時の私も俯いて、人を避けていました。だけどある方から「<strong>あんたには発信する役目がある。</strong>あんたが言わなきゃ変わらないから、嫌われてでも発信するべきや。私はずっと味方だから。」そう強く言われたんです。生意気かもしれないけれど、私たちの活動や発信で、後に続く子が少しでも楽に幸せに生きられたら嬉しいです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1479" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko01-1024x601.jpg" alt="" width="540" height="317" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko01-1024x601.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko01-300x176.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko01-768x451.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko01.jpg 1568w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>力強く、でも優しく</strong>。自身の使命を語ってくださった勝田さん。</p>
<p>勇気を出して表に立ち続ける勝田さんの願いが、<strong>「安心して生きて、活きていくために」</strong>、未来の飛騨地域に道を創り続けています。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p><strong>勝田なお子(かつたなおこ)</strong><br />
<a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006156436622" target="_blank" rel="noopener">https://www.facebook.com/profile.php?id=100006156436622</a></p>
<p>TEL：090-1474-8911（かつた）<br />
お気軽にお問い合わせください。</p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/10/17/katsutanaoko/" target="_blank">あなたに、萌の存在を知ってほしい ー 勝田なお子 ( 高山病弱児を守る会「あかりんぐ」代表 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>尊い命が、共存し合う飛騨へ ー 長田直子 ( 助産院なお 代表 / 助産師 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/10/10/nagatanaoko/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 09 Oct 2018 15:01:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[飛騨市]]></category>
		<category><![CDATA[40代]]></category>
		<category><![CDATA[助産師]]></category>
		<category><![CDATA[医療]]></category>
		<category><![CDATA[子育て]]></category>
		<category><![CDATA[斐太高校]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
		<category><![CDATA[起業家]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://hida-st.com/?p=1176</guid>

					<description><![CDATA[<p>高山市国府町で「助産院なお」を開業し、命の誕生の場に立ち会い続ける助産師の長田直子(ながたなおこ)さん。しかし看護学生だった当時は、お産の映像にびっくりして過呼吸を起こしたことも・・。そんな長田さんが語る、神秘に満ちた生 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/10/10/nagatanaoko/" target="_blank">尊い命が、共存し合う飛騨へ ー 長田直子 ( 助産院なお 代表 / 助産師 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="wp-image-1309 aligncenter" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko08.jpg" alt="" width="540" height="358" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko08.jpg 600w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko08-300x199.jpg 300w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote><p>高山市国府町で「助産院なお」を開業し、命の誕生の場に立ち会い続ける助産師の長田直子(ながたなおこ)さん。しかし看護学生だった当時は、お産の映像にびっくりして<strong>過呼吸</strong>を起こしたことも・・。そんな長田さんが語る、<strong>神秘に満ちた生命と人生</strong>。助産師の仕事の流儀、必見です。</p></blockquote>
<h2>「この子を助産師にしよう！」分娩台の母の直感。</h2>
<p>高山市国府町で生まれました。実家が個人商店を経営していて、駄菓子や日用品、お惣菜などを売っていました。当時の年末年始はどこのお店もお休みで、各家庭は食材を買いだめしていたんです。小学校一年生の私はスキーウェアを着て、<strong>ソリにお豆腐を何丁も詰めて一人で訪問販売</strong>。「なおちゃん行くと売れるでいいぞー！」なんて両親に背中を押されて、でも楽しかったなあ。いろいろ挑戦させてくれたおかげで、おもしろく育っちゃいました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>「10年はやれ、じゃなきゃ好きも嫌いも分からん」</strong>が親のモットーで、いろんな習い事を長くさせてもらいましたが、私にヒットしたのは吹奏楽でした。当時の斐太高校の吹奏楽部に憧れて、どうしても斐高に入りたくて、一生懸命勉強して進学しました。この頃は<strong>「将来は音楽の先生になりたい！」</strong>と考えていたくらい。吹奏楽は今でも続けている一生の趣味です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1317" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko11.jpg" alt="" width="541" height="271" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko11.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko11-300x150.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko11-768x384.jpg 768w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし卒業後は、<strong>高山赤十字病院看護専門学校に進学</strong>します。実は母の血液型がRh-で珍しく、出産のリスクを考慮して私一人しか産まなかったんです。そうして私が産まれた瞬間の感動から、分娩台の上で<strong>「この子を助産師にしよう！」</strong>と直感的に決めたらしい。でもそんな理由で「なおちゃんは助産師になるとよいと思う。」と言われても困りますよね(笑)。「なんで急に？」と衝突しながらも、従順だったのかその道へと進みます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>専門学校は全寮制で、先輩と一緒の4人部屋。二段ベッドの上で気を遣って静かに眠り、日中は採血の練習で先輩に血を抜かれる毎日。なんてところに来てしまったんだ・・(笑)。そんな思いもナースの白衣姿への憧れはやはり強く、日々頑張って楽しく学んでいました。</p>
<h2>お産に恐怖を覚えた私が、なぜか助産師の道へ</h2>
<p>今では助産師として働いていますが、当時の授業でお産の映像を観た時、私は<strong>びっくりして過呼吸</strong>を起こしました。母体から赤ちゃんが出てくるのが生理的に受け付けなかったんです・・。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>先生に泣きながら「実習に怖くて行けません」と伝えたら「<strong>あなたはすごく良い感性を持っているから、否定しなくてそのままでいいよ」</strong>と言われたのを覚えています。なんとか実習には参加したけれど、やっぱりお産は怖い。トイレに篭って、逃げ隠れる時間もありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私がちょうど3年生の時に制度変更があり、助産師学校に進学できるようになったんです。「受けてみない？」となぜか先生が私に勧めてきまして、当然お産は怖いので即断りました。しかし「受けるだけ受けてみなさい」と強く推されて仕方なく受験します。面接では<strong>「私はお産が怖いので落ちると思います！」</strong>なんて正直に言ったのに、なぜか合格して岐阜県立衛生専門学校の助産学科に進学しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>岐阜で初めての一人暮らし。入学してしまったらもう逃げられません。人生で一番ハードな一年間でしたが、必死になると慣れるもんですね。陣痛が来た妊婦さんに朝までずっと付き添った実習も、今となっては良い思い出です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>いっぱい勉強して、遊んで、恋をして・・結果、自分がだいぶ洗濯されて図太くなりましたね(笑)。そうして無事に卒業し、高山赤十字病院(日赤)で助産師として働き始めます。「お産に感動して助産師になったんですか？」とよく聞かれますが、<strong>全くそうじゃない</strong>からこそ<strong>人生っておもしろい</strong>ですよね。</p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1319" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko09-1024x557.jpg" alt="" width="541" height="294" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko09-1024x557.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko09-300x163.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko09-768x418.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko09-1920x1044.jpg 1920w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<h2>命が輝く瞬間へ、委ねる。</h2>
<p>目の前の妊婦さんと赤ちゃん、二つの尊い命を預かるのに怖いなんて言ってられません。同時に矛盾するようですが、<strong>今でもお産は緊張します</strong>。その緊張感がないとこの仕事はできない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>「お産中は五感でとにかく感じろ！」</strong>そう先生にも先輩にも教わってきました。妊婦さんと赤ちゃんが最大限に力を発揮できるように、余計なことはしません。必要であれば背中を押し、走り過ぎていたら抑える。表情・息遣い・空気感、とにかく全てを観察して感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして全身全霊無我夢中で支えていると、言葉を交わしていないのに赤ちゃんと<strong>通じ合う瞬間</strong>があるんですよね。もちろん知識や技術は備えた上で、でも普段の自分以上の力が発揮されるような。綺麗な言い方をすると<strong>命が輝く</strong>。<strong>生まれる命と自分の命が融合する</strong>ような感覚なんです。恐怖を超えて、神秘的です。振り返るとあんまり覚えていないのですが(笑)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1318" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko10.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko10.jpg 720w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko10-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>全てのお産に学びや気づき、感動があります。3日間かけて産んだ人もいたなあ。私自身も長男の出産は26時間くらいかかりました。上手く言えないけど、<strong>それぞれ必要な長さ</strong>なんだと思う。お産を終えた時に「<strong>私、生まれ変わりました。今日は私の新たな誕生日でもあります」</strong>そう言ったお母さんもいました。情報や感情や痛み、複雑に絡まったものが自然に解けていくのでしょうね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>頭で考えた通りにはならないから、<strong>心や直感を信じて委ねる</strong>。お産も子育てもそうなんだろうな。それを直接感じ、魂で学ばせてもらっています。</p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1336" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko15-1024x582.jpg" alt="" width="539" height="306" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko15-1024x582.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko15-300x170.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko15-768x436.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko15-1920x1090.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<h2>長田直子として生き始める、きっかけの言葉。</h2>
<p>21年間日赤に勤めたのですが一度、20代の終わりに<strong>大きな病気</strong>を患ったんです。仕事を3ヶ月以上病欠していて、これを機に<strong>仕事を辞めようか悩んでいました</strong>。ある日通院の帰りに薬局へ寄った時、そこで働いていた女性が声をかけてくれたんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>どうやら日赤でお産をした方で、産後お乳を上手くやれなくて悩んでいた際に、私がアドバイスしたらしいんです。その方に去り際にいただいた言葉が衝撃でした。「長田さんにとってはたくさんの産婦の一人かもしれんけど、<strong>私にとっては忘れられない助産師さん。</strong>これからも仕事を続けてください」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自分はこんなにたくさん<strong>受け取って、生かされていた</strong>んだ。それまでは一方的に、教えてあげている感覚が強かった私にとって、大きな大きな気づきでした。そこから一人の「長田直子」として、生きるってなんだろう？できることはなんだろう？模索し始めました。私が<strong>生まれ変わった瞬間</strong>の一つです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とはいえ病院での勤務は忙しく、休日のボランティアなら怒られないだろうと思い立ち、学校や保健施設などで助産師の仕事についてお話しする<strong>「命の講座」</strong>活動を始めました。高山赤十字病院の一助産師ではなく、長田直子として動き始めた大きな一歩でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1307" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko05-1024x712.jpg" alt="" width="540" height="375" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko05-1024x712.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko05-300x208.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko05-768x534.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko05.jpg 1278w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<h2>トントン拍子で開業した「助産院なお」</h2>
<p>今の事業の相方であり、看護学校の同級生だった<a href="https://www.facebook.com/miho.nakatani.564" target="_blank" rel="noopener">中谷美穂</a>さんが、先に助産院を開業しているんです。</p>
<p>ある日職場で上手くいかないことがあり、中谷さんへ電話したら<strong>「腹をさっさと決めて動かんとな、だんだんと気づかせることが大きくなるんやよ」</strong>と言われました。なるほど、次のステージへ進めということかと独立を考え始め、とはいえ親をどう説得するか悩み始めたところ、「自分の好きにやったらいいじゃん」とあっさりGOサインが出まして、あれよあれよという間に助産院の開業へと進みます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>助産院の開業にあたっては病院と提携契約の必要があり、その許可を得るのも難しいのですが、人事異動のタイミングも重なってトントン拍子で決まったんですよね。そうした不思議な流れに助けられ、2016年10月、国府町宇津江に<strong>「助産院なお」を開業</strong>しました。自宅出産のお手伝いが特徴ですが、実際は産後のお母さんの授乳や育児に関するご相談、ノウハウを学びに来られる方が多いです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1346" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko16-1024x581.jpg" alt="" width="540" height="306" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko16-1024x581.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko16-300x170.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko16-768x435.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko16.jpg 1076w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実は助産師学校に入学した当初に「いつかたくさんの人が集まってホッとできる、<strong>お家みたいな助産院</strong>を開くのが夢です」と公言していたらしく、夢が叶ったねと同級生から祝われました。私は覚えていないのですが(笑)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あの頃の私の想いと同じで、「助産院」という枠やイメージには囚われたくありません。どんな世代の人でも集えて、<strong>みんなに役割と居場所がある拠点</strong>を作っていきたいです。</p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1337" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko13-1024x541.jpg" alt="" width="536" height="283" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko13-1024x541.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko13-300x159.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko13-768x406.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko13.jpg 1262w" sizes="(max-width: 536px) 100vw, 536px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そういえば独立後に「看護学校の非常勤講師をやりませんか？」とお誘いをいただいたんです。音楽ではありませんが、<strong>高校生の頃の夢だった学校の先生</strong>も経験できました。本当に人生は不思議です。</p>
<h2>「のくとまりマーケット」が「mamameparty」へ</h2>
<p>私は物作りが得意じゃないけれど、マルシェに出店することは憧れの一つでした。古川町にある雑貨・花を取り扱う「<a href="https://itabasi.hida-ch.com/" target="_blank" rel="noopener">いたばし生花</a>」さんでそんな話をしていたら、たまたま商品を卸しに来ていた作家さんとも大盛り上がり。向かいの<a href="https://www.hida-kankou.jp/spot/3827/" target="_blank" rel="noopener">円光寺</a>さんにその勢いで行ったら「ちょうどお寺に人が集まるイベントをやりたいと思っていた」と巡り合わせ・・じゃあやっちまうか！と「のくとまりマーケット」が始まります。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1300" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko01-1024x579.jpg" alt="" width="539" height="305" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko01-1024x579.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko01-300x169.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko01-768x434.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko01-1920x1085.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>円光寺さんの境内をお借りして、不定期で開催しています。ハンドメイド雑貨が中心のフリーマーケットですが、助産院と同じくホッとできる、心がのくとまる雰囲気づくりを大事にしています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>学生時代に自転車で古川の塾に通っていて、<strong>当時の賑わっていた街中</strong>をよく覚えていました。結婚してから古川に住むようになりましたが、昔と比べたら寂しい人通り。活性化とまではいかないけれど、もっと人が集まれるように。そんな<strong>古川の町への思い入れ</strong>もありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1299" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko02-1024x540.jpg" alt="" width="540" height="285" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko02-1024x540.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko02-300x158.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko02-768x405.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko02.jpg 1536w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>企画・準備に奔走しますが、ほぼボランティアの活動です。独立してからはなかなか続けられないから、違う形にしようかなと考えていた時に「<a href="https://hidamommy.com/" target="_blank" rel="noopener">Hidamommy</a>」の二人に出会ってしまいました。代表の<a href="https://www.facebook.com/makiko.uehara.73" target="_blank" rel="noopener">周真紀子</a>ちゃんとは、初めて出会ったその場で意気投合。副代表の<a href="https://hida-st.com/2018/09/12/nakanomasako/" target="_blank" rel="noopener">中野雅子</a>ちゃんは一年前、のくとまりマーケット当日のなぜか撤収後に遊びに来てくれたんです。出店者さんみんな帰っちゃったから、とりあえず私が買ったパンをあげたご縁です(笑)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1305" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko07-1024x554.jpg" alt="" width="540" height="292" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko07-1024x554.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko07-300x162.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko07-768x415.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko07-1920x1038.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして「のくとまりマーケット」を一つの母体に、Hidamommyの二人と<a href="https://hidawarabe.org/" target="_blank" rel="noopener">NPO法人飛騨高山わらべうたの会</a>代表の<a href="https://hida-st.com/2018/07/04/iwatsukakumiko/" target="_blank" rel="noopener">岩塚久案子</a>さんの4人で「<a href="https://www.facebook.com/events/237100790302047/">mamameparty</a>」を10月13日に開催します。</p>
<p><strong>飛騨地方最大級の子育てママ応援イベント</strong>です。もちろんお子さんも主役として、楽しめる仕掛けやコンテンツを準備しています。今回は飛騨市での開催ですが、高山市・下呂市・白川村と、飛騨地方をどんどん巻き込むためにも、ママたちの本気を見せたいと思います！どうぞお気軽にお越しくださいね。</p>
<h2>競争じゃなくて、共存がいい。</h2>
<p>古川と国府の境、線路と堤防の川向かいの農免道路から見える景色が大好きです。すごく空が広く感じて、天気が良いと御嶽を望める。不安や迷いがある時は朝に行くんです。靄の中に朝日が射して、稲の匂いが浮かぶ。<strong>大丈夫やさ</strong>って包んでくれるような、私のパワースポット。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1341" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko04-1.jpg" alt="" width="539" height="355" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko04-1.jpg 780w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko04-1-300x198.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko04-1-768x506.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>助産師仲間と描いた、理想の村構想があるんです。その村では自分が得意なことが各々の生業で、物や畑などの財産は、誰の所有でもなく<strong>みんなで共有</strong>するもの。村の中心に産屋があって、赤ちゃんが生まれたらみんなで喜ぶ。空から生まれて土に還っていくような、生も死も自然な形。そんな<strong>自給自足で循環型のコミュニティ</strong>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>何が言いたいかって、<strong>競争じゃなくて共存がいい</strong>。医療でもまちづくりでも、保身・エゴ・プライドから対立したり蹴落とし合ったり・・<strong>目指しているところは一緒</strong>なのにね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>きっと次の時代は違う。今の子どもたちと関わる中で感じますが、競争心が少なく、互いに認め合うような優しい価値観ですよね。でも私たち40代以上はガチガチの昭和(笑)。競争社会を生き抜き、勝ち抜いてきた気合いと根性みたいな。そんな<strong>大人の意識や思い込み</strong>を変える方が深刻ですね。<strong>子育て支援よりも親育て支援</strong>なんだろうな。親が自己否定感が強くて満たされていないと、子どもに求めて依存しちゃうよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>独立して助産院を始めたことも、「mamameparty」の開催もいつかのための練習なのかな。長田直子として生き始めてから、<strong>「こりゃまんだまんだ、だちかんな～」</strong>って、自分を客観的に感じられる瞬間が増えました(笑)。まあまだ45歳だから仕方ない。試されながら、手放しながら、生きているうちに叶えたいですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1340" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko03-1024x770.jpg" alt="" width="540" height="406" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko03-1024x770.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko03-300x226.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko03-768x578.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/nagatanaoko03.jpg 1518w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>幾たびも尊い命の誕生に立ち会い、過去から未来へと<strong>命の連鎖</strong>を紡いできた長田さん。慈愛に満ちた長田さんだからこそ、みんなが<strong>心の底からのくとまる、共存し合う飛騨</strong>を力強く描いていきます。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p>長田直子(ながたなおこ)<br />
<a href="https://www.facebook.com/naoko.nagata.775">https://www.facebook.com/naoko.nagata.775</a></p>
<p><strong>助産院なお</strong><br />
住所：高山市国府町宇津江2243<wbr />番地14<br />
営業時間：9時〜16時(土日祝日定休・完全予約制)<br />
TEL：090-3307-0826 (ショートメール可)<br />
LINEID：「josaninnao」</p>
<p>助産院なお　公式ホームページ<br />
<a href="https://josaninnao.com" target="_blank" rel="noopener">https://josaninnao.com</a></p>
<p>助産院なお　公式Facebookページ<br />
<a href="https://www.facebook.com/josaninnnao/">https://www.facebook.com/josaninnnao/</a></p>
<p>助産院なお　公式ひだっちブログ<br />
<a href="https://josaninnao.hida-ch.com/">https://josaninnao.hida-ch.com/</a></p>
<p>「mamameparty」<br />
10月13日(土) 9:30〜16:00@飛騨市文化村<br />
<a href="https://www.facebook.com/events/237100790302047/">https://www.facebook.com/events/237100790302047/</a></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/10/10/nagatanaoko/" target="_blank">尊い命が、共存し合う飛騨へ ー 長田直子 ( 助産院なお 代表 / 助産師 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>挫折し続けた半生、30歳で初めて決めた覚悟 ー 盤所杏子 ( 個人事業主myu-kikaku代表 / 吉城高校キャリア教育コーディネーター)</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/10/03/banjokyoko/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 02 Oct 2018 15:02:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[飛騨市]]></category>
		<category><![CDATA[30代]]></category>
		<category><![CDATA[子育て]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[木育]]></category>
		<category><![CDATA[移住者]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
		<category><![CDATA[起業家]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://hida-st.com/?p=1181</guid>

					<description><![CDATA[<p>&#160; myu-kikaku代表として飛騨の木を使った製品開発「ひだ木フト」を企画・運営する傍ら、吉城高校でキャリア教育コーディネーターを務める盤所杏子(ばんじょきょうこ)さん。国立大学を卒業して大手企業に務めるな [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/10/03/banjokyoko/" target="_blank">挫折し続けた半生、30歳で初めて決めた覚悟 ー 盤所杏子 ( 個人事業主myu-kikaku代表 / 吉城高校キャリア教育コーディネーター)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1232" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan12.jpg" alt="" width="539" height="274" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan12.jpg 964w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan12-300x152.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan12-768x390.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>myu-kikaku代表</strong>として飛騨の木を使った製品開発<a href="https://hidagift.com/" target="_blank" rel="noopener">「ひだ木フト」</a>を企画・運営する傍ら、吉城高校で<strong>キャリア教育コーディネーター</strong>を務める<strong>盤所杏子(ばんじょきょうこ)</strong>さん。国立大学を卒業して大手企業に務めるなど一見、輝かしいキャリアを歩んできたイメージとは裏腹にその半生は<strong>挫折の連続、暗黒期</strong>でした。</p>
<p>初めて明かす盤所さんの等身大のストーリー、暗闇でもがき続けた半生をご覧ください。</p></blockquote>
<h2>主役から一転、挫折と暗黒の大学生活</h2>
<p class="p1"><span class="s1">千葉県船橋市で生まれました。</span><span class="s1">小学校3年生の時、一つ上の兄の喘息療養がきっかけで母と3人で北海道に短期移住します。</span><span class="s1">父は教員で千葉に残ったのですが、何度も往復している間に北海道を気に入り、教員採用試験を40歳で受け直して移住しました。旭川市に家を建てたのですが、父は単身赴任で帯広・釧路・札幌と</span><span class="s1">転々としていましたので4人で生活した時間の方が短いかもしれないですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>小さい頃は男子とばかり遊んでいました。ピアノにバレエ、リトミックなども習わされましたが、私自身は根っからの<strong>超体育会系</strong>だったみたい・・(笑)。男子に一人混じって野球部に入ったり、スピードスケート、ラグビー、乗馬、最終的に陸上へ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">高校一年生の時から、恩師の母校でもあった筑波大学体育専門学群に進学しようと考えていました。</span><span class="s1">高校生活では陸上にひたすら打ち込み、七種競技と4×400ｍリレーで<strong>インターハイ出場</strong>も経験する充実した日々。</span><span class="s1">そうして無事に進学した筑波大学で、想像していなかった変化が起こります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>茨城県に引っ越して初めての一人暮らし。それまで実家の門限や食事制限が厳しかった反動から、入学してから半年で<strong>15キロ太りました</strong>。でもそれ以上に、<span class="s1"><strong>桁違いの才能</strong>を持つ仲間たちと出会ったことに</span><span class="s1">、頭では分かっていたものの予想以上の<strong>ショック</strong>がありましたね。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1"><br />
太ったことが原因でヘルニアを発症してしまい、陸上が続けられなくなりました。主務(選手兼任マネージャー)として、<strong>選手を支える裏方業務</strong>へ。裏方が嫌だったわけではありませんが、それまではある程度スポーツも勉強もできる、どちらかといえば主役側だった私は、競技で輝くみんなの輪から自然と自分で距離を取るようになっていきました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1188" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan06-1024x509.jpg" alt="" width="541" height="269" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan06-1024x509.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan06-300x149.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan06-768x382.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan06-1920x954.jpg 1920w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p class="p1"><span class="s1"><br />
それでも徐々に主務としての信頼を仲間たちから得ることができて、大学時代の友人は今でも<strong>一番心を許せる存在</strong>です。また主務を務める中で、全日本駅伝・インカレなどの大きな企画に携わった経験、そこで感じた魅力が私の仕事に繋がっていきます。</span></p>
<h2>摂食障害を引きずり続けた会社員時代</h2>
<p class="p1"><span class="s1">就活の結果、幅広いサービスを提供する<strong>「楽天」</strong>の理念に惹かれて入社します<strong>。</strong>新人研修はとにかく必死に頑張り、希望していた広告営業部に配属が決まりました。大企業や</span><span class="s1">代理店を先輩と回らせていただき、毎日刺激的でしたが、正式に配属されて2ヶ月が経った夏頃には<strong>体を壊して休職</strong>します。結局、職場には戻れずに入社11ヶ月で楽天を辞めました。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1"><br />
実は大学2年生の時、無理なダイエットから<strong>摂食障害</strong>を患っていたんです。</span><span class="s1">私は摂食障害の中でも、ストレスから食事を極端に大量に食べてしまう<strong>過食症</strong>で、過食した後は罪悪感から無理やりトイレで嘔吐したり、下剤をいっぱい飲んだり・・。</span><span class="s1">社会人になり環境が変わったら治るかなと思ったのですが、調子が悪くなると再発。ひどい時には一日4回吐いていた時期もありました。摂食障害に加えてオーバードラッグ(大量服薬)も併発し、心も身体もボロボロにしていました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">運良く筑波大学の事務として雇ってもらい、療養しながら馴染みあるつくば</span><span class="s1">で少しずつ調子を取り戻しました。</span><span class="s1">その後、リクルートのつくば支社で営業アシスタントのアルバイトを</span><span class="s1">始めたら、偶然にも<strong>「札幌に帰りたいなら枠が空いているよ」</strong>と役員の方に紹介いただき、北海道に帰って人材系会社のリクルートジョブズに入社します。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">営業メンバーとチームを組み、お客様の求人広告の原稿を作成したり、採用までのお手伝いをする仕事に携わりました。とても好きな仕事でチーム賞を取ったりとやりがいもあり、4年ほど務めたのですがまた<strong>体調を崩して休職</strong>します。暗闇に舞い戻って塞ぎ込んだ私を救ってくれたのは、大学時代からお付き合いしていた今の主人でした。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1246" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan13-1.jpg" alt="" width="540" height="327" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan13-1.jpg 892w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan13-1-300x182.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan13-1-768x466.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">主人は体調を崩した私に、大学時代からずっと近くで寄り添ってくれました。大体の人はここまでめんどくさいやつなんて、引くか逃げると思うんです(笑)。でも主人はどんな時でもドンと構えている人。<strong>「一緒に生活していくならこの人しかいない」</strong>と結婚を決意し、</span>主人の地元である<strong>飛騨市河合町へ移住</strong>しました<span class="s1">。それが3年前、27歳の時です。</span></p>
<h2>飛騨市河合町で、入院から起業の道へ</h2>
<p class="p1"><span class="s1">移住してみたら河合町は想像以上の田舎でした(笑)。4世代7人同居、</span><span class="s1">隣近所みんな知り合いなんてありえない！と最初は思いながら、まずはこの土地を知ろうと親戚の紹介で</span>、飛騨市の観光協会が運営する<a href="https://www.hida-kankou.jp/spot/21/article/" target="_blank" rel="noopener"><strong>「飛騨の匠文化館」</strong></a><span class="s1">で働き始めます。飛騨の匠の技術を学ぶ中で大工さんとの繋がりができ、木育イベントなどにも携わるようになりました。そうして飛騨に移住して1年を過ぎるころ、息子を授かります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1233" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan11.jpg" alt="" width="541" height="386" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan11.jpg 720w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan11-300x214.jpg 300w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p><span class="s1"><br />
子どもを産んでしばらくした頃、もともと活動的な私は子育てをしながら、木育イベントや地元の野草茶グループのお手伝い、他にもいろんなことにアンテナを張って参加していました。もちろん子どもは可愛くかけがえのない存在。ですが<strong>社会との接点</strong>が欲しく、取り残されていくような気がして焦っていたんでしょうね。やがて、<strong>「私は飛騨に嫁ぎ、家族を犠牲にしてまで何をしているんだろう・・。」</strong>と虚しくなり、とうとう倒れて入院してしまったんです。いい加減懲りろって感じですよね(笑)。<br />
</span></p>
<p class="p1"><span class="s1"> </span></p>
<p>一週間入院した時に落ち着いて、自分の本当に<strong>やりたいこと</strong>は何か？飛騨で<strong>家族も自分も幸せにできること</strong>は何か？今後のことを真剣に考えました。その結果、それまではまったく考えていなかった<strong>「起業」</strong>という選択肢に辿り着きます。今まで周りの評価や基準で生きてきた私が、<strong>始めて自分で決めたこと</strong>。不思議と自分で決めたことだと覚悟が決まりましたね。</p>
<h2>「ひだ木フト」で本物を多くの人へ届ける。</h2>
<p>そうして個人事業主として<strong>「myu-kikaku」</strong>を立ち上げて、今は<a href="https://hidagift.com/" target="_blank" rel="noopener"><strong>「ひだ木フト」</strong></a>の企画・運営をメインに仕事をしています。<span class="s1">きっかけは木育に携わる中で、市役所の方から「飛騨市の広葉樹」の有効利用に関して相談されたことでした。「ひだ木フト」では<strong>飛騨市の広葉樹(小径木)</strong>を活用し、新しい付加価値や可能性を創り出すことを目指しています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1201" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan09-1024x585.jpg" alt="" width="539" height="308" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan09-1024x585.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan09-300x171.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan09-768x439.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan09-1920x1097.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p class="p1"><span class="s1"><br />
同様のミッションを担い、先進的な取り組みをしている企業・団体はいくつかあります。その中で</span><span class="s1">私が大事にしたいことは、地元の作家さんの<strong>作品に込める想い</strong>や、衰退し始めている<strong>飛騨の匠の技術</strong>といった<strong>「本物」</strong>が持っている力を発信することです。既存の欠けている部分があるとしたら、</span><span class="s1">見せ下手であり売り下手なところ。飛騨の人の良いところでもあるけれど、よそ者の私だから無遠慮に取り組めることだと思っています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私はもともと<strong>田舎や自然よりも、都会の喧騒・ネオンの方が好き</strong>なんですよね(笑)。「じゃあなんでこの仕事をしているの？」とよく聞かれますが、最近は、「だから向いているのでは？」と思っています！<span class="s1">とっても森が好きな人が森や木に関わる仕事をすると、興味がない人をどう好きにさせよう？どう上手く魅せよう？って発想にはなりにくいですよね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1199" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan07-1024x586.jpg" alt="" width="542" height="310" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan07-1024x586.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan07-300x172.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan07-768x440.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan07-1920x1099.jpg 1920w" sizes="(max-width: 542px) 100vw, 542px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">「汚れるの嫌だなー。」とか</span>「虫とかマジで無理・・。」と思っちゃう私が好きになるくらい、知れば知るほど<strong>飛騨の木</strong>、そしてその<strong>木から生まれる製品には魅力があります</strong>。その魅力を形にして、どんどん発信していくことが自分の使命だと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私自身が職人じゃないからこそ、<strong>作り手の職人さんを心から尊敬</strong>しているんです。良いものの良さを、作り手の想いをしっかりと乗せて、全国や世界に届けたい。なーんて、大きな夢は持っていますが、始まったばかりで実際は毎日不安だらけです(笑)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>高校生の意思決定を尊重したい</h2>
<p class="p1"><span class="s1">吉城高校の<a href="http://school.gifu-net.ed.jp/wordpress/yosiki-hs/cat/yckpro/" target="_blank" rel="noopener">「YCK(吉高地域キラメキ)プロジェクト」</a>に関わるきっかけは、<a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100002827693272" target="_blank" rel="noopener">関口祐太</a>さんとのご縁です。昨年度、<a href="https://www.hida-kankou.jp/santera/" target="_blank" rel="noopener">「三寺まいり」</a>に関わるYCKの企画で、元観光協会の一員の私へヒアリングに訪れたんです。その時に企画への改善案を話していたら「じゃあ手伝ってくれない？」と誘われ、軽い気持ちで参加したらいつの間にか深く関わることに・・。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">私はYCKで関わる高校生たちを、高校生ではなく<strong>一人の大人</strong>として接しています。やりたくないなら辞めたらいい。やると決めたならちゃんとやろう。<strong>「あなたはなんでそれをしたいの？」「じゃあどうしたらいいと思う？」</strong>そうした<strong>意思決定を重要視</strong>しています。私自身が、自分で意思決定してこなかった反省から、自分で決めたことに責任を持つということが<strong>将来の自信、生きていく強さに繋がる</strong>と考えているからです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1200" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan10.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan10.jpg 640w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan10-300x200.jpg 300w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>どこまで委ねるかは難しいところですが、私はかなりシビアで厳しいと思いますよ。一方、パートナーの関口さんは、高校生や先生方と<strong>丁寧に対話を重ねて、お互いに分かり合う</strong>過程をとても大事にしています。そして、私の想いも代弁して伝えてくれる。この二人のバランスで成立しているので、本当に関口さんのような人と仕事ができて幸せです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1189" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan05.jpg" alt="" width="541" height="305" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan05.jpg 640w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan05-300x169.jpg 300w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p class="p1"><span class="s1"><br />
今年度からは吉城高校のコーディネーターを正式に</span><span class="s1">委託されており、成果を出さなきゃいけないプレッシャーはあります。私もそれに応えるべく、<strong>キャリアコンサルタントの国家資格</strong>を先日取得しました。でも</span><span class="s1">一番大事なのは、<strong>生徒がやりたいことに挑戦すること</strong>。その結果失敗したり、後悔が残ってもいい。無理に上手くいく方に誘導していくのは大人のエゴ。その優先度だけは見失わないように、関口さんとも常日頃話し合っています。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1"><br />
実際に昨年YCKリーダーを務め卒業した<a href="https://hida-st.com/2018/09/19/sakashitatakumu/" target="_blank" rel="noopener">坂下拓夢</a>くんのような、前向きな高校生の成長過程に立ち会えたのはすごく嬉しいです。しかし、こうしたYCKの課外活動やキャリア教育は、生徒の<strong>成長要素の一つに過ぎません</strong></span><span class="s1">。自分の夢に向けて勉強したり、部活に一生懸命取り組んだり、今は熱中することがなくても大学や就職先で花を咲かせるかもしれない。</span><span class="s1">もっと自由に<strong>いろんな在り方</strong>があっていいし、<strong>誰かと比べて自己嫌悪する必要は全くない</strong>。そう思うんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1192" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosann02-1024x557.jpg" alt="" width="540" height="294" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosann02-1024x557.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosann02-300x163.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosann02-768x417.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosann02-1920x1043.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p class="p1"><span class="s1"><br />
吉城高校の先生や関口さんの始めた取り組みが、生徒の成長のチャンスを広げているのは間違いないと思います。でも</span><span class="s1">きっと私たち大人にできることは、高校生が壁にぶつかって心がポキっと折れた時に、どん底まで落下しないよう構えていてあげること。折れる経験自体はいいと思うんです、そこから学ぶんだから。</span></p>
<h2>挫折し続けてきた私だから、伝えていく覚悟。</h2>
<p class="p1"><span class="s1">飛騨市で好きな場所は、真宗寺の近くの<strong>今宮橋</strong>です。瀬戸川の白壁通りももちろん好きですが、川と橋は高校時代を過ごした北海道旭川市を思い出します。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1194" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan08-1024x544.jpg" alt="" width="550" height="292" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan08-1024x544.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan08-300x159.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan08-768x408.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan08-1920x1020.jpg 1920w" sizes="(max-width: 550px) 100vw, 550px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">「YCKプロジェクト」と「ひだ木フト」、全く違うことをやっているよね？と言われますが、<strong>ヒト</strong><strong>を育てればモノも育つ</strong>と考えているので、私の中では一貫しています。「ヒト」と「モノ」はどちらも大事な地域資源であり、よく言われる<strong>「よそ者・若者・ばか者」の私だから引き出して伝えられる</strong>ことが、まだまだたくさんあると信じています<strong>。</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1"><br />
</span><span class="s1"><strong>「田舎に嫁いで来たら子育てに集中しないといけない」</strong></span>私もそう思い込んでいたのですが、そんな先入観や固定概念を崩していきたいです。自分のやりたいことには素直に挑戦してもよい、そう飛騨の女性たちに感じてほしい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">おこがましいけれども、<strong>飛騨で働く女性のモデルケース</strong>になれたら、そんな覚悟で仕事をしています。だから<strong>絶対に妥協はしない</strong>。私の場合は、理解のある主人やいつも支えてくれる同居の家族、そしていつでも笑顔をくれる息子がいるからこそ挑戦できています。もちろんみんながみんな同じではないですが、だからこそ感謝を形にできるまで、諦めずにやり続けることが家族や地域への恩返しです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1190" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan04.jpg" alt="" width="544" height="358" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan04.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan04-300x198.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan04-768x506.jpg 768w" sizes="(max-width: 544px) 100vw, 544px" /></p>
<p class="p1"><span class="s1"><br />
元気でエネルギッシュ、都会から来たキャリアウーマンといったイメージを持たれることが多いようですが、とんでもない(笑)。私の半生は挫折の連続な上に、今だって毎日弱音を吐き、頭はパンク状態。でも子どもを産んで、起業してからの私は<strong>「覚悟」という武器</strong>を手に入れたのかな。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1"><br />
表には出ないだけで、飛騨にも精神的に苦しんでいる人はきっとたくさんいると思います。特に過食症は一見分からなかったり、日中は元気だったりするから。家族や周りの支えがあって私は乗り越えつつあり、だからこそ今はこうして話せるんでしょうね。人の全部を理解しようなんて到底無理だけど、<strong>知りたい、力になりたいという想い</strong>はおせっかいでも持ち続けたいです。<br />
</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1193" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan01.jpg" alt="" width="541" height="305" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan01.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan01-300x169.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/banjosan01-768x433.jpg 768w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>厳しさも優しさも、強さも弱さも背負い、真っ直ぐに決意した盤所さんの<strong>覚悟</strong>。<br />
何度もつまづき辿り着いた飛騨の地で、盤所さんだからこそ描ける在り方が、次の未来を創る飛騨人を育てていくはず。ブレない覚悟を武器に、盤所さんは飛騨の「ヒト」と「モノ」へ真摯に向き合い続けます。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p class="p1"><span class="s1"><strong>盤所杏子(ばんじょきょうこ)<br />
<a href="https://www.facebook.com/kyoko.tonami">https://www.facebook.com/kyoko.tonami</a><br />
</strong></span></p>
<p><strong><br />
myu-kikaku（みゅーきかく）</strong></p>
<p>Mail：banjo@hidagift.com</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>ひだ木フト</strong>　公式ホームページ<br />
<a href="https://hidagift.com/">https://hidagift.com/</a></p>
<div class="wp-oembed-blog-card" data-cached-time="03/11/20 07:04:58"><a href="https://hidagift.com/" target="_blank"></p>
<div class="wp-oembed-blog-card__body">
<div class="wp-oembed-blog-card__title">ひだ木フト &#8211; TOP &#8211; 飛騨市河合町で結婚祝いや出産祝いのギフトやお土産を選ぶなら</div>
<div class="wp-oembed-blog-card__description">「ひだ木フト」は岐阜県飛騨市から生まれた、飛騨の森の広葉樹を使った、飛騨の職人による木工品です。木製品が安価に売られている時代。こんな時代だからこそ職人が手間…</div>
<div class="wp-oembed-blog-card__domain"><img class="wp-oembed-blog-card__favicon" src="https://hidagift.com/favicons/favicon.ico" alt="">hidagift.com</div>
</div>
<p></a></div>
<p><strong>ひだ木フト</strong>　公式Facebookページ<br />
<a href="https://www.facebook.com/hidagift/">https://www.facebook.com/hidagift/</a></p>
<p>ひだ木フト　公式インスタグラム@hidagift<br />
<a href="https://www.instagram.com/hidagift/">https://www.instagram.com/hidagift/</a></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/10/03/banjokyoko/" target="_blank">挫折し続けた半生、30歳で初めて決めた覚悟 ー 盤所杏子 ( 個人事業主myu-kikaku代表 / 吉城高校キャリア教育コーディネーター)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>必ず、大好きな飛騨へ帰ってくる ー 坂下拓夢 ( 大正大学地域創生学部1年 / 元YCKプロジェクトリーダー )</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/09/19/sakashitatakumu/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 18 Sep 2018 15:12:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[飛騨市]]></category>
		<category><![CDATA[10代]]></category>
		<category><![CDATA[HIDAKKO PROJECT.]]></category>
		<category><![CDATA[YCKプロジェクト]]></category>
		<category><![CDATA[吉城高校]]></category>
		<category><![CDATA[大学生]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://hida-st.com/?p=899</guid>

					<description><![CDATA[<p>&#160; 古川祭をこよなく愛する、大正大学1年生の坂下拓夢くん。YCKプロジェクトを軸に地域で挑戦した青春と、今後の希望に満ちた展望を伺いました。飛騨にはこんなにも、志高い若者が生まれている。坂下くんへの期待と応援も [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/09/19/sakashitatakumu/" target="_blank">必ず、大好きな飛騨へ帰ってくる ー 坂下拓夢 ( 大正大学地域創生学部1年 / 元YCKプロジェクトリーダー )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1035" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu06-1024x768.jpg" alt="" width="540" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu06-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu06-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu06-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu06.jpg 1747w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>古川祭をこよなく愛する、大正大学1年生の<strong>坂下拓夢</strong>くん。<strong>YCKプロジェクト</strong>を軸に<strong>地域で挑戦した青春</strong>と、今後の希望に満ちた展望を伺いました。飛騨にはこんなにも、<strong>志高い若者</strong>が生まれている。坂下くんへの期待と応援も込めて、ぜひともご覧ください！</p></blockquote>
<h2>やんちゃだけど、真っ直ぐだった少年期</h2>
<p>飛騨市古川町で生まれました。チャンバラごっこが大好きな、活発な子どもでしたね。おもちゃの剣をたくさん持ってて、飛騨古川駅前を走り回っていました。祖父母の実家は河合町にあり、週末は遊びに行っていたので自然にもたくさん触れながら育ちました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>中学校では担任の先生と折り合いが悪く、今でこそお恥ずかしいのですが毎日反抗していました。だいぶ丸くなったなと当時の同級生には言われます。本当に反省しています。</p>
<p>そんなやんちゃな僕が変われたきっかけは、<strong>給食の配膳</strong>です。僕のクラスは配膳を完了させるまでのスピードが一番でした。それを仕切っていたリーダーシップを先生が見てくれていて、<strong>「お前は口は悪いしすぐに喧嘩する、態度も悪い。だけど給食委員長やってみんか？」</strong>と声を掛けてくれたんですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それで給食委員長を頑張って務めていたら<strong>「体育祭で応援部長をやってくれんか？」</strong>と誘われました。応援部長は団長の次に責任の重い立場。「じゃあやります！」と挑戦した経験が今に繋がっています。僕の変化に親が一番びっくりしていましたね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>進路選択ではとっても悩みました。僕の父が土木関係の仕事をしていて、<strong>密かに憧れていた</strong>んです。道路を作ったり、長く使ってもらえるように修復する仕事。<strong>縁の下の力持ちってカッコいいな。</strong>土木関係の道に繋がる進路も考えながら、でも地元が大好きだったので、地域に関わり貢献できる機会が多そうな吉城高校にも惹かれていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1059" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu10.jpg" alt="" width="541" height="353" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu10.jpg 827w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu10-300x196.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu10-768x501.jpg 768w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>最終的に決めた理由は、すごくお世話になっていた国語担当の先生です。吉城高校理数科の一期生だった先生は、当時母校の現状を寂しく思ったのか<strong>「吉城高校はポテンシャルがあるから、お前が進学したら絶対変えられるのにな。」</strong>と言ってくださったんです。その瞬間に火が着きました。</p>
<p>受験の面接でも<strong>「僕が吉城高校を変えます！」</strong>と熱く宣言し、無事に合格したのが大きな一歩目でした。</p>
<h2>人生が動き始めた吉城高校での経験</h2>
<p>熱く宣言しながらもきっかけを掴めず、入学して最初の一年間は普通の高校生活を送っていました。そんな時に、地域の大人を高校にお迎えしてご講演いただく機会があり、今では<a href="http://school.gifu-net.ed.jp/wordpress/yosiki-hs/cat/yckpro/" target="_blank" rel="noopener">YCK(吉高地域キラメキ)プロジェクト</a>を先導する<strong>関口祐太さんと出会いました</strong>。</p>
<p>初対面の関口さんから<strong>「今度イベントやるから来てよ！」</strong>と誘われたのが、<strong>地域の大人との対話の場づくり</strong>でした。怪しく思いながらも行ってみたら、全く知らない大人の人たちが、僕の話を<strong>真剣に耳を傾けて受け入れてくれた</strong>んです。そんな場も経験も、顔の筋肉が疲れるくらい笑ったのも初めてで、すごく<strong>安心</strong>できる時間でした。</p>
<p>何回か地域の大人たちとの対話の場に参加しながら、ちょうど僕が入学した年度からYCKプロジェクトが始まっており、いくつかボランティアイベントは走っている状況でした。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1064" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu12.jpg" alt="" width="540" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu12.jpg 800w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu12-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu12-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>地域の大人たちに影響を受けた僕はその年の文化祭で、<strong>地域の大人を巻き込んだ特別企画</strong>を立ち上げます。<strong>「飛騨の匠の技を学ぶ」</strong>をコンセプトに、地域の方にご協力いただいて制作した<strong>シーソー</strong>を展示しました。金具は真ん中部分にのみ使用し、その他は全て飛騨の匠が成せる技<strong>「木組み」</strong>で作られた特注シーソーです。一般公開までは至れませんでしたが、こうした前例を創っていったことが後の活動に繋がっていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1086" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu11-1024x657.jpg" alt="" width="541" height="347" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu11-1024x657.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu11-300x192.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu11-768x493.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu11.jpg 1796w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして後期には僕が生徒会長を拝命し、生徒会としても<strong>どんどん地域に飛び込んで行くスタンス</strong>で活動していました。僕が地域の大人との対話の場に参加していることを先生も知って、吉城高校での職員研修を関口さんに依頼されたんです。そうして創られた先生たちと地域の大人の対話の場。<strong>先生方も地域の声を、地域側も先生の想いを聞きたい</strong>流れが生まれていました。</p>
<p>年度終わりの2月には、ついに<strong>吉城高校内</strong>で関口さんが主催する対話の場づくりが行われました。高校内部で、高校生と地域の大人が楽しそうに会話している光景はたまらなかったですね。こうしてYCKプロジェクトの地盤となる、<strong>高校と地域の協働体制</strong>ができていきました。</p>
<h2>古川から飛騨地域、そして東京へ</h2>
<p>以前から、高校生で地元の情報発信に関わる活動をしたい気持ちがありました。そうしたら修学旅行中にたまたまYahoo!ニュースを見て衝撃！斐太高校生が「学生団体<a href="https://www.facebook.com/hidakkoproject.31/" target="_blank" rel="noopener">HIDAKKO PROJECT.</a>」を創設して、高校生だけでフリーペーパーを作ったニュースを見たんです。すぐに斐高の友人に問い合わせてメンバー募集の説明会に参加し、団体への加入を即決しました。</p>
<p>生徒会活動も自分たちの知らないところで先生方のご尽力がある。しかしHIDAKKOは、完全に<strong>自分たちの責任で行う活動</strong>です。みんなで議論を重ねながら、フリーペーパーを<strong>ゼロから創り上げる経験</strong>はかけがえのない時間でした。</p>
<p>古川町しか見えていなかった自分の<strong>視野の広がり</strong>を感じながらも、一番の収穫は<strong>志の高い同世代の仲間</strong>との出会いですね。特に最も刺激を受けたのは、当時斐太高校1年生だった<a href="https://hida-st.com/2018/08/15/suzukihinako/" target="_blank" rel="noopener">鈴木日菜子</a>ちゃん。「こんな後輩がいるのか！！」負けていられないなと気合いが入りました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-635" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/hinako11.jpg" alt="" width="540" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/hinako11.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/hinako11-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/hinako11-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>悪戦苦闘しながらフリーペーパーを創り上げた後、丸山純平さんのお誘いから東京で行われた<a href="http://u-18.makers-u.jp/" target="_blank" rel="noopener">THINK BIG CAMP</a>に参加しました。全国から選抜された熱い高校生が、5日間かけてチームでビジネスプランを考えるイベントです。</p>
<p>全国から集まった高校生はみんな自分の活動・軸を持っていました。しかし当時の僕は地元への想いのみ。活躍する周りと比べて<strong>劣等感</strong>を抱きながら、同時にきっと<strong>自分にもできると勇気</strong>をもらいました！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1032" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu03.jpg" alt="" width="540" height="406" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu03.jpg 844w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu03-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu03-768x577.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>熱海を舞台に「人と地域の可能性を引き出す」をテーマに挑戦した5日間。苦しい時間もあったけれど、高く広い視座から考える。まさに<strong>THINK BIGを意識する</strong>ことの大切さを身に染みて学びました。共に挑戦したチームメンバーとの繋がりは今でも続いています。</p>
<p>メンターで伴走してくださった<strong>竹田和広さん</strong>との出会いは、大変尊敬しながらも、師匠でもあり、先輩でもあり、友人でもあるような・・不思議な関係性。本当にありがたいご縁で、これからもお世話になり続けていくんだろうなと確信しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1057" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu08.jpg" alt="" width="541" height="328" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu08.jpg 892w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu08-300x182.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu08-768x466.jpg 768w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>そうして古川から全国へと、視野や繋がりが広がっていく高校2年生の終わりでした。</p>
<h2>やり切った最終ミッション「三寺まいり」</h2>
<p>高校3年生時はついにYCKプロジェクトが本格的に始まりました。高校側がもっと地域に関わりたいリーダーを募集し、2・3年生から15人ほど集まった中で僕が統括のリーダー。</p>
<p>グループワークや研修を中心に前期は終わりましたが、<span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;"><strong>最終ミッション</strong>として提示されたのが、飛騨古川に200年以上も伝わる伝統行事「<a href="https://www.hida-kankou.jp/santera/" target="_blank" rel="noopener">三寺まいり</a>」の課題を見つけだして、それを解決しよう！というもの。</span></p>
<p><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;">参加者の笑顔を見ることをゴールに掲げて、じゃあどういう課題があるんだろう？模索する日々が始まりました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1058" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu09.jpg" alt="" width="540" height="358" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu09.jpg 815w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu09-300x199.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu09-768x509.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>三寺まいりは毎年一月十五日に行われる、町内の3つのお寺を参り、瀬戸川へ願いを込めた灯篭を流す伝統行事です。街中に並べられた、雪像蝋燭の火が幻想的に灯ります。</p>
<p>各お寺の住職さんや観光協会の方に直接ヒアリングし、集めた情報をもとにみんなで課題を考えました。面白かった視点は、YCKのボランティアで関わっている<strong>老人ホーム入居者のサポート</strong>です。なかなか外出できない入居者の方は当日寂しいんじゃないかな。その視点から老人ホームを<strong>高校生で訪問して、祈願代行</strong>をしたらとっても喜んでいただけました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もう一つの課題は。本来の<strong>三寺まいりの意義</strong>が忘れられていること。本来の意味や意義を、次の世代へも伝えていきたい。ただ伝えるだけじゃ面白くないので、小学生向けに高校生がクイズを交えながら説明していく、<strong>歴史探検スタンプラリー</strong>を企画しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一ヶ月半の準備期間の中、高校生で地域の大人たちと交渉し、小学生も巻き込むので安全を考え、責任の所在もシビアに想定。一番大変だったのは、運営チームの中での<strong>合意形成</strong>です。それぞれの選択肢にメリット・デメリットがあるから意見も割れるし、立場によって優先度も違う。今まで<strong>培ってきた対話力</strong>をもとに、メンバーが納得できる答えをみんなで導いていきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1093" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu14-1-1024x768.jpg" alt="" width="539" height="404" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu14-1-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu14-1-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu14-1-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu14-1-1920x1440.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして入念な準備を経て迎えた当日、企画は無事に進行し、参加者の笑顔をたくさん見ることができました。<strong>地域の方や先生方の笑顔も溢れていた</strong>ので、ミッション達成率は120パーセントくらいですかね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1036" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu07-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu07-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu07-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu07-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu07.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>次年度のYCKプロジェクトにも繋がる大きな成功体験でした。<strong>入学時の決意を、最後にようやく形にできた</strong>のかなと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>浦崎教授との出会いから、地域創生学部へと。</h2>
<p>高校卒業後の進路選択にあたっては、元々日本史が大好きで、尊敬する教授のもとで歴史を学ぶことを第一志望にしていました。地方創生にも興味は出始めていたんです。</p>
<p>そうしたら高校3年の4月に、大正大学の浦崎太郎教授が飛騨市にいらっしゃいました。関口さんに紹介していただき、こういう大学・学部もあるのかと知り、とりあえずオープンキャンパスに行ってみたんです。そうしたら初対面の先輩方に<strong>「坂下くんだよね？」</strong>と声をかけられました。浦崎先生が根回ししていたんですよね。</p>
<p>先輩方とのコミュニティや、かなり<strong>実践的な地域実習</strong>の内容にも興味を抱き、ギリギリまで迷って大正大学を受験します。無事に合格して、この4月からは初めて親元を離れ、東京での一人暮らしが始まりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter size-full wp-image-1030" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu01.jpg" alt="" width="540" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu01.jpg 540w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu01-300x225.jpg 300w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>東京でも飛騨に関わり続けたい想いから、<a href="http://www.kurasuke.jp/" target="_blank" rel="noopener">飛騨居酒屋蔵助</a>でバイトさせてもらっています。そこで岐阜県東京事務所の方と繋がり、「岐阜学生の会」のネットワークにも関わらせていただくなど、<strong>東京と岐阜県を繋ぐ役割</strong>を担えることが嬉しいです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今は想像以上に大学の授業が忙しく、もうすぐ<strong>長野県小布施町で一ヶ月以上の地域実習</strong>が始まります。大学生活は始まったばかりですが、充実した日々を送れることに感謝しかありません。たくさん吸収して、また飛騨に還元していけるように頑張ります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>必ず、飛騨へ帰って来る。</h2>
<p>飛騨市で一番好きな場所は、やっぱり<strong>「気多若宮神社」</strong>です。小さい頃は遊び場だったけれど、高校生になってから大事な場所に変わりました。社殿へ向かう階段を登りながら、いろいろ考え事をするんです。でも階段を登り切って本殿を見た時に、まるで神様と一対一で向き合っているような、真っさらな気持ちになれるんです。今後も変わらない大事な場所ですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>大学4年間で決めていることは、毎年<strong>必ず「古川祭」に出る</strong>ことです。祭を好きになったきっかけはよく覚えていません。僕の町内の屋台はからくり人形がついているのですが、小さい頃から親に肩車されてその真似をしていたそうです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>祭りの一番の魅力は<strong>街の人みんなが、祭を楽しんでいること</strong>です。起こし太鼓なんて裸であんなにもみくちゃになって、実際すごく痛いんですけど、<strong>その目はキラキラと輝いている</strong>。だから僕はそんな熱過ぎるくらいの想いを持って、祭に関わる方々を尊敬しますし血が騒ぎますね。来年の祭には大学の友人をたくさん連れて参加したいです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1031" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu02.jpg" alt="" width="539" height="404" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu02.jpg 720w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu02-300x225.jpg 300w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんな<strong>大好きな飛騨に、必ず帰ってくることも決めています</strong>。でも飛騨のために自分だからこそできるアプローチはなんだろう？まだはっきりとは分かりません。今は自分の興味あることにどんどん挑戦して、視野を広げ、たくさんの経験を積みたいです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この街で18年間育って来て、いろんな人に迷惑をかけて怒られて、それ以上に楽しいことも教えてもらいました。<strong>自分も飛騨で、次の子どもたちに返していく番</strong>だと思っています。まだまだ未熟だから胸を張って言えないけれど、次世代へ貢献できるくらいの人間になるために今は日々を積み重ねていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1088" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu13-1024x739.jpg" alt="" width="540" height="390" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu13-1024x739.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu13-300x216.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu13-768x554.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/09/sakashitatakumu13.jpg 1364w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>必ず、飛騨へ帰る。</strong>真っ直ぐな郷土愛を強い意志に変えて、坂下くんの挑戦の日々は始まったばかりです。飛騨の外で器を大きく大きく成長させた先に、どんな未来が待っているのでしょうか。飛騨にも、<strong>確かな希望</strong>が生まれています。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p><strong>坂下拓夢(さかしたたくむ)</strong></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/takumu.sakashita">https://www.facebook.com/takumu.sakashita</a></p>
<p>岐阜県立<strong>吉城高等学校</strong> 公式Facebookページ</p>
<p><a href="https://www.facebook.com/yoshiki.highschool/">https://www.facebook.com/yoshiki.highschool/</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>HIDAKKO PROJECT. </strong>公式Facebookページ</p>
<p><a href="https://www.facebook.com/hidakkoproject.31/">https://www.facebook.com/hidakkoproject.31/</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>MAKERS UNIVERSITY U-18 <strong>THINK BIG CAMP </strong>公式Twitter</p>
<p><a href="https://twitter.com/etic_mu_u18">https://twitter.com/etic_mu_u18</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/09/19/sakashitatakumu/" target="_blank">必ず、大好きな飛騨へ帰ってくる ー 坂下拓夢 ( 大正大学地域創生学部1年 / 元YCKプロジェクトリーダー )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「飛騨市在住」で頑張っている方、募集しています！</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/07/01/hida-need/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Jul 2018 07:02:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[飛騨市]]></category>
		<category><![CDATA[募集記事]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dear-hida.com/?p=454</guid>

					<description><![CDATA[<p>「飛騨市在住」で頑張っている方、募集しています！ &#160; ヒダストでは現在、「飛騨市在住」で素敵な活動をされている方の情報を絶賛募集しております！ &#160; 「こんな素敵な方がいらっしゃるから取材してほしい・・ [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<h2><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1.5rem; letter-spacing: 0.05em;">「飛騨市在住」で頑張っている方、募集しています！</span></h2>
<p>&nbsp;</p>
<p>ヒダストでは現在、「飛騨市在住」で素敵な活動をされている方の情報を<strong>絶賛募集</strong>しております！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「こんな素敵な方がいらっしゃるから取材してほしい・・！」</p>
<p>「この人にスポットライトを当ててほしい。」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんなお声がありましたら、下記フォームからお気軽にご連絡ください。</p>
[contact-form-7]
<p>&nbsp;</p>
<p>もしくは下記メールアドレスでもご対応しております。</p>
<p class="p2"><a href="mailto:info@hida-st.com"><b>info@hida-st.com</b> </a> <span class="s1">(担当：丸山)</span></p>
<p class="p1">２～３営業日以内にご返信いたします。よろしくお願いいたします。</p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/01/hida-need/" target="_blank">「飛騨市在住」で頑張っている方、募集しています！</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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