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	<title>高山工業高校 &#8211; ヒダスト</title>
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	<description>飛騨地方に生きる、飛騨人のストーリーを刻むメディア。</description>
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	<title>高山工業高校 &#8211; ヒダスト</title>
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		<title>マチの課題をデザインの力で打開したい。等身大の僕が積み重ねてきた、デザイン ー 竹本純 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス 高山チーフ )</title>
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		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 22 Aug 2018 13:29:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[20代]]></category>
		<category><![CDATA[アーティスト]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>飛騨高山のデザイン事務所「株式会社ゴーアヘッドワークス」で高山チーフを務める竹本純(たけもとじゅん)さん。実用的なグラフィックデザインを得意とし、デザイナーやイラストレーターとして幅広く活躍しながらも、その半生は挫折と後 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/08/22/takemotojun/" target="_blank">マチの課題をデザインの力で打開したい。等身大の僕が積み重ねてきた、デザイン ー 竹本純 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス 高山チーフ )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-763" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun11-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun11-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun11-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun11-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun11-1920x1280.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<blockquote><p>飛騨高山のデザイン事務所「株式会社ゴーアヘッドワークス」で高山チーフを務める竹本純(たけもとじゅん)さん。<strong>実用的なグラフィックデザインを得意</strong>とし、デザイナーやイラストレーターとして幅広く活躍しながらも、その半生は<strong>挫折と後悔の連続</strong>でした。等身大でぶつかってきた29歳、今まさに最前線で挑戦する竹本さんのストーリーをどうぞご覧ください。</p></blockquote>
<h2>学生時代から取り組み続けた、表現</h2>
<p>高山市上岡本町で生まれました。小さい頃は昆虫採集が大好きで、誕生日には昆虫図鑑を買ってもらうのが定番。お調子者でおっちょこちょいな性格で、しょっちゅう怪我をしていましたね。図工と体育が好きで、絵もよく描いていました。</p>
<p>中学校ではバスケ部に入ったのですが顧問が厳しくて、怒られることが本当に嫌いになりました。だからできるだけ怒られないように、校則の範囲内でどうはっちゃけるかに全てを賭けてたんです。同級生をモデルにしたカードゲームを作ったり、教室内に菜園を作ってトマトやスイカを栽培して食べていました。</p>
<p>物作りや創作が好きだったこともあり、高山工業高校のインテリア科に進学します。この頃から似顔絵も描いてました。しかし<strong>高校生活で一番のめり込んだのは音楽</strong>ですね。「バンドやろうぜ！」と友人の一言でギターにベース、ハーモニカを始めました。どれも中途半端な出来栄えですが、よく市民広場で路上ライブをしていたんです。代表曲は「<a href="https://soundcloud.com/jun-takemoto-2">びんちょうまぐろ</a>」です。</p>
<p>あとは当時流行っていたヒップホップやレゲエといった音楽を知り、<strong>「ラップはお金もかからないし、楽器が弾けなくてもできる音楽だ！」</strong>なんて安直な考えで始めて、現在も続けています。最近では、「ビジネスマンラップトーナメント」という社会人ラップバトルの大会にも出場しました。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-733" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun06-1024x683.jpg" alt="" width="525" height="350" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun06-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun06-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun06-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun06-1920x1281.jpg 1920w" sizes="(max-width: 525px) 100vw, 525px" /></p>
<p>絵も描き続けていて、ネット上に自作の漫画を公開するなど、当初は漫画家を夢見ていました。そんな折、アルバイト先でPOPを制作した時に店長からとても褒めてもらえたんです。<strong>自分の絵を一番最初に認めてくれたのは「デザイン」というお仕事でした。</strong>なにより身近な方から褒めてもらえることにやりがいを感じ、嬉しかったですね。</p>
<p>当時は「グラフィックデザイナー」という職業を知らなかったのですが、進学先はデザインの専門学校「名古屋デザイナー学院」を志望。パンフレットの写真にすごく可愛い女の子が載っていたことが決め手でした(笑)。</p>
<h2>大きな挫折で落ち込んだ、底辺</h2>
<p>進学して、名古屋での一人暮らしが始まりました。最初は授業を真面目に受けていたのですが、同級生や先輩に実力やセンスの差を見せつけられてふてくされ、やがて出席だけ取った後は近くの<strong>コンビニで暇を潰したり、パチンコに通ったり&#8230;&#8230;。</strong>アルバイトもろくにしていなかったのでお金もなく、冷蔵庫の奥に唯一入っていたソースや味噌を舐めたりもしていました。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-740" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun08-1024x683.jpg" alt="" width="500" height="333" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun08-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun08-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun08-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun08-1920x1280.jpg 1920w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>実はこの頃に弊社代表の<a href="https://hida-st.com/2018/08/08/kabayuusuke/">蒲優祐</a>に出会っているんです。きっかけは「デザイン事務所にアポを取って、インタビューをしてレポート書く」という学校の課題。名古屋のデザイン事務所をネットで探す中で心奪われたのが、当時蒲が代表を務めていた会社でした。</p>
<p>蒲が高山出身ということもあり、色々な会話をしたんです。盛り上がった最後に僕の作品集を見せて「僕は使えますか？」と聞いたら<strong>「使えんね&#8230;&#8230;」</strong>と言われたことをよく覚えています(笑)。</p>
<p>相変わらず専門学校には真面目に通わず、そんな状態でやがて就職活動を始めるのですが面接でことごとく落とされるんです。同級生が次々と内定を取る中、<strong>過去最大の劣等感で卑屈になっていました。</strong>ちょうど当時、SNS経由でお仕事を依頼されたり、知人のイベントのフライヤーを制作したりと、自身のデザインが仕事になっていた時期なだけに余計悔しかったですね。</p>
<p>結局、就職活動に失敗してとりあえず地元へ戻るために引っ越しました。高山へ帰るバスの中で<strong>「2年間、僕は何かを残せたのか、何もできなかった」と号泣</strong>した瞬間は一生忘れられません。ドン底でした。</p>
<h2>地元の飛騨高山で再起をかけた、挑戦</h2>
<p>地元のカフェでアルバイトをしながら、引き続き就職活動をしていました。カフェの商品のPOPなども制作しながら、やっぱりデザインの仕事をしたいと想いを募らせていた頃、アパレルショップでデザイナーを募集しているのを見つけたんです。早速面接に行ったら<strong>「あなたはブレスみたいなところが向いている」</strong>と言われて、フリーペーパー制作をしている<a href="http://www.bless1.com/index.html">有限会社ブレス</a>の細井卓美社長を紹介してもらいました。しかし最初の面接で「今は募集してない」ということであえなく断念。 懲りずにあらためて電話したら<strong>「アルバイトからならいいよ」</strong>ということで、ようやくデザインの仕事に就けました。</p>
<p>デザイン編集ソフトの使い方もろくに知らなかった当時、先輩社員にけちょんけちょんにされながらも<strong>雑草魂でなんとか食らいついていく</strong>日々でした。そうして晴れてブレスの正社員になった後は、チラシ・DM・タウン情報誌の制作など、デザインの基礎を一から叩きこまれました。<strong>僕の基礎はブレスでの必死の学び</strong>です。作業スピードが遅くて仕事はなかなか終わらなかったけれど、やりがいを感じていました。</p>
<p>その頃SNSを通じて、蒲と再びご縁が繋がります。同年代の飲み会などにも誘われるようになり、あじ平のしんさんや駿河屋の清太郎さんといった高山の勢いある若手から色々と刺激をもらいました。また中学校の同級生と地元にバスケサークルを設立して、もう解散しちゃったんですがたくさんの繋がりができたんです。同時に<strong>人間関係の難しさを痛感する出来事</strong>も多々ありましたね。</p>
<p>当時蒲が取り組んでいたゆるキャラ「お猿のくぅ」のグッズ制作や、子ども向けのワークショップに関わるようになり、徐々に蒲をライバル視するようになりました。蒲は27歳の時には独立していたので、<strong>自分の年齢を蒲に重ねて足跡を追いかける</strong>ようになったんです。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-780" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun10-1024x680.jpg" alt="" width="517" height="343" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun10-1024x680.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun10-300x199.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun10-768x510.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun10-1920x1275.jpg 1920w" sizes="(max-width: 517px) 100vw, 517px" /></p>
<h2>背中を追いかけて手広く積んだ、経験</h2>
<p><strong>いつか蒲を追い越してやるぞ！</strong>そんな気持ちでアートを軸に手広く挑戦し始めました。</p>
<p>市民団体<strong>「スマイルデザインプロジェクト」</strong>を設立して、アートに特化したイベントや<strong>「ヒダロッキンフェス」</strong>を開催。スキー場を貸し切っての音楽イベントでしたが、初回は300人集客目標で当日のお客さんが60人。大赤字で口座残高が吹っ飛びました。でも会を重ねるごとに大きくなり、徐々に仲間も集まってきます。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-788" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun15.jpg" alt="" width="510" height="340" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun15.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun15-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun15-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 510px) 100vw, 510px" /></p>
<p>いろいろな活動の中で少しずつ名前も売れてきたのか<strong>「イベントで似顔絵を描いて欲しい」</strong>というご依頼がきました。自信はなかったけどとりあえずやってみよう！の精神で、初めて対面で似顔絵を描いてお金をいただきました。もちろんそれまでイラストを描く仕事はしていましたが、<strong>人が喜ぶ瞬間に直接立ち会えていなかった</strong>んですよね。お客さんと直に繋がれたり、喜んでくれるのが新鮮でした。</p>
<p>そんな経験がきっかけで似顔絵の世界に引き込まれ、飛騨在住の若手クリエーターで<strong>「マチの似顔絵屋さん」</strong>という似顔絵チームを結成しました。高山市内のイベントへの出店も重ねる中で、<strong>お互い個性的な絵のタッチで切磋琢磨</strong>しながら、似顔絵の技術を磨き合いました。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-786" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun13.jpg" alt="" width="500" height="375" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun13.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun13-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun13-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>蒲は相手にしていたのか分かりませんが、僕もこれだけの挑戦をしている！と<strong>バチバチのライバル視</strong>をしていたんです。そうしたら蒲から<strong>「うちに来ないか？」</strong>と誘われました。</p>
<p>悩んだ末に4年半勤めた有限会社ブレスを円満退職し、<a href="https://www.goaheadworks.com/">株式会社ゴーアヘッドワークス</a>に転職しました。今だから言えますが、<strong>「3年くらい働いて、盗むだけ盗んでやろう」</strong>くらいの気持ちです。当時会社が名古屋事務所のみでしたので、学生時代の因縁がある名古屋へ引っ越しました。</p>
<h2>ゴーアヘッドワークスで誓う、貢献</h2>
<p>入社後の初仕事は昆虫採集イベントのお手伝い。その後は保育セミナーのスタッフと全然デザインの仕事がなくて、蒲への不満が募る日々。徐々に似顔絵やデザインの仕事が増えていったものの、僕の実力不足からいろんな方に助けてもらっていました。<strong>今振り返れば、入社から半年くらいは蒲とは微妙な関係でした。</strong>いろいろな不安感、友人の活躍を横目に焦燥感があり、早く独立したいとすら思っていたんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんな中、大きな転機が訪れます。蒲のご縁で、毎年1月に高知県で坂本龍馬像に将来や目標を誓う「龍馬の会」に参加したんです。 僕も自信満々に目標を語るも色々と突っ込まれ、蒲のビジョンや想いとも合致しない点が多々あったんですね。他の参加者に <strong>「お前らはもっと話し合え」</strong>と言われ、蒲と本音でみっちり話しました。蒲の会社や僕に対する想いを聞き、<strong>応えられていない自分が情けなくなって大号泣</strong>。学生時代の後悔も含めて、意思がより一層固くなりました。決意として髪をさっぱり坊主にし、再スタートを誓ったんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それからは毎日挑戦や失敗の連続ではありましたが、仕事に打ち込む中で色々なコンペや公募に応募し、多くの賞を受賞できました。次の年の「龍馬の会」では、昨年決めた目標を達成できていてリベンジに成功！美味しいお酒が飲めました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-734" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun05-1024x768.jpg" alt="" width="502" height="376" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun05-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun05-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun05-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun05.jpg 1478w" sizes="(max-width: 502px) 100vw, 502px" /></p>
<p>自分で仕事を取ってくることも増えて、少しずつ軌道に乗り始めましたね。 初めてのボーナスも出て、社員旅行で海外にも行けました。蒲は事あるごとに手紙を贈ってくれるのですが、<strong>ボーナスに同封されていた手紙は宝物</strong>です。あんなに落ちこぼれだった自分が母校のパンフレットにも掲載されて、今までの小さな積み重ねが花開く瞬間でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>会社も大きくなるタイミングで清水真規子が弊社にジョインし、似顔絵師としてずっと尊敬していた大村順さんも「一緒に働きたい！」との本人の要望でまさかの入社。4人で新たなスタートを切りました。自身の後輩にあたる清水が入社したこともあり、<strong>一人のデザイナーからディレクターへと立ち位置の変化を意識</strong>し始めましたね。スタッフが増えたものの、売上と作業量が比例せずに苦悩しながらでしたが、仲間が増えていく感覚は素直に嬉しかったです。</p>
<h2>実績を重ねて再び高山へ、凱旋</h2>
<p>地元の高山にデザイン事務所をつくることが蒲の一つの目標だったこともあり、スタッフも増えたタイミングで僕と清水が高山に帰還。<strong>事業所を名古屋と高山の二拠点に増やして、僕が高山ワークスのチーフに就任</strong>しました。初日にはしゃぎ過ぎて宮川に落ち、骨折したことは今でも反省しています。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-736" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun03.jpg" alt="" width="513" height="385" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun03.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun03-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun03-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 513px) 100vw, 513px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>高山商工会議所青年部会(YEG)にも入会し、地元で新たな繋がりができました。おかげさまで仕事も忙しくなり、様々なイベントに参加できないことが増えたのは贅沢な悩みですね。</p>
<p>今年の1月には本町一丁目に高山ワークスを開設しました。古民家をセルフリノベーションした、風情あるお気に入りの事務所です。4月には新たにスタッフが二人入社し、<strong>総勢6人で新生ゴーアヘッドワークス</strong>として日々ゴキゲンに働いています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-737" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun02-1024x768.jpg" alt="" width="518" height="389" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun02-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun02-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun02-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun02.jpg 1478w" sizes="(max-width: 518px) 100vw, 518px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>高山の好きな景色は親戚の家の近くの名もなき公園ですね。「かくれん慕」から江名子川沿いを上がっていった先にある小さな公園で、そこのベンチに座って高山の風土を感じながら、<strong>将来を深く思い馳せた</strong>んです。青春の一ページ。</p>
<p>あれから10何年、相変わらずたくさんの課題や目標が目の前に山積みですが、今は不安よりも期待が勝っています。</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-738" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun01.jpg" alt="" width="515" height="364" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun01.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun01-300x212.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun01-768x543.jpg 768w" sizes="(max-width: 515px) 100vw, 515px" /></p>
<h2>飛騨でデザインする未来は、還元</h2>
<p>仕事も順調に進んでいく中で、デザインの仕事に対するさまざま不満や疑問が湧いてきました。AI(人工知能)の発達によって写真から簡単に似顔絵を制作できたり、素人でもアプリを使ってそれなりのデザインが作れたり&#8230;&#8230;。AIの発達で消えていく職業ランキング上位に、「デザイナー」が入る理由も分かります。</p>
<p>しかし、<strong>デザインは人と人をつなげる「ビジュアルコミュニケーション」</strong>。人間がつくってこその仕事だと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>現状、デザインやイラストといった仕事は広告業界では下の層の存在。お客さんとの距離が意外と遠い職業です。自分が制作したデザインなのに実績として報告できなかったり、デザインの成果や反響を知ることも意外と少なかったりします。</p>
<p>理由として、ほとんどのデザイナーは企画力や営業力が乏しいことが原因だと考えています。言われたものをただ制作するのではなく、<strong>自分の意見と知識と想いを持ってお客さんに提案ができるようになる</strong>ことが理想ですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そもそも<strong>デザインという仕事は分かりにくい</strong>です。特に高山だと、看板屋や印刷屋しかなかったから「それでお金を取るの？」とか「ちょっとタダで描いてみてよ」そんなことも散々言われてきました。でもそこは<strong>技術の対価を尊重して、還元してほしい</strong>。描く時間が5分でも、それまでの<strong>人生の積み重ねがあってこそ、その絵が描ける</strong>んです。いろんな人に知ってほしいし、そのためにはモノや成果で価値を示していきたい。</p>
<p>自分のデザインでお客さんの笑顔が見れたら励みになり、反響を感じられたらやりがいに繋がる。表面上のデザインにどこまで奥行きを出せるか。自分のデザインやイラストに<strong>自信を持ったデザイナーを、この飛騨の地で増やしていく</strong>のが僕のミッションです。その結果、飛騨の未来の創造に還元できるのなら最高ですね！</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-787" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun14-1024x683.jpg" alt="" width="566" height="377" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun14-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun14-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun14-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojun14-1920x1280.jpg 1920w" sizes="(max-width: 566px) 100vw, 566px" /></p>
<blockquote><p>常に謙遜しながらも、明るく冗談を交えながら自身の半生を語る竹本さん。目の前の壁に等身大でぶつかってきたその姿に、多くの若き飛騨人は<strong>勇気</strong>が湧いてくるはず。</p>
<p><strong>人間本来の創造力</strong>が求められるこれからの時代、竹本さんが伝えたい想いは飛騨の地の未来に直結しています。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p><strong>竹本純(たけもとじゅん)</strong></p>
<p><a href="https://www.facebook.com/takemoto0513">https://www.facebook.com/takemoto0513</a></p>
<p class="p4"><strong><span class="s1">株式会社ゴーアヘッドワークス</span></strong></p>
<p>ホームページ：<a href="https://www.goaheadworks.com/">https://www.goaheadworks.com/</a></p>
<p><strong><br />
＜高山ワークス＞</strong></p>
<p>住所：岐阜県高山市本町1-38<br />
TEL 0577-36-1001 / FAX 0577-57-5445<br />
営業時間：9時～18時 (定休日：毎週日曜／第2・第4土曜／祝日)</p>
<h2>竹本純のゴキゲンデザイン教室</h2>
<p><a href="https://peraichi.com/landing_pages/view/gokigendesign"><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-4116" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojundesign-1024x498.png" alt="" width="541" height="263" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojundesign-1024x498.png 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojundesign-300x146.png 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojundesign-768x373.png 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/takemotojundesign-1920x933.png 1920w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></a></p>
<p>プロのデザイナー / イラストレーターを目指すなら、必要になってくるIllustrator / Photoshopのスキル。ゴキゲンデザイン教室では竹本純が講師となり、プロを目指す方に各アプリのスキルに加え、デザインや印刷の知識を学べるレッスンを受けることができます。</p>
<p><a href="https://peraichi.com/landing_pages/view/gokigendesign" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://peraichi.com/landing_pages/view/gokigendesign</a></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/08/22/takemotojun/" target="_blank">マチの課題をデザインの力で打開したい。等身大の僕が積み重ねてきた、デザイン ー 竹本純 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス 高山チーフ )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>ゴキゲンに楽しく、人を笑顔にさせるデザインを創り続ける！ ー 蒲優祐 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス 代表取締役 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/08/08/kabayuusuke/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 07 Aug 2018 21:00:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[30代]]></category>
		<category><![CDATA[アーティスト]]></category>
		<category><![CDATA[ゴーアヘッドワークス]]></category>
		<category><![CDATA[デザイナー]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
		<category><![CDATA[起業家]]></category>
		<category><![CDATA[高山工業高校]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dear-hida.com/?p=203</guid>

					<description><![CDATA[<p>飛騨高山の数少ないデザイン事務所、「株式会社ゴーアヘッドワークス」を率いる、蒲優祐(かばゆうすけ)さん。 多忙な経営者でありながら、デザイナーとしてもバリバリ活動する、蒲さんの人生のキーワードは「ゴキゲン」？その原点は「 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-3860" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/kabayuusuke20-1024x634.jpg" alt="" width="540" height="334" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/kabayuusuke20-1024x634.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/kabayuusuke20-300x186.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/kabayuusuke20-768x476.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/kabayuusuke20-1920x1189.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote>
<p class="p2"><span class="s1">飛騨高山の数少ないデザイン事務所、「<a href="https://www.goaheadworks.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">株式会社ゴーアヘッドワークス</a></span><span class="s1">」を率いる、<strong>蒲優祐</strong>(かばゆうすけ)さん。</span></p>
<p>多忙な経営者でありながら、デザイナーとしてもバリバリ活動する、蒲さんの人生のキーワードは<strong>「ゴキゲン」</strong>？その<strong>原点は「路上」</strong>？？</p>
<p><span class="s1">蒲さんのロックンロールに突き進む生き様と目指すビジョンを、ぜひともご覧ください！</span></p></blockquote>
<h2 class="p2"><span class="s1">たった一度の人生！志した職は「イラストレーター」！</span></h2>
<p class="p4"><span class="s1">高山市松本町で生まれました。物心ついた頃から、人をワクワク楽しくさせることが好きで、幼稚園の時の夢は<strong>「おもちゃ屋さん」</strong>でしたね。</span><span class="s1">小学校の通知表には「落ち着きがない」と毎回書かれていたくらい活発で、高山中を自転車で走り回っていました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">両親が共働きだったこともあり、大のおばあちゃん子でした。おばあちゃんから、<strong>「床屋になれ。はさみ一本があれば、どこに行っても仕事ができる」</strong>と言われて育ち、<strong>手に職をつける</strong>という意識を教えてもらいました。この頃から教科書やノートに落書きをしたり、物作りにも没頭していきます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">中学校ではバレーボールに熱中して</span><span class="s1">いましたが、やがて進路選択の時期が来ます。「勉強ができるんじゃなくて、<strong>物事がちゃんと見える賢い人」</strong>になろうと考えて、高山工業高校の機械科に進学します。機械科でしたが、授業では製図が得意でしたね。高校生になって初めて、<strong>「イラストレーター」</strong>という仕事があることを知ります。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1">高校3年生</span><span class="s1">の時、デザインの専門学校のオープンキャンパスに参加するため、初めて名古屋に行きました。地下鉄で切符の買い方すら覚束ない</span><span class="s1">僕の横を、名古屋の小学生がスイスイ改札を通って通学していた</span><span class="s1">。</span>あの光景を目にした時の衝撃は忘れられないですね。高山にはないものを求めて、都会への憧れを募らせました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">高校を卒業する前に、進路を真剣に考えた時期がありました。実は</span><span class="s1">その頃、年上の方とお付き合いしていたので、そのまま地元で就職して結婚する選択肢もあり、悩んでいたのです。</span><span class="s1">そこで親戚のおじさんやバイト先のおばさんなど、自分の周りの大人に現在に至るまでの<strong>人生の経緯を聞いて回りました</strong>。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="s1">話を伺う中で気づいたことは、なんとなく就職して結婚して、40歳くらいでやりたいことが見つかっても挑戦するのは難しいということ。「こんなはずじゃなかった」と言い訳して、タメ息をつく大人にはなりたくない。<strong>たった</strong></span><span class="s1"><strong>一度の人生、絵を描く道に進んでみよう</strong>と思ったんです。</span><span class="s1">イラストレーターを目指して、名古屋デザイナー学院のイラストレーションコースに進学しました。</span></p>
<h2 class="p2"><span class="s1">名古屋の路上を原点に、「ゴーアヘッドワークス」の屋号で独立</span></h2>
<p class="p4"><span class="s1">憧れの都会、名古屋で一人暮らしを始めます。地図を買ってバイクで走り回り、地下鉄の</span><span class="s1">一日乗車券で名古屋中を探検したり、</span>夜の街、ライブハウス、クラブ、行けるところにはどんどん行きました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">そうして二年間、楽しく専門学校に通い学んだのですが、</span>卒業制作で苦戦したんです。担当の先生から<strong>「このまま卒業させてもお前のためにならない」</strong>と言われ、グラフィックデザインを中心に再度勉強するために、もう一年、聴講生として残してもらいました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">日中は学校に通いながら、夜は繁華街の裏にある立体駐車場でバイトしていました。夜のお店のママさんがお客さんを連れて笑顔で出勤してきて、でも深夜の帰り際には「今日のお客さんはめんどくさかったね」って本音が漏れる瞬間がある。そうした夜の汚い大人を毎晩垣間見て、「都会はしんどくて面白くないなあ」と心底感じました。いずれは地元の高山で独立したいと思ったきっかけの一つです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">そんなある日、バイトの給料日まで二週間を残して手元に5000円しかない！というピンチがありました。追い込まれた末に<strong>全額かけて、自分の絵をポストカードにした</strong>んです。名古屋駅のナナちゃん人形の下にコタツ布団を広げて、</span><span class="s1"><strong>路上で絵を売り始めました</strong>。そうしたら一日で8000円くらい売り上げたんですね。それからは定期的に、路上に出るようになります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">まだ路上規制が緩かった当時、同じような路上アーティストはたくさんいました。</span><span class="s1"><strong>いかにどう目立つかが大事</strong>なんです。当時の僕は、ビリビリの汚れたGパンに革ジャンを着込んで、耳にはピアス、モヒカン頭で黒いサングラス。乗っていた厳つい</span><span class="s1">バイクをナナちゃん人形の下まで引いていく、そうしたら変わった人たちが集まって来るんですよ(笑)。</span></p>
<p><span class="s1">そうして路上で知り合った方からライブペイントをお願いされたり、イベントのフライヤーを作ったり、CDジャケットをデザインしたり&#8230;&#8230;<strong>僕の原点は路上</strong>です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter size-full wp-image-261" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasann10-e1526965162318.jpg" alt="" width="400" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasann10-e1526965162318.jpg 400w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasann10-e1526965162318-296x300.jpg 296w" sizes="(max-width: 400px) 100vw, 400px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">無事に専門学校を卒業してデザイン事務所に就職してからも、時間があれば路上で絵を売ることを趣味にしていました。そうした生活を一年少し続けた頃、</span><span class="s1">22歳の時にご縁をいただいて、</span><span class="s1">新しく立ち上がったデザイン事務所に雇われの代表として迎えられます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">泥臭く営業しながら仕事して、会社の運営・管理、スタッフ育成を経験しました。借り入れ以外は全部やらせてもらいましたね。五</span><span class="s1">年くらいそこで働いた後、</span><span class="s1">個人事業主として「<strong>ゴーアヘッドワークス</strong><strong>」</strong>の屋号で<strong>独立</strong>しました。</span></p>
<h2 class="p2"><span class="s1">「人の人生を背負え！」 恩師の一言をきっかけに法人化！</span></h2>
<p class="p4"><span class="s1">最初に就職した会社の社長と毎年1月に、高知県まで坂本龍馬に会いに行く恒例行事がありまして、退職してからも毎年参加していたんです。高知への道中、</span><span class="s1">独立してから忙しい日々を過ごしていることを話したら、<strong>「会社にしろ。人の人生を背負え！」</strong>とその社長に言われました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">その言葉が衝撃でしたね。身体に電撃が走ったんです。</span><span class="s1">その場で法人化することを約束し、転職先を探していた竹本純くんと出会いまして、</span><span class="s1">2012年8月「<a href="https://www.goaheadworks.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><strong>株式会社ゴーアヘッドワークス</strong></a>」となりました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-213" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan2-1024x461.jpg" alt="" width="484" height="218" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan2-1024x461.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan2-300x135.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan2-768x345.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan2.jpg 1145w" sizes="(max-width: 484px) 100vw, 484px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">会社にしてからは正直、めんどくさいことばかりですよ(笑)。今まで一人で仕事をしてきたから、自分でやった方が早いし、</span><span class="s1">法人化した年はマイナスからのスタートでした。</span><span class="s1">でも二人で頑張って、次の年には売り上げが倍以上になります！社員旅行へ行き、初のボーナスも出せました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4">数年経ち、次は女性の感性を取り入れたいと思っていた頃に、清水真規子さんと出会って入社していただきました。また、世界似顔絵大会3位の実力を持つ大村順さんと飲んでいたら、<strong>「一緒に仕事したいです！」と直談判</strong>されまして、新生ゴーアヘッドワークスの誕生です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-214" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan1.jpg" alt="" width="546" height="363" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan1.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan1-300x199.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan1-768x510.jpg 768w" sizes="(max-width: 546px) 100vw, 546px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">独立した頃は、ずっと一人でやっていくつもりだったんです。</span><span class="s1">「俺のデザイン」でこれまで生きてきて、常に主役は自分。正直言えばスタッフのことを、自分</span><span class="s1">の仕事のお手伝いさんだと捉えていた時期もありました。でも</span><span class="s1"><strong>それじゃ人の人生を背負っていない</strong>ですよね。みんなが伸び伸びと自分を発揮できる会社にしよう。そう思い始めたら、スタッフが成長していくのを見るのが面白くなってきたんです。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1">2018年4月には新たにスタッフが二人入りました。河野政二くんと丸山純平くん。</span><span class="s1">スタッフが増えて成長していくと、僕ができないこともできる。今は</span><span class="s1"><strong>一人じゃ辿り着けなかった景色を見ています</strong>。</span></p>
<h2><span class="s1"><strong>飛騨高山に還元できる環境を創る。高山事務所のスタート！</strong></span></h2>
<p class="p4"><span class="s1">都会のコンクリートの上で遊ぶ子どもや、地下鉄で毎日学校に通う子どもをみて、自分の子どもは高山の自然の中で育てたいと強く思いました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">高山に戻りたいけれど知り合いがいない&#8230;&#8230;となると頼れるのは同級生ですよね。高山の大型スーパーを「<a href="http://hida-surugaya.com/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">駿河屋魚一</a>」を経営しているのが同級生の溝際清太郎くんで、そのご縁から高山での</span><span class="s1">最初の仕事は<strong>「<a href="http://hida-surugaya.com/locations/higashiyama/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">駿河屋エブリ</a>」のロゴマーク制作</strong>でした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">飛騨高山のご当地キャラ<strong>「お猿のくぅ」</strong>のプロデュースにも関わらせていただきました。企画を練ってグッズを作り、全国のゆるキャライベントをハイエースで回って、飛騨高山をPRする。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-373" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/07/kabasan10.jpg" alt="" width="536" height="357" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kabasan10.jpg 850w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kabasan10-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kabasan10-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 536px) 100vw, 536px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうしたきっかけが地元でのご縁を生み、少しずつ繋がりから仕事をいただけるようになり、ついに2018年1月には高山市<strong>本町一丁目に高山事務所</strong>を構えることができました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">クリエイティブな思考ができる人を高山からもどんどん</span><span class="s1">増やしたいですね。いつかは</span><span class="s1">全体で百人以上の会社にして、<strong>飲食店にも挑戦してみたいし、保育園も作りたい</strong>。<strong>地域おこしに</strong>も関わりたい。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">高山で育った若者が、地域外に出て吸収したことを、地元に帰って来て還元できる場所を僕らが作れたら、きっと持続可能な高山になっていく。</span><span class="s1"><strong>「何かあったらここにおいで。僕らがいるから」</strong>って言いたいんです。田舎でも、良い意味で変わった大人たちがいる。こんなにたくさんの仕事や生き方がある。東京や世界と仕事ができる。そんなことを伝えていきたいです。</span></p>
<h2 class="p2"><span class="s1">デザインは1秒で伝えられる、ゴキゲンなコミュニケーション！</span></h2>
<p class="p4"><span class="s1">「デザインとはなにか？」よく聞かれるのですが、</span><span class="s1">僕は<strong>「コミュニケーション」</strong>だと考えてます。</span></p>
<p><span class="s1">イラストは見た瞬間に、1秒で気持ちを伝えられます。お客</span><span class="s1">さんの想いや願いを1秒で見える形にして、それをさらにカッコ良くインパクトを持たせて一枚に収める。それが<strong>圧倒的デザイン力</strong>です。誰かの伝えたい気持ちを表現して、形にする媒介なんですよね。</span></p>
<p>ゴーアヘッドワークスの理念は<strong>「ゴキゲンに楽しく、人を笑顔にするデザイン提供」</strong>です。自主的に、誰かのために思いやりを持って、何かを起こすこと。そうして自分も人もワクワクすること。そんな「ゴキゲン」であることを重要視しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-211" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan4.jpg" alt="" width="442" height="332" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan4.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan4-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan4-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 442px) 100vw, 442px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">まずは僕らが日々をゴキゲンに過ごしながら、人を楽しませることができるのかどうか。<strong>心に余裕がないとお客様の気持ちは汲み取れない</strong>ですよね。ゴキゲンであることが良質なコミュニケーションを生み、クオリティ高いデザインに繋がります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1">僕の考え方やビジョンをまずは社員に伝えながら、徐々に広げながら、世の中がゴキゲンになっていく。</span><span class="s1"><strong>100年後の子どもたちがゴキゲンに過ごせる、そんな未来を創り上げたい</strong>ですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-212" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan3-e1526458017442.jpg" alt="" width="621" height="383" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan3-e1526458017442.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan3-e1526458017442-300x185.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/kabasan3-e1526458017442-768x474.jpg 768w" sizes="(max-width: 621px) 100vw, 621px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>笑顔でゴキゲンに、掲げたビジョンへと突き進み続ける蒲さん。</p>
<p>社員の想いや地域の未来を背負う真剣な姿勢と、いつだってワクワクを忘れない少年のような在り方。</p>
<p>そのギャップから溢れる<strong>人間味</strong>と<strong>圧倒的なデザイン力</strong>が、今日も少しずつ世界をゴキゲンに変えていきます。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p class="p4"><strong><span class="s1">蒲優祐(かばゆうすけ)<br />
</span></strong>Facebook：<a href="https://www.facebook.com/yuusuke.kaba">https://www.facebook.com/yuusuke.kaba</a></p>
<p class="p4"><strong><span class="s1">株式会社ゴーアヘッドワークス<br />
</span></strong>ホームページ：<a href="https://www.goaheadworks.com/">https://www.goaheadworks.com/</a></p>
<div class="gr">
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>＜高山ワークス＞</strong></p>
<p>住所：岐阜県高山市本町1-38</p>
<p>TEL 0577-36-1001 / FAX 0577-57-5445</p>
<p>9時～18時 (定休日：毎週日曜／第2・第4土曜／祝日)</p>
</div><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/08/08/kabayuusuke/" target="_blank">ゴキゲンに楽しく、人を笑顔にさせるデザインを創り続ける！ ー 蒲優祐 ( 株式会社ゴーアヘッドワークス 代表取締役 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>古い町並みで生きる旦那衆の心粋 ー 坂口竜也 ( 坂口屋 5代目 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/07/11/sakaguchitatsuya/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 11 Jul 2018 00:34:20 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[40代]]></category>
		<category><![CDATA[アーティスト]]></category>
		<category><![CDATA[古い町並み]]></category>
		<category><![CDATA[後継者]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
		<category><![CDATA[飲食店]]></category>
		<category><![CDATA[高山工業高校]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dear-hida.com/?p=190</guid>

					<description><![CDATA[<p>&#160; 飛騨高山の古い町並みで生まれ営む、明治23年創業「坂口屋」5代目 坂口竜也(さかぐちたつや)さん。 一見華やかな観光の中心部。しかしそこに住む人じゃないと分かり得ない苦悩と、秘めたる熱き想いに迫りました。地 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/11/sakaguchitatsuya/" target="_blank">古い町並みで生きる旦那衆の心粋 ー 坂口竜也 ( 坂口屋 5代目 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p class="p1"><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-198" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0007-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0007-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0007-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0007-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote>
<p class="p4"><span class="s1">飛騨高山の古い町並みで生まれ営む、<strong>明治23年創業「坂口屋」5代目</strong> 坂口竜也(さかぐちたつや)さん。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1">一見華やかな観光の中心部。しかしそこに住む人じゃないと分かり得ない苦悩と、秘めたる熱き想いに迫りました。地元民こそ必見の記事です！</span></p>
</blockquote>
<h2 class="p4"><span class="s1">祭りの日に産声を上げた、生粋の祭り人。</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">僕は春の高山祭が開催される4月14日の夜、ちょうど夜祭が終わって各屋台が屋台蔵に戻った頃、古い町並みにある岩佐医院で生まれたんです。父が大のお祭り好きのため周りがまさかと噂をしていたみたいですが、予定より2週間遅れて見事に<b>祭りの日に産声を上げました</b>ね。僕の町内の屋台である「龍神台」から「竜也」と名付けられました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">そうして<strong>明治23年創業「坂口屋」の5代目長男</strong>として生まれ、必然的に跡取りになる宿命ではあったのですが、薄っすらと意識があったくらいですかね。小さな頃から屋台に乗り、祭りが大好きな、元気で活発な子ども時代を送りました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">中学校ではひたすらバスケットボールに打ち込んでいたため、バスケの強い高山工業高校に進学しました。学科はインテリア科で、家業を継ぐなんて当時はまだイメージできていなかったです。でも卒業時に、恩師であるバスケの顧問の先生が東京の創作料理店を紹介してくださり、そこで3年間修行してきました。<strong>大好きな</strong><b>バスケのご縁から料理に携わるようになり、自然と好き</b>になりましたね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">東京で働いて一度地元に戻ったら、中学・高校のバスケメンバーと再会し、勢いでバスケのチームを作ってしまったんです。それがきっかけで高山に根を下ろして、実家の家業を手伝うようになりました。おかげさまで常に忙しい日々で、それが自身の活力にもなっていきましたね。家業を手伝う中で、ここを継ぐんやろなと年々意識し始めていました。今になって思い返してみると、そうした偶然が重なって<b>自身の在るべき姿へと導かれていた</b>のですかね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-197" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0026-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0026-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0026-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0026-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
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<h2 class="p4"><span class="s1">元祖「飛騨牛にぎり寿司」に込めた想い。</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">元々坂口屋は宿屋でして、明治中期の創業時は行商の方などが宿泊していたみたいです。宿泊客の減少から40年ほど前に、宿屋の店先で「甘味処唐子」をオープンしました。</span><span class="s1">当時周辺では甘味処が少なく、おぜんざいをメインに提供し始めたらこれが宿屋以上に繁盛したんですね。ちょうどその頃、宿泊客の減少や消防法の改正もあったため、思い切って昭和58年に宿屋を廃業し、「甘味処唐子」に加えて新たに御食事処「坂口屋」として飛騨牛や郷土料理を提供し始めました。</span></p>
<p><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">　</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-194" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0013-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0013-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0013-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0013-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">しばらくすると周辺でも甘味処が増え、また御食事処も増え、一時期売り上げが伸び悩んだんです。観光客の流れも変わり、昔はお金をいっぱい使って豪華な食事をする観光スタイルだったのが、今では食べ歩きがメインになりましたからね。また当時は、飛騨牛を食べようと思ったら、ステーキやすき焼きなど高価な選択肢しかなかったんです。<span class="s1"><b>もっと気軽に飛騨牛を味わって欲しい。</b>そんな強い想いから、</span></span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">食べ歩きに適したメニューを父が色々考えた結果、</span><b style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">「飛騨牛にぎり寿司」</b><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">を発案しました</span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;"><span class="s1">。</span>今では飛騨牛にぎり寿司を店先で提供するお店はたくさんありますが、</span><b style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">「坂口屋」が元祖</b><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">なんです。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">実は江戸時代に、屋台寿司が立ち食いスタイルで爆発的に広まったんです。気軽に寿司を食べて、帰りに暖簾で手を拭いて行く。その暖簾の汚れが繁盛店の証だったんですね。飛騨牛のにぎり寿司自体は、高山のお寿司屋さんでは昔からありました。でも高級なお寿司屋さんには頻繁に行けないですよね。その想いから江戸時代に立ち返り、店先での提供に繋がったんです。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">一番の工夫は、飛騨牛にぎり寿司を提供する際にエビせんべいをお皿にすることです。食べ歩きの弊害で、団子の串などのゴミがひどいんです。だから<b>できる限りゴミが出ないように</b>との願いが、エビせんべいの食べれるお皿に込められています。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">御食事処では飛騨牛と飛騨そばのどちらも味わえる「牛心あればそば心」が、当時から愛されている看板メニューです。朴葉味噌のステーキも根強い人気があります。でも今となってはどこでも飛騨牛は食べれるから、そろそろ次の広まりそうなメニューを模索しなきゃと思っています。父親のように、<b>新たな飛騨高山の名物を生み出したい</b>使命感はありますね。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-327" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0029-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0029-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0029-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0029-768x512.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0029-1920x1280.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<h2 class="p4"><span class="s1">あなたの想いを文字にする「書想家」</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">東京で3年間修行した時のお店の社長が、独特な魅力ある字を書く方でした。お店のメニュー表もご自身で書かれていたのですが、その字だけでも不思議と美味しそうに見えるんですね。社長の<b>字とデザインセンスに魅せられました。</b></span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">その字体を真似できる人が少なかったのですが、僕は小学生の時に書道を習っていたこともあり、真似て書くことができたんです。そこから僕も書の魅力にハマりまして、坂口屋のメニューを書いたりしているうちにいろんな方の目に止まり、年賀状やポスターの字を書いてほしいといったご依頼をいただくようになったんです。気に入ってもらえるならいくらでも使ってもらえたらと思い、可能な範囲でご依頼を受けています。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">様々なご依頼をいただく中で、もっと<b>相手の気持ちを文字にしたい</b>と思いました。例えば、子どもの命名を書にするご依頼などは、ご夫婦の生まれたお子さんへの想いが上手く僕の文字になればいいなとか、どういう想いがあってこれを書いて欲しいのかなとか、<b>依頼者の心に想いを巡らせながら、僕の心も込めて文字を書きたい。</b>そういった想いから肩書きを<b>「書想家」</b>としました。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">書の活動の中でも、Facebook上で誕生日の友人には手書きのメッセージを送ってます。どうしても誕生日のメッセージって「おめでとう」と同じ文面が並ぶじゃないですか。その中でも僕の気持ちを少しでも伝えようと、手書きで想いを綴り始めました。年に一回はその人に向き合って、字に想いを込められる機会が嬉しいんですよ。これからも継続していきたいです。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">一度、古い町並み近くにある高山信用金庫さんのショーケースで、<b>「祭」</b>を題材に写真と一緒に僕の書を飾ってもらったことがあるんです。あれは<b>自分の魂が文字に乗っかった</b>気がして、心に残っています。</span></p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-191" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/sakagutisan8.jpg" alt="" width="540" height="292" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sakagutisan8.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sakagutisan8-300x163.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/sakagutisan8-768x416.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
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<p class="p5"><span class="s1">今後書想家としてやりたいことは、<b>飛騨のお酒のラベルや、飛騨に関わる商品のパッケージを書いてみたい</b>んです。ご縁があれば、ぜひ僕の書を使っていただけたら嬉しいです。 </span></p>
<h2 class="p4"><span class="s1">残したい、古い町並みの旦那衆の心粋。</span></h2>
<p class="p5"><span class="s1">この10年で高山の観光や古い町並みは大きく変わってきましたね。GWやお盆はまだ日本のお客様が多いですが、普段の体感としては外国からのお客様が半分近くです。もちろんインバウンド(外国人)対応も頑張っておりますし、分け隔てないおもてなしの心で接しております。それでも年がら年中外国からのお客様が大勢お越しになると、日本のお客様が肩身狭くなっちゃいますよね。だから僕は変わらず日本の方にもアピールし続けたいです。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">ちょっと厳しい言い方ですが古い町並みと言いつつ、新しいお店が多くなってきました。商売が最優先になってしまった、近代的な店内を見たりすると複雑な心境です。古いものを壊してしまったら、また何百年もかけて作るのは当然難しいですね。人間関係も同じです。店舗だけ借りて、朝と夕方だけ挨拶するような希薄な関係性では、どういう方かもわからなくて不安です。難しいかもしれませんが、理解ある方に住んでほしいんです。</span><span class="s1"><strong>商売だけの通りじゃない。</strong>もっと<strong>古い町並みに溶け込んで欲しい</strong>んです。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">もちろん今は様々な理由から、住むことも維持することも難しい時代だと分かっています。でもここに<b>住んでいる人の息遣いがあってこその古い町並み</b>です。建物も人間も<b>「昔ながら」</b>を残したい。もちろん時代に合わせて、試行錯誤していくことや新しく何かを生み出すことも必要です。だけど、<strong>時代が変わっても残すべきもの、守らなければいけないものがここにはある</strong>んです。そのために自分にできることはやりますし、お互い助け合って守っていけたらと願っています。</span></p>
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<p class="p5"><span class="s1">古い町並みのお店は大体18時前後でどこも閉店します。観光客もすっかりいなくなった夜、誰も歩いていない古い町並みの通りに、明かりがポツンと灯っている<b>風情</b>がなんともまた良いんです。そこに入ってみると、明かりに照らされた中庭を肴に、心許した者同士がお酒をゆっくり飲み交わす宴会がおこなわれている。きっと江戸時代はそんな風景もあったはずなんです。あんまり遅くまで騒ぐわけでもなく、<b>粋なお酒を粋な仲間たちと飲みたい</b>です。そんな夜の坂口屋も良いですよね。</span></p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter  wp-image-195" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0018-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0018-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0018-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0018-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p5"><span class="s1">古い町並みは春・夏・秋・冬で様々な風情を感じられる町です。また朝・昼・晩で移り変わる、<b>静けさと活気と情緒</b>といった違う表情に、ここに生まれ育った僕でも日々魅せられています。この美しさと<b>旦那衆の心意気(心粋)</b>を次世代に残していくことが、僕の使命です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote>
<p class="p4"><span class="s1">古い町並みで生まれ育ち、<strong>旦那衆の心粋</strong>を受け継ぐ坂口さん。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1">飛騨高山の原風景を残していくその尊い使命感と生き様に、<strong>飛騨人の美しさ</strong>を垣間見ました。 </span></p>
</blockquote>
<h2 class="p5"><span class="s1">連絡先</span></h2>
<p class="p5"><strong><span class="s1">坂口竜也(さかぐちたつや)</span></strong></p>
<p class="p8"><span class="s2">Facebook </span><span class="s1">：<a href="https://www.facebook.com/sakaguchiyaryu"><span class="s3">https://www.facebook.com/sakaguchiyaryu</span></a></span></p>
<p class="p9"><strong><span class="s1">御食事処</span> <span class="s1">坂口屋</span></strong></p>
<p class="p9"><span class="s5">住所：</span> <span class="s1">岐阜県高山市上三之町</span><span class="s4">90</span></p>
<p class="p5"><span class="s1">WEBサイト</span><span class="s6">：<a href="http://hidatakayama-sakaguchiya.com/">http://hidatakayama-sakaguchiya.com/</a></span></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/11/sakaguchitatsuya/" target="_blank">古い町並みで生きる旦那衆の心粋 ー 坂口竜也 ( 坂口屋 5代目 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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