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	<title>福祉 &#8211; ヒダスト</title>
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	<description>飛騨地方に生きる、飛騨人のストーリーを刻むメディア。</description>
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	<title>福祉 &#8211; ヒダスト</title>
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		<title>あなたに、萌の存在を知ってほしい ー 勝田なお子 ( 高山病弱児を守る会「あかりんぐ」代表 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/10/17/katsutanaoko/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 Oct 2018 06:49:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[飛騨市]]></category>
		<category><![CDATA[50代]]></category>
		<category><![CDATA[保育士]]></category>
		<category><![CDATA[医療]]></category>
		<category><![CDATA[市民活動]]></category>
		<category><![CDATA[福祉]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; 飛騨三市一村の重度心身障がい児(者)の保護者で結成された、高山病弱児を守る会「あかりんぐ」の代表を務める 勝田なお子さん。重い障がいを持って生まれた萌ちゃんに寄り添いながら、日々率先して活動を続ける強い意志 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1388" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko08-1024x548.jpg" alt="" width="541" height="290" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko08-1024x548.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko08-300x161.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko08-768x411.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko08.jpg 1568w" sizes="(max-width: 541px) 100vw, 541px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>飛騨三市一村の重度心身障がい児(者)の保護者で結成された、高山病弱児を守る会「あかりんぐ」の代表を務める 勝田なお子さん。重い障がいを持って生まれた萌ちゃんに寄り添いながら、日々率先して活動を続ける<strong>強い意志</strong>と願いとは？勝田さんの激動のストーリー、ぜひご覧ください。</p></blockquote>
<h2>長女として地道にコツコツ、頑張った幼少期。</h2>
<p>高山市山田町で、4人兄弟の長女として育ちました。ちょっと複雑な家庭環境だったので、目立たないように大人しくしながら、家事全般や下の子の育児にも積極的に協力していました。趣味にしているミシンも、小学生の頃から縫い物を任されていた影響です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2個下の妹が陸上でインターハイに出るくらい優秀で、正直コンプレックスがありましたね。そんな私が飛騨高山高校に進学して、バドミントンを始めたら東海大会まで行けたんです。部活の顧問が、練習への参加姿勢や、学業の成績を加味して大会メンバーを選ぶ方で、地味だけどコツコツ頑張ってきた日々が報われました。ようやく少し自信がついた瞬間です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>小さい子の面倒を見るのが好きだったので、保育士を目指して大垣女子短期大学の幼児教育学科に進学します。当時の勤労学生という制度を利用して<strong>働きながら短大に通い</strong>、保育士と幼稚園教諭の資格を取得しました。</p>
<p>両親からは高山に戻って来いと言われていたのですが、すごくお世話になった女子寮の寮母さんから「寮の世話役係をやってくれんか？」と頼まれて、そのまま大垣に残って働かせてもらいました。親にはど叱られましたけどね(笑)。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ両親もそれなりに年齢を重ねていたので、23歳くらいの時に高山に戻ってきます。ですが、保育士の仕事が全然見つからなくて、病院の看護助手を経てようやく託児所の仕事に勤めました。その後は結婚を機に仕事を辞めて、飛騨市河合町へ移住します。人生の大きな大きな転機は<strong>4人目の子ども、萌の出産</strong>で訪れます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1513" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/43548861_1900639536639495_4971476382296047616_n.jpg" alt="" width="493" height="297" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/43548861_1900639536639495_4971476382296047616_n.jpg 480w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/43548861_1900639536639495_4971476382296047616_n-300x181.jpg 300w" sizes="(max-width: 493px) 100vw, 493px" /></p>
<h2>4人目の萌の出産、消えない不安とモヤモヤ。</h2>
<p>萌の出産の際には立ちくらみや胎盤出血もあって、妊娠中から入院していたんです。ようやく産まれた時も「オギャー」と泣かなくて、一週間ほど目も開かない。ミルクを吸う力もなくて、一ヶ月経っても首が座らない。明らかに上の子達とは違っていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>毎週小児科を定期受診していましたが、「赤ちゃんの発達は人それぞれだからね」とずっと言われ続け、原因も症状も分からないからモヤモヤが消えません。この不安を誰に話していいのかも分からず、人に聞かれるのも辛いので、なるべく<span style="letter-spacing: 0.7px; font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;">人に会わないよう</span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;">に過ごす日々・・。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>徐々に明らかになることも増えてきます。産まれてからずっと、オムツ替えが大変だったんです。萌は常に両足をクロスしていて、カエルみたいなM字にならない。たまたま違う小児科医が診たときに「この子、足が脱臼していない？」と指摘されて、整形外科にも行きました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>整形のお医者さんから脱臼の治療のため、肢体不自由幼児が集まる「岐阜県立希望が丘こども医療福祉センター」を紹介され、岐阜市での入院生活が始まりました。障がいの子が多く通っている施設で、問診票に気になることを全部書いたら、岐阜大学病院へ紹介状を書いてくださったんです。脱臼の治療の区切りがついた段階で、岐阜大に検査入院しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「萌ちゃんは付き合うてんかんだね！」衝撃の言葉。</h2>
<p>検査の結果、脳梁(左右の大脳半球をつなぐ交連線維の太い束)が異常に小さいと言われて、「てんかん(発作を繰り返す脳の病気)」の疑いも出てきたんです。おかしい動きは発作かもしれないと萌の様子をすごく観察していたら、30秒くらい震えるような動作があるんです。入院して精密に検査した結果、「点頭てんかん(ウエスト症候群)」と診断され、「難治性で予後が悪い」と言われて、<strong>もうどうなるんだろう・・</strong>と思い詰めました。リハビリ室に行く時も周りから見えないようにタオルで隠して、私も俯いたまま通う毎日です。とても前向きになんてなれなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>高山の病院に戻って療養しますが、萌の発作は止まらなくてだんだんひどくなってきたんです。親戚が静岡にあるてんかんの専門病院を探してきてくれたのですが、今の担当医との信頼関係に響いたら・・となかなか言い出せず。そうしたら先生側から「専門の病院へ行ってみない？」と紹介されて、決心できました。</p>
<p>萌が4月に産まれてからすでに一年弱、上の子たちは主人や義母に任せっぱなしです。子どもたちも不安でしたよね。家族会議で事実を伝えてみんなで泣きながら、私と萌は静岡にある「静岡てんかん・神経医療センター」へ入院しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ごはんはなるべく食堂で食べる決まりで、周りは萌より重度のお子さんも多かったのですが、お母さんたちは明るい方ばかりでした。だんだん喋れるようになってきた頃、あるお母さんから言われたんです。「<strong>萌ちゃんは付き合うてんかんだね。一生、発作はあると思う。</strong>薬を飲んだら発作は収まる、でもそれで萌ちゃんが寝たきりでごはんも食べれない状況なら、少し発作が残ってもQOL(生活の質)を上げることを考えたら？」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>衝撃の言葉ではあったのですが、治らないんだ！と逆に前向きになれました。<strong>じゃあ萌がより幸せに、毎日を過ごせるようにしよう</strong>。半年の入院で大きな発作はある程度収まり、高山へ戻ってリハビリに専念しながら、そのさじ加減を模索する日々が始まります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1390" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko03-1024x580.jpg" alt="" width="538" height="305" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko03-1024x580.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko03-300x170.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko03-768x435.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko03-1920x1087.jpg 1920w" sizes="(max-width: 538px) 100vw, 538px" /></p>
<h2><strong>前例がなければつくればいい。地道な陳情が実を結ぶ。</strong></h2>
<p>静岡の病院で「<strong>療育</strong>(障がいをもつ子どもが社会的に自立することを目的として行われる医療と保育)」に出会いました。療育を受けたいことを飛騨市の福祉課にもお願いしたんです。そうしたら「萌ちゃんのケースは過去に前例がないからできない」と言われ・・、ダウン症の子たちの事例はあるので、何回も福祉課に足を運んではその度に断られました。</p>
<p>しかし福祉課のある方が<strong>「私も分からないけど、一緒にやりましょ。」</strong>と言ってくださり、静岡での事例を参考にしながら少しずつ萌も療育だったり、様々な公的福祉のサービスを受けれるようになりました。萌が前例となったことで、萌の3つ下にまた重い障害を持った子がいらっしゃったのですが、<span style="letter-spacing: 0.7px; font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem;"><strong>スムーズに申請できた</strong>み</span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;">たいでよかったです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その頃、病院のリハビリにも通いながら、同じような肢体不自由児のお母さんたちと多く出会いました。お世話になった担当の療法士の異動を機に、みんなでランチ会をしたんです。これがすごく楽しかった。定期的に集まろうよと<strong>「ハイジとクララの会(通称ハイクラ)」</strong>という、今も続いている互助会が始まりました。LINEグループに40名くらいですかね、当事者のお母さんたちは<strong>みんなすごく我慢して生きている</strong>んです。気楽に喋れる場所の尊さを感じながら、率先して会を開く自分がいました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>萌も同世代の子たちといると、表情がないように見えてやっぱり違うんです。せっかく河合町で生まれたのだから、同級生の中にこんな子もいるんだよと知ってもらいたい。そんな想いから飛騨市で初めて、看護師さん同伴で保育園に入園もさせていただきました。全国各地いくらでも事例はあります。後々聞いた話ですが、役所の中でも賛否は分かれていたそうです。でも<strong>「萌ちゃんにも保育園に通う権利がある！」</strong>と強く主張してくれる方もいらっしゃったそうで・・、本当にありがたいですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして保育園に通わせていただき、小学校に上がるタイミングでまた悩みました。飛騨市には支援学校がなくて、古川小学校の隣に3年後くらいにできる予定だったんですね。この時ありがたかったのは<strong>「それまで古川小学校に行くのはどうや？」</strong>と役所の方に提案していただいたことです。市の教育委員会の方と一緒に先進事例の視察を重ねながら、支援学校ができるまでの3年間、古小の中の支援学級に通わせていただきました。そのおかげで萌の存在を子どもたちに知ってもらえて、「萌ちゃん！」と恐れずに今でも声をかけてもらえるのは幸せだなと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1387" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko06-1024x507.jpg" alt="" width="539" height="267" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko06-1024x507.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko06-300x149.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko06-768x380.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko06-1920x951.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「あかりんぐ」として、安心・安全、快適、理解される地域へ</h2>
<p>飛騨三市一村の重度心身障がい児(者)の保護者の集いである「高山病弱児を守る会」の代表を、3年ほど前から任されています。なんだか会の名前が堅苦しいですよね(笑)。そこで受け継いで2年目頃から新たな会の名前を考えて、今年度から<strong>「あかりんぐ」</strong>とみんなで決めました。</p>
<p><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, Helvetica, Meiryo, MyYuGothicM, YuGothic, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: 1rem; letter-spacing: 0.05em;">子どもに病気や障がいがあっても、<strong>安心・安全(あ)、快適(か)、理解(り)</strong>される地域になって欲しい。そんな想いを込めて、行く先を照らす「あかり」と、みんなで輪になって助け合う、車椅子の車輪の「輪(りん)」、さらには繋がり進み続ける「ing」を加えました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>会員同士の交流の場である<strong>「和茶輪茶(わちゃわちゃ)会」</strong>を2ヶ月に一度開催しながら、年に一度クリスマス会を開いています。開催にあたって、ボランティアさんをお願いするかしないかで議論になったんです。反対派はやっぱり申し訳ない気持ちがあったみたい。でも一人では生きていけないんだから、そこで<strong>申し訳ないって思うのは違う気がする</strong>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Facebookで募ったら、10人くらいの方が自主的に参加してくださったんです。おかげさまで家族含めて、みんなが楽しめるクリスマス会になったのですが、ボランティアさんから最後に「ありがとう。」と言われました。感謝の念は尽きませんが、もっと<strong>頼ってもいいんだな</strong>と思えた瞬間の一つです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1386" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko05.jpg" alt="" width="539" height="315" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko05.jpg 720w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko05-300x175.jpg 300w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昨年のクリスマス会では着付け師の<a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100011155669117" target="_blank" rel="noopener">津田亜樹</a>さんから企画提案をいただき、<strong>肢体不自由児用の着物着付け体験</strong>をさせていただきました。その後、今年に入り浴衣のファッションショーの話がありましたが、体調が悪かったら出られません。そこで着付けをした写真を、プロのカメラマンである<a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100004280683606" target="_blank" rel="noopener">今村龍二</a>さんに撮影していただき、今年は各地で写真展を開催しています。多くの方から<strong>「勇気付けられる」</strong>とメッセージをいただく度に、この子たちの姿が誰かを元気付けている、そんなエネルギーを持っているんだなと感じています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1476" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko10-1024x560.jpg" alt="" width="540" height="295" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko10-1024x560.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko10-300x164.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko10-768x420.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko10-1920x1049.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>感情論や愚痴で終わらない。多目的トイレの調査。</h2>
<p>差別的な言動に出くわすことも多々あります。でも分からないから、知らないからなのかなと思い、まずは私たちが積極的に外出する姿勢を大事にしています。知ってもらった方が生きやすいですからね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>どんどん外出を重ねてみて分かったのですが、道中の段差は周囲の助けでなんとかなるんです。しかし、オムツを変える場所の少なさは大きな課題でした。多目的トイレに入っても、萌は身長が140センチあるので、ベビーベッドじゃオムツを替えられません。</p>
<p>あかりんぐの会長になってから、飛騨市長と面会したんです。その際に「飛騨市としては年に一箇所ずつ改修していきます。<strong>飛騨市が変われば、高山市も変わる</strong>からね。」と飛騨市長自ら仰ってくださいました。本当に嬉しかったですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちとしてもできることがしたいと、飛騨地域の多目的トイレの調査活動を始めました。もう一つ大きなきっかけとなったのは、観光で高山に訪れた車椅子の友人です。古い町並みを観光している際にオムツが濡れて替えようとしたけど、近くに大きなベッドがついたトイレがなくて、古い町並みから高山駅まで戻ったそうなんです・・。その話を聞いたときに、<strong>誰にでも優しい観光地になってほしい</strong>と心から願いました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうして調査して制作したバリアフリートイレのマップを、<a href="https://hidamommy.com/" target="_blank" rel="noopener">Hidamommy</a>さんのサイトにも<a href="https://hidamommy.com/%E3%81%8A%E5%BA%97%E6%83%85%E5%A0%B1/%E7%A6%8F%E7%A5%89/%E3%80%90%E3%81%82%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%82%93%E3%81%90%E3%80%91%EF%BD%9E%E9%AB%98%E5%B1%B1%E7%97%85%E5%BC%B1%E5%85%90%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8B%E4%BC%9A%EF%BD%9E/" target="_blank" rel="noopener">掲載</a>していただきました。代表の<a href="https://www.facebook.com/makiko.uehara.73" target="_blank" rel="noopener">周真希子</a>さんから「お母さんの腰の高さに合わせて設置してあるけれど、大概の赤ちゃんは生後半年も経つと急に動くから、落ちたら危険な高さは怖い。」と教えてもらったんです。決して、自分たちだけの問題ではなかったんですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1384" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko02-1024x546.jpg" alt="" width="538" height="287" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko02-1024x546.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko02-300x160.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko02-768x410.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko02.jpg 1421w" sizes="(max-width: 538px) 100vw, 538px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>物理的に変えるところ、人の気持ちや意識を変えるところ、どちらも大事ですが物理的な変化にはお金がかかります。みんなの税金を使うんだから、<strong>感情論や愚痴で終わっちゃダメ</strong>ですよね。「自分の子」だけじゃなくて「私たち」や「こんな人たちも」と、具体的かつ大きな主語で伝える必要があります。そのために会としてちゃんと現状を調べて、本当に困っている人たちの声に気づいてもらう。現状の調査結果と様々な当事者の声をお伝えしたら、<strong>高山市の対応は早かった</strong>ですよ。団体としての存在価値でもありますし、分かってもらえた喜びも大きかったです。</p>
<h2>安心して生きて、活きていくために。私の使命。</h2>
<p>飛騨の好きな場所は、国府にあるカフェの<a href="https://lacerise.hida-ch.com/" target="_blank" rel="noopener">ラスリーズ</a>さんです。玄関に段差があるのですが、必ずスタッフさんや時にはお客さんが乗り越えるために手伝ってくれるんです。物理的な段差はあるけれども、<strong>本質的なバリアフリーのお店</strong>です。段差がなくなると困る場合もあるから、なくすように求めることだけが正解じゃないんですよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1493" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko09.jpg" alt="" width="542" height="255" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko09.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko09-300x141.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko09-768x362.jpg 768w" sizes="(max-width: 542px) 100vw, 542px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば萌とコンサートに行くと、どうしても遠慮しがちな目立たない位置の席に誘導されます。無意識のうちに綺麗に仕上げようとしているのかな。そうした<strong>無自覚の枠組みや排除</strong>がきっとありますよね。ただ先ほど話したように、<strong>こうするべきという正解はない</strong>と思います。偏見を抱いて誰かを傷つけたりしても、優しさにたどり着く過程かもしれないですし。でもね、ご高齢の方からは「可哀想だね」って言われることが多いのですが、その度に「可哀想と思う、あなたの方が可哀想だな」って思っちゃいます(笑)。<strong>私は萌が可愛くて幸せで、萌も幸せだと確信している</strong>から。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>当然ですが、いつまでも私と萌がセットではいられません。いろんな方の応援やサポートを得ながら、私がいなくても生きていける子になってほしい。同時に私も、<strong>自分の人生を愉しんで、活きていきたい</strong>。萌が初めて2泊3日のショートステイを利用した時、22歳のもう一人の娘から「高校生の頃に、お母さんと二人でお買い物に行きたかった。」と言われたんです。萌だけのお母さんではない。分かってはいるけど、そのバランスはなかなか難しくて・・。でもそう言ってくれたのは、娘の勇気であり成長であるから嬉しいですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>生きるってなんだろうね。ただ間違いなく私自身は、萌の存在で価値観が大きく変わりました。車椅子の子たちだけじゃなくて、高齢者の方や精神的な病気の方、それぞれ与えられた使命があるのかな。障がいや病気を隠したい人もいます。当時の私も俯いて、人を避けていました。だけどある方から「<strong>あんたには発信する役目がある。</strong>あんたが言わなきゃ変わらないから、嫌われてでも発信するべきや。私はずっと味方だから。」そう強く言われたんです。生意気かもしれないけれど、私たちの活動や発信で、後に続く子が少しでも楽に幸せに生きられたら嬉しいです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1479" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko01-1024x601.jpg" alt="" width="540" height="317" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko01-1024x601.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko01-300x176.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko01-768x451.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/10/katsutanaoko01.jpg 1568w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><strong>力強く、でも優しく</strong>。自身の使命を語ってくださった勝田さん。</p>
<p>勇気を出して表に立ち続ける勝田さんの願いが、<strong>「安心して生きて、活きていくために」</strong>、未来の飛騨地域に道を創り続けています。</p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p><strong>勝田なお子(かつたなおこ)</strong><br />
<a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100006156436622" target="_blank" rel="noopener">https://www.facebook.com/profile.php?id=100006156436622</a></p>
<p>TEL：090-1474-8911（かつた）<br />
お気軽にお問い合わせください。</p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/10/17/katsutanaoko/" target="_blank">あなたに、萌の存在を知ってほしい ー 勝田なお子 ( 高山病弱児を守る会「あかりんぐ」代表 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>ひまわりになりたい〜恩送りの循環〜 ー 小澤さやか (株式会社ステキバリエーション常務取締役)</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/08/29/ozawasayaka/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 28 Aug 2018 23:17:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[30代]]></category>
		<category><![CDATA[福祉]]></category>
		<category><![CDATA[移住者]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>&#160; 常に元気で満面の笑顔、大きな笑い声が印象的な小澤さやかさん。人類皆兄弟と標榜する小澤さんの在り方の背景には、凄まじい人生のドラマがありました。ひまわりのように大きく鮮やかな花を咲かせる、小澤さんのストーリー [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-859" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka11.jpg" alt="" width="540" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka11.jpg 800w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka11-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka11-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p>常に元気で満面の笑顔、大きな笑い声が印象的な小澤さやかさん。人類皆兄弟と標榜する小澤さんの在り方の背景には、<strong>凄まじい人生のドラマ</strong>がありました。ひまわりのように大きく鮮やかな花を咲かせる、小澤さんのストーリーをどうぞご覧ください。</p></blockquote>
<h2 class="p1"><span class="s1">心のスラム期だった学生時代。</span></h2>
<p class="p1"><span class="s1">東京都大田区で生まれ、3歳くらいから神奈川県横浜市で育ちました。</span><span class="s1">一人っ子で父母と3人家族。</span><span class="s1">小さい頃から漫画が大好きで、一通りの漫画雑誌は読み漁っていました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">治安がよくない小・中学校でした。いじめもいっぱいあったな。<strong>怖くてしょうがなくて、言うなれば心のスラム状態。</strong></span><span class="s1">子どもの友情の美しさや尊さを描いたアニメとか観ると、ファンタジーだなって思うくらい。</span><span class="s1">中学校に入学した日に、サラシを巻いた女の先輩がいきなり教室に入ってきて、黒板によく分かんない漢字を書き出す</span><span class="s1">。そんな中学校で、私は目立たないように過ごしていました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="s1">荒んだ学校の中で唯一、優しさに触れたエピソードがあるんです。</span><span class="s1">当時小学校に知的障がいの子がいて、一緒に花壇に水をあげていたら、突然その子が私にも水を浴びせてきました。びっくりしていた私に、支援学級の先生が<strong>「さやかちゃんがひまわりみたいだから水をかけたんだね。」</strong>と言ったんです。すごく温かい気持ちになったんですよね。優しい先生の横顔も言葉も心に強く残っています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">その後は単位制の公立高校に進学したのですが、全く勉強せずに</span><strong><span class="s1">バイトに明け暮れていました。</span></strong><span class="s1">朝6時からラーメン屋で働いて、10時から学校に行くんだけど電車代がないから片道20キロ自転車漕いで、また夕方から居酒屋でバイトして・・。そんな学生生活です。</span></p>
<h2>進路は「南の島」、転機は「家族の解散」。</h2>
<p class="p1"><span class="s1">高校卒業前に進路を先生に聞かれて、ふと</span><span class="s1"><strong>「南の島に行きたい」</strong>と思いまして、卒業式も出ずに石垣島に飛び立ちました。だから南の島が私の進路だったのかな。大学進学する意義も当時は感じられなかった。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">石垣島のリゾートホテルで働いていたんだけど、</span><span class="s1">いろんな国のお客さんがいて、宗教もグチャグチャ。個性がぶつかり合う環境下で、ようやく<strong>自分を解放することを覚えました。</strong>仲良くなった外国人に教えてもらった<strong>「ちむじゅらさん(心が美しい・優しい人</strong></span><span class="s1"><strong>)」</strong>という言葉に、都会で外見のコンプレックスを抱えていた私はすごく救われたんです。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-839" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka09-e1535451512936-1024x863.jpg" alt="" width="532" height="448" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka09-e1535451512936-1024x863.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka09-e1535451512936-300x253.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka09-e1535451512936-768x647.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka09-e1535451512936.jpg 1276w" sizes="(max-width: 532px) 100vw, 532px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">いくつかの島を巡りながら1年くらい生活していたかな。いろんな人に出会ってすごく楽しかったけど、</span><span class="s1">こんなにフラフラしていたらマズイと思い帰郷。</span><span class="s1">地元に帰って、10社くらい就活するんだけど全部落ちました。魚の釣り方は知っていても、パソコンの使い方は分からなかった。断られ方も辛辣で、ハタチそこそこの小娘にはキツかったな。</span><span class="s1">家族もそれぞれ抱えるものがあって、良好な関係じゃなかったです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">さすがにマズイと思い直して、</span><span class="s1">結婚式場でブライダルの仕事を始めました。当時月収が12万円で、実家に頼らないと厳しいのに、諸事情により<strong>ある日家族が解散となるんです。</strong>詳しいことは私と飲みにいきましょう(笑)。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">どうしようかと悲嘆に暮れていたら、この時お付き合いしていた人が元自衛隊員で、「自衛隊なら寮に住み込みでお金も貯まるし、大学にも行けるよ」と教えてくれたんです。じゃあ自衛隊を受けて、ダメだったら住み込みでパチンコ屋に就職だな。そう考えていたら奇跡的に航空自衛隊に受かったんですね。<strong>「これで人生安泰だ！」</strong>そう叫んでしまった24歳の頃でした。</span></p>
<h2>自衛隊とヨガと保険営業と私。</h2>
<p class="p1"><span class="s1">控えめに言って、自衛隊も地獄でしたね！みんな同じ服を着て、同じ時間に起きて、同じごはんを食べる。自由のない生活。訓練もキツかったです。</span><span class="s1">数ヶ月の訓練の後に適性試験を受けて、私は気象観測員として、</span><span class="s1">岐阜県各務原市に配属されました。</span><span class="s1">ついに岐阜県に上陸です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">ただ、配属されたのが走ることに力を入れていた隊だったんです。長距離走の訓練を、雨の日も風の日もひたすら一日10キロ、調子良い時は20キロほぼ毎日走りました。<strong>ど根性</strong>が鍛えられた大きな大きな経験です。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">勤務の合間に東京福祉大学の</span><span class="s1">名古屋キャンパスに通い、勉強の楽しさを人生で初めて知りました。福祉の教科書には幸せや生きがい、人の心の動きなど実生活に深く関わりがあることなど、世の中の真理が書いてあると感じたんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">その後、自衛隊から通っていたヨガ教室へと転職しました。そこはヨガ、カウンセリング、コミュニケーション講座などを行うカルチャースクール。またまた突然の異業種なので苦労も多く、学ばないとならないこともたくさんあり、365日休まず働きました。普通だったら嫌になるほどの仕事量でしたが<strong>「世界を救えるかもー！」</strong>と本気で思い込んでいたので・・プライベートの時間、お金、生活環境、全てを注いで働いていたんです。ここで初めて社会に出て、仕事の哲学や心得、態度や姿勢などを学んだように思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">カルチャースクールで営業も頑張っていたんです。そうしたらプルデンシャル生命保険から<strong>「ぜひ一度お会いできませんか？」</strong>と電話がかかってきました。</span><span class="s1">売れてる営業マンの噂を聞きつけてヘッドハンティングで採用しているみたいで、これが先輩であり親愛なる</span><span class="s1">小林律子との出会いでした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-857" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka10-e1535501317786.jpg" alt="" width="542" height="481" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka10-e1535501317786.jpg 750w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka10-e1535501317786-300x266.jpg 300w" sizes="(max-width: 542px) 100vw, 542px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">面接をしてくれた彼女はバッチリスーツなのに、私はヒッピーみたいな格好。社会から</span><span class="s1">逸脱している自覚があったから、彼女は私を一瞥して</span><span class="s1">驚くか侮蔑するだろうなと思っていたんです。でも<strong>彼女は真っ直ぐに私の人間性を見てくれている</strong>ことが分かり、面接を受けることにしました<strong>。</strong></span><span class="s1">27歳くらいかな、人生の大きな転機でした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">プルデンシャルでは長い期間は働いていませんが、そこで得た繋がりや私らしい仕事ってなにかなって自問自答の末に、休止していた大学を思い出して<strong>福祉の道を志した</strong>んです</span><span class="s1">。小林さんはゼロから這い上がる私を全身全霊で支えてくれました。感謝しかありませんね。</span></p>
<h2>福祉の道へ入り、高山へ。</h2>
<p class="p1"><span class="s1">プルデンシャルの繋がりから、「</span><span class="s1">放課後等デイサービス(障がいのある就学児向けの学童保育サービス)」を行う名古屋の福祉事業所に転職したんです。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">自分が創り上げたい<b>「福祉」</b>ってなんだろう？働きながら自問自答し、理想とする曼荼羅</span><span class="s2">(</span><span class="s1">まんだら</span><span class="s2">)図</span><span class="s1">の初期の絵が出来上がっていきました。</span><span class="s1"><strong>子どもも大人も分かる形で、目指すビジョンを示したかった</strong>んです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-835" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka05-e1535451341180-1024x768.jpg" alt="" width="533" height="400" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka05-e1535451341180-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka05-e1535451341180-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka05-e1535451341180-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka05-e1535451341180.jpg 1478w" sizes="(max-width: 533px) 100vw, 533px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">具体的にどういう方法で形にしていくのか？模索する中で「高山でゼロから挑戦している人がいるよ。」と、とある先生が紹介してくれて</span><a href="https://hida-st.com/2018/07/04/mizutanimasaaki/">水谷将章</a><span class="s1">社長と出会います。早速出来たての事業所に見学に行ったんです。そこで社長に曼荼羅絵を見せたら<strong>「一緒にやりましょうよー！」</strong>と誘ってくださりました。踏ん切りがつかない私のために社長が名古屋まで何度も通ってくれたのもあり、高山に移住して</span><span class="s1">ステキバリエーションに入社しました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">とはいえ創業期のベンチャーだけあって、入社してからは毎日挑戦の連続です。<strong>心揺さぶられる4年間でしたね。</strong></span><span class="s1">それまでのいろんなご縁は清算されていたから、孤独を感じやすい高山の地で一人、試される日々。ますます人生に深みが出ました。でも</span><span class="s1">常に変化に対してチャレンジしていきたいし、変わらないって選択をしたくない。</span><span class="s1"><strong>挑戦のプロセスに希望がある</strong>と信じています。今では社長と喧嘩もしながら(笑)、志高い社員と働ける環境が大好きですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-829" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka03-1024x768.jpg" alt="" width="540" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka03-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka03-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka03-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka03-1920x1440.jpg 1920w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<h2>正と負の大きな振り幅が、豊かな人生を創る。</h2>
<p class="p1"><span class="s1">良いことも悪いことも、どちらもたくさん受け入れたい。その振り幅が豊かな人生を創ると信じています。20代の頃は</span><span class="s1">良いことばかりを追い求めてきたけれど、<strong>負の経験もあったからこそ自分なんだ</strong>と気づいたんです。人間はネガティブさを克服しようとするけど、自分のマイナス面も欠点も見つめて、引き受けていっていいんじゃないかな。</span><span class="s1">それが自身の魅力に繋がるし、そういう人を見るとすごく勇気が湧きます。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-837" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka08-1024x768.jpg" alt="" width="525" height="394" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka08-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka08-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka08-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka08.jpg 1478w" sizes="(max-width: 525px) 100vw, 525px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">仕事柄、悩みや苦しみを抱えている人に出会うこともあります。でも私は<strong>「すごいカッコいい人生だ。逆才あるな！」</strong>と、本気でそう思うんですよね。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">30代になってそうした目線を持ち始めたのは大きいです。<strong>プライドとか世間体とか諸々脱ぎ捨てた先の、小澤さやかのコア(核)ってどこだろう。</strong>何を大事にしているのか自問自答する中で、どうしたら本音・本心の自身と一致して、日々を自然体に「小澤さやか」として生きていけるか。</span><span class="s1">それはステキバリエーションに教えてもらったことで、</span><span class="s1">「感謝」なんて一言に集約できない。いろんな感情や想いがありますね。</span></p>
<h2 class="p1">ひまわりになって、太陽に向かって咲きたい</h2>
<p>人間は素直になれない、優しくなれない時があってもよいと思う。そんな時はついつい人を傷つけるようなことを言ってしまうかもしれない。だからなるべく、表面上の言葉をなぞるのではなくて、その<strong>言葉の裏にある想いを聞きたいし、受け取りたい</strong>んです。</p>
<p class="p1"><span class="s1">飛騨でいろんな人と関わらせてもらい、特にこの一年半は繋がりが加速していきました。大事にしたい好きな人が、一緒に時間を過ごして楽しい人が、たくさんいる街に変わったんです。感謝しています。</span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-830" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka02-1024x576.jpg" alt="" width="535" height="301" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka02-1024x576.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka02-300x169.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka02-768x432.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka02.jpg 1280w" sizes="(max-width: 535px) 100vw, 535px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">だから私もワクワクすることをどんどん描けて、高山の繋がりがそれを後押ししてくれると感じています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">私は<strong>ひまわりになりたい</strong>んです。</span><span class="s1">太陽に向かって真っ直ぐにグッと咲いてる、ひまわり。</span><span class="s1">絶対暑いよね、枯れちゃうよ。でも一心不乱に太陽を向いて、</span><span class="s1">大きな黄色の花を咲かせる。無条件で元気が出るよね。最後には</span><span class="s1">ギッシリと詰まったタネをワッと散らす。その<strong>循環の中に身を置きたい</strong>んです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-831" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka01.jpg" alt="" width="535" height="368" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka01.jpg 720w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka01-300x206.jpg 300w" sizes="(max-width: 535px) 100vw, 535px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1"><strong>私は私を全うするだけ。</strong>でも多くの人と共有して生きたい。自分が咲くことに夢中になる、その姿にタネをもらう人はたくさんいると信じたい。私はいつも誰かに支えられてここまで生きてきました。</span><span class="s1">恩返しは心底したいけれども、私を信じてくれた人はみんな直接恩を返して欲しいとは思っていない方々。だから私の周りの人たちに私が恩を送っていく。その<strong>恩送りの循環</strong>が、私をここまで導いてくださった方々への恩返しだと思っていますし、イメージはまさに<strong>ひまわりの在り方</strong>なんです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">正直、頭の中では日陰でひっそりと生きたい気持ちもあるけれど、ドMだからキツイ方が良いのかも(笑)。</span><span class="s1">なにかに挑戦しなきゃ始まらないし、体験したことが未来にどう繋がるか分からない。</span><span class="s1">だから<strong>真っ直ぐに太陽に向かって咲き続けるって、自分と約束したいな。</strong></span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-834" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka06-e1535451332795-951x1024.jpg" alt="" width="482" height="519" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka06-e1535451332795-951x1024.jpg 951w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka06-e1535451332795-279x300.jpg 279w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka06-e1535451332795-768x827.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/08/ozawasayaka06-e1535451332795.jpg 1440w" sizes="(max-width: 482px) 100vw, 482px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote><p><span class="s1">多くの闇と向き合ってきたからこそ、光の眩しさを感じられる。若くして数々の辛苦や修羅場、浮き沈みを経験してきた小澤さやかさん。</span><span class="s1">その<strong>半生で磨かれたコア</strong>は密度の濃い綺麗なタネとなり、次代の<strong>飛騨の地へ勇気と希望を育んでいきます</strong>。今後の小澤さんの挑戦に注目です！</span></p></blockquote>
<h2>連絡先</h2>
<p><strong>小澤さやか(おざわさやか)</strong></p>
<div class="wp-oembed-blog-card" data-cached-time="08/11/20 02:04:26"><a href="https://www.facebook.com/sayaka.ozawa.739" target="_blank"></p>
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</div>
<p></a></div>
<h6 id="co-index-6" class="p7"><span class="s1">株式会社ステキバリエーション</span></h6>
<p>WEBサイト：<span class="s2"><a href="https://www.stvariation.org/index.html">https://www.stvariation.org/index.html</a></span></p>
<div class="wp-oembed-blog-card" data-cached-time="03/11/20 11:17:12"><a href="https://www.stvariation.org/index.html" target="_blank"></p>
<div class="wp-oembed-blog-card__body">
<div class="wp-oembed-blog-card__title">株式会社ステキバリエーション | 高山 飛騨 デイサービス 障がい児支援 生活介護 学童保育</div>
<div class="wp-oembed-blog-card__description">岐阜県高山市にある株式会社ステキバリエーションは、５つの施設で放課後等デイサービス、生活介護、児童発達支援のサービスを運営しています。</div>
<div class="wp-oembed-blog-card__domain">www.stvariation.org</div>
</div>
<p></a></div>
<p><span class="s3">・保育士さん大募集中！！資格があれば嬉しいですが、資格がなくてもやる気があれば大丈夫。是非一度、お話をしましょう！上記サイトの企業理念に共感していただける方！まずはお気軽にお電話ください</span><span class="s1">。<br />
受付：080-1074-7081 （担当：小澤）</span></p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/08/29/ozawasayaka/" target="_blank">ひまわりになりたい〜恩送りの循環〜 ー 小澤さやか (株式会社ステキバリエーション常務取締役)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>もう誰も、不幸にさせない飛騨地域へ  ー 垣内無一 ( 須田病院 精神科医 )</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/07/25/kaitomuichi/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 25 Jul 2018 08:40:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[40代]]></category>
		<category><![CDATA[医療]]></category>
		<category><![CDATA[医者]]></category>
		<category><![CDATA[斐太高校]]></category>
		<category><![CDATA[福祉]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dear-hida.com/?p=417</guid>

					<description><![CDATA[<p>&#160; 須田病院で精神科医として働く、垣内無一(かいとむいち)さん。 飛騨地域の心の闇や閉塞感と向き合い続ける中で、気づいた人間の弱さと優しさの本質。垣内さんがこの地域で成し遂げたい志とは？ 全ての優しくなりたい飛 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/25/kaitomuichi/" target="_blank">もう誰も、不幸にさせない飛騨地域へ  ー 垣内無一 ( 須田病院 精神科医 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-446" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosann4-1024x375.jpg" alt="" width="539" height="197" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosann4-1024x375.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosann4-300x110.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosann4-768x282.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosann4-1920x704.jpg 1920w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<blockquote>
<p class="p1"><span class="s1">須田病院で精神科医として働く、垣内無一(かいとむいち)さん。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">飛騨地域の心の闇や閉塞感と向き合い続ける中で、気づいた<strong>人間の弱さと優しさの本質</strong>。垣内さんがこの地域で成し遂げたい志とは？</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">全ての<strong>優しくなりたい飛騨人、必読</strong>です。</span></p>
</blockquote>
<h2 class="p2"><span class="s1"><b>「人助けをする仕事」そんな意識が育んだ正義感。</b></span></h2>
<p class="p3"><span class="s1">幼少期を高山市の森下町で過ごし、小学１年時に上岡本町に引っ越しました。「医療法人生仁会</span> <span class="s1">須田病院」を創ったのが母方の祖父で、小さい頃から祖父の家に遊びに行くたびに「将来は頼むな」と言われました。いずれは医師として病院内で貢献することを、期待されていたのを覚えています。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">自分で言うのは恥ずかしいけど、そういうこともあって小さい頃から<strong>正義感の強い子</strong>でした。だから喧嘩もそんなに強い方ではなかったのですが、意地の悪い子たちとは衝動的によく喧嘩していましたね。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">中学校で一心不乱にハンドボールに取り組み、斐太高校に進学した後も勉強と両立しながら打ち込んで、キャプテンも務めました。ところが、そこまでは順調だったんですけど、高校</span><span class="s2">3</span><span class="s1">年の時に好きな子ができたんですね。そうしたら一つのことに突き進むタイプが仇になってしまって、いっぱい遊んじゃいました。それで目指していた大学に行けなくなっちゃって、私立の金沢医科大学に入ったんです。挫折を味わいましたがその分、<strong>大学ではめちゃくちゃ勉強しました</strong>ね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span><span class="s1">医学部で学ぶことのほとんどは人間の身体の勉強です。</span><span class="s2">100</span><span class="s1">あるとしたらその中で精神科の勉強って５くらいかな。だから学術的に没頭していく中で、途中からもっと内科学のことも学びたいと思うようになって、気づいたら精神医学にも精通する<b>「神経内科学」</b>を専攻していました。今では中枢神経</span><span class="s2">(</span><span class="s1">脳・脊髄</span><span class="s2">)</span><span class="s1">から末梢神経まで、人間の神経系というものがどう人間の精神系に影響しているのかに興味が移り、その学びが今の僕を形成しています。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">無事に大学を卒業してからは、</span><span class="s2">10</span><span class="s1">年くらい金沢の大学病院に勤めました。そして神経内科の専門医として働きながら、傍らで脳梗塞の研究をして博士号を取得しました。さあこれから本番だ！という気持ちで、高山に戻ってきたのが</span><span class="s2">8</span><span class="s1">年前ですかね。今は須田病院で働きながら、金沢で大学の講義を受け持ったりしています。最近では<b>脳科学も発展してきて、心の病気も脳の病気だと認識されてきていますので、神経内科学と精神医学はより身近な診療科になってきました。</b>僕は神経内科にもいたから、より論理的に心の病気を診れたりするのは強みですかね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1"><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-532" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei4-1024x768.jpg" alt="" width="423" height="318" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei4-1024x768.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei4-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei4-768x576.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei4-1920x1440.jpg 1920w" sizes="(max-width: 423px) 100vw, 423px" /> </span></p>
<h2 class="p2"><span class="s1"><b>普通に生活して人生を終えていける地域を。</b></span></h2>
<p class="p3"><span class="s1">認知症患者は少子高齢化でとても増えてきていて、僕は神経内科の経験もあるから<b>認知症疾患専任医師</b>を任されています。僕が大事にしている考え方は<b>ノーマライゼーション</b></span><span class="s2"><b>(</b></span><span class="s1"><b>高齢者も障がい者も健常者と同様の生活ができるように支援すること</b></span><span class="s2"><b>)</b></span><span class="s1">です。認知症になっても普通に<b>生活して人生を終えていける</b>ような姿が理想ですよね。しかしそんなに簡単な話ではありません。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">ちょうど昨年、『渡る世間は鬼ばかり』でも有名な脚本家の橋田壽賀子さんが『安楽死で死なせて下さい』という著書をお書きになりました。その中で<b>「認知症になって、みんなに迷惑をかけるくらいなら死にたい。」</b>と発言して、そうしたらそこに共感した人が予想以上に多かったんですね。でもその発言は、一生懸命に認知症患者さんをサポートしているご家族や我々スタッフからすると、<strong>否定</strong>されているようで正直不快だったりします。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p3"><span class="s1">だって人間は<b>社会的な生き物</b>なんだから、そういうときこそ<b>支え合って生きていくのが大事</b>じゃないですか。それに、そうした思想が過ぎると<b>優生思想</b></span><span class="s2"><b>(</b></span><span class="s1"><b>障がいの有無や人種などを基準に人に優劣をつけようとする思想</b></span><span class="s2"><b>)</b></span><span class="s1">に行き着いてしまう恐れもあります。</span></p>
<p>そういう意味で、近年は人間は老いて生きていくことの意味とか、<b>高齢者を敬うことの意味とか、あるいは死生学</b>とか、そういうスピリチュアルな事も、ある程度は考えないといけない時代になってきたのだと思います。<span class="s2"> </span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-531" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei5-990x1024.jpg" alt="" width="338" height="350" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei5-990x1024.jpg 990w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei5-290x300.jpg 290w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei5-768x794.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei5.jpg 1320w" sizes="(max-width: 338px) 100vw, 338px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p3"><span class="s1">認知症患者にはまだまだ根強い偏見もあるけど、昭和の初期までは「座敷牢」に隔離されていた時代もあった。それと比べたら今は在るべき姿に近づいていて、そこに貢献できているのは嬉しいし、やりがいがあると思いますね。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">認知症の啓発活動もどんどんおこなっています。ただ、認知症の人たちやその周りでサポートする人への知識・情報提供も大事だけど、本質的には一般の人たちの健康こそが優しい社会につながると考えています。一般の人が<b>不健全で余裕がないと、社会的弱者に優しくできない</b>ですからね。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<h2 class="p2"><span class="s1"><b>「人間は自分勝手で弱い生き物」だと思っている。</b></span></h2>
<p class="p3"><span class="s1">僕はギスギスした社会は嫌いです。でもここ最近、<b>世間は寛容じゃなくなっている</b>と思いませんか。一方の寛容を許容して、もう一方を社会的な正義を盾にして隅に押しやっている。もちろん人を傷つけるような犯罪は別にして、人間は時にミスを犯すものです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p3"><span class="s1">それなのに<strong>「なぜこのニュースをここまで大げさに取り上げるのか？」</strong>と言いたくなるような、過大報道されているニュースが多い。そうすると不倫でも未成年飲酒でもなんでもそうだけど、加害者側がまるで殺人を犯したかのようにマスコミや世間に叩かれますよね。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1"><b>それって大人の社会的なイジメ</b>だと思うんです。叩かれている人の気持ちを想って苦しくなる。<b>一方は助けるけど、一方は追い詰める。</b>それって<b>本質的にはマスコミが加害者側と同じ</b>ことをしているようなものですよ。どっちも同じ人権なのにね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-530" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei6-1024x922.jpg" alt="" width="374" height="337" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei6-1024x922.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei6-300x270.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei6-768x691.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei6.jpg 1503w" sizes="(max-width: 374px) 100vw, 374px" /></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">つくづく思うけど、<b>人間は自分勝手で弱い生き物</b>。僕からしたら<b>けったいなことをいう人間にも、それぞれの原点や正義がある</b>訳です。価値観だって千差万別。その人たちも巻き込んで、平和を目指すためにはどうすればいいんだろう？って考えないといけない気がする。少なくとも人間に優しくなるってことは、<b>その相手にも寄り添わないといけない</b>と思うんです。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">理想論を語り過ぎたら現実が見えなくなる。合理化に走り過ぎると、全体主義で個人の幸せは感じられなくなる。どっちにも傾きすぎてもいけないから、やっぱり最終的な結論は<strong>バランス</strong>なんですよ。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それに人間には<b>無駄なものを大事にしたり、無意味なものに価値観を見出したり、合理化だけじゃ説明できない心の機微や人と人との絆</b>があります。弱い人がいて、価値観の違う人がいる。多種多様な人間同士がお互いを認め合って助け合ってきたからこそ人類は繁栄してきたんだから。</p>
<h2 class="p2"><span class="s1"><b>人間は弱いから、「安全基地」がないと。</b></span></h2>
<p class="p3"><span class="s1">まずは自分自身の精神が安定していないと、患者を助けることはできません。自身のメンタルを健全に保つためには、<b>今では何事にも感謝すること</b>が大事だと思うようになりました。嫌なことがあっても感謝の気持ちをもつ。それがなくなると辛くなってくるし、感謝できるかできないかで日々の心の健康状態も分かります。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">もう一つ大事なのは、その人にとっての<b>「安全基地」</b>があること。「安全基地」があれば相手を尊重できる余裕が生まれます。定義は<b>「自分が</b></span><span class="s2"><b>100</b></span><span class="s1"><b>パーセント認められ、理解される場所」</b>です。例えば学校で暴れる子たちの中には、家庭が安全基地として機能していない場合がしばしばあります。家庭では厳しくしつけられているので、一見意外と</span><span class="s1">しっかりしていたりする。でも家の中で否定ばかりされていると、我慢して我慢して外（学校の中）で爆発しちゃうわけです。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">うちに駆け込んでくる若い患者さんも、自身を否定されていると感じて生きている子がたくさんいます。自分が甘えたい場所で甘えられなかったり、どうしてよいかわからなくて自傷や犯罪に走ってしまう事がある。だからこそ<strong>無条件で自己を肯定されている、愛されていると感じられる安全基地が必要</strong>なんです。</span></p>
<p><b>人間は弱い生き物です。</b>でも無条件に認められて受け入れられる場があれば、他人を尊重できたり、誰かと本当の絆を築くことができるんではないでしょうか。</p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">また同じ境遇でも、立ち上がれる人と立ち上がれない人がいます。その差はなんだろうってずっと考えてきたけど、その人自身の心の強さというよりは、<b>周りにメンター</b></span><span class="s2"><b>(</b></span><span class="s1"><b>師匠</b></span><span class="s2"><b>)</b></span><span class="s1"><b>がいること</b>が大事だと思いますね。適切な言葉を投げてくれて、良い方向へ引き上げてくれる人に恵まれているかどうか。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">例えばシングルマザーの方で、周りに相談できる人が誰もいなくて、気がついたら追い詰められて潰れちゃう方は多いです。でも自分をポジティブにする発想や思考を投げかけてくれたり、愚痴や言葉を交わせる人がいると違う。些細な会話でも、誰かがボソッと漏らした前向きな言葉に救われることとかも結構あると思うんです。だから<strong>対話の場だったり自己開示できる場づくりには、尊い価値</strong>を感じています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-449" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosann1.jpg" alt="" width="456" height="257" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosann1.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosann1-300x169.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosann1-768x432.jpg 768w" sizes="(max-width: 456px) 100vw, 456px" /></p>
<h2 class="p2"><span class="s1"><b>「自殺者</b></span><span class="s3"><b>0</b></span><span class="s1"><b>」の飛騨地域へ</b></span></h2>
<p class="p3"><span class="s1">僕が高山で好きな景色・場所は、宮川朝市ですね。どちらかといえば陣屋前の朝市の方が良いかな。おばあちゃんの健気で一生懸命な姿をみると、感動します。小さな体で朝早くから頑張って<b>周りと協調しながら働く姿を見ると、飛騨の山奥で暮らしてきた人の生活感や底力</b>みたいなものを感じる事ができるから<b>です。</b></span><span class="s2"> </span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p3"><span class="s1">ある方が飛騨地域を<b>「すり鉢の中で生きていく世界」</b>だと表現していました。山々に囲まれた、冬は大雪に閉ざされる狭い盆地で、支え合いながら生きていく世界。だから対立構造をなるべくつくらないように、折衷案を重ねて先人たちは生きてきました。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">でもね、<b>飛騨地方って自殺率が高いんですよ。</b>岐阜県内でもダントツで高い。すり鉢の世界だから、一度生き辛さを感じると逃げ場がないんですね。飛騨の精神医療を一手に担う、須田病院で働く人間としては大変不名誉なことです。だから僕の目標の一つは<b>「飛騨地域の自殺者を０にする」</b>こと。伝統文化があって、素敵な人がたくさんいて、美味しいご飯がある良い土地なのに、自殺率が高いって、やっぱダメでしょ！！</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-536" src="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei8-1024x673.jpg" alt="" width="355" height="233" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei8-1024x673.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei8-300x197.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei8-768x505.jpg 768w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/07/kaitosensei8.jpg 1890w" sizes="(max-width: 355px) 100vw, 355px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p3"><span class="s1">マイノリティ</span><span class="s2">(</span><span class="s1">少数派</span><span class="s2">)</span><span class="s1">の声は絶対大事です。<b>田舎では「剛に入っては郷に従え」といった慣習や思想</b>が今でも根強く残っていますけども、<b>同調意識で守るだけだと「排他」の文化</b>になってしまいます。弱い人たちに優しくあれる社会を、田舎だけどグローバルな価値観を持った地域を創りたいんです。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1">この歳になってようやく気が付いたことは、自分の人生で身を賭してできることってほんの僅かしかないってこと。だからこそ様々な分野の志が近い仲間たちと協働し合って、<b>物事を成し遂げていく</b>こと。<b>小さな歯車</b>になることが大事。</span></p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<p class="p3"><span class="s1"><strong>人間は優しくもあるし卑怯でもある、曖昧な生き物。</strong>だからこそお互いが支え合い、ポジティブな意思を紡いでいかないといけない。僕も日々、優しくなりたいと思っています。みんな平和に、心穏やかに過ごせる地域にしていきたいですね。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<blockquote>
<p class="p3"><span class="s1"><b>「優しくなりたい。」</b>取材中、何度もそう呟く垣内さんの志は、日々多くの悩みや葛藤と立ち向かっています。それでも実現させたいのは、もう<strong>誰も不幸にさせない飛騨地域</strong>。今日もその志が、尊い生命に寄り添い続けています。</span></p>
</blockquote>
<p class="p4"><span class="s1"> </span></p>
<h2 class="p2"><span class="s1"><b>連絡先</b></span></h2>
<p class="p3"><span class="s1"><b>垣内無一</b></span><span class="s2"><b> ( </b></span><span class="s1"><b>かいとむいち</b></span><span class="s2"><b> )</b></span><span class="s1"><b>　</b></span></p>
<p class="p3"><span class="s1">医療法人生仁会須田病院</span><span class="s2"> / </span><span class="s1">認知症疾患医療センター長</span></p>
<p class="p3"><span class="s2"><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100009752738696">https://www.facebook.com/profile.php?id=100009752738696</a></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/25/kaitomuichi/" target="_blank">もう誰も、不幸にさせない飛騨地域へ  ー 垣内無一 ( 須田病院 精神科医 )</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>泥臭く生きて、周りの放つ光を大事にしたい ー 水谷将章 (株式会社ステキバリエーション 代表取締役)</title>
		<link>https://hida-st.com/2018/07/04/mizutanimasaaki/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[丸山純平]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Jul 2018 07:17:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[高山市]]></category>
		<category><![CDATA[30代]]></category>
		<category><![CDATA[福祉]]></category>
		<category><![CDATA[移住者]]></category>
		<category><![CDATA[経営者]]></category>
		<category><![CDATA[起業家]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dear-hida.com/?p=77</guid>

					<description><![CDATA[<p>「株式会社ステキバリエーション」を起業し、福祉事業に邁進する水谷将章(みずたにまさあき)さん。 常に笑顔で軽快に冗談を飛ばす水谷さんですが、その人生には大きな絶望の谷が・・。ドン底からの復活と、移住した高山で描く未来を取 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/04/mizutanimasaaki/" target="_blank">泥臭く生きて、周りの放つ光を大事にしたい ー 水谷将章 (株式会社ステキバリエーション 代表取締役)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-80" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0328-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0328-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0328-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0328-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<blockquote>
<p class="p1"><span class="s1"><strong>「株式会社ステキバリエーション」</strong>を起業し、<strong>福祉</strong>事業に邁進する水谷将章(みずたにまさあき)さん。</span></p>
<p class="p1"><span class="s1">常に笑顔で軽快に冗談を飛ばす水谷さんですが、その人生には大きな絶望の谷が・・。ドン底からの復活と、移住した高山で描く未来を取材しました。</span></p>
</blockquote>
<h2 class="p1"><span class="s1">社長さんになりたい！名古屋で過ごした子ども時代。</span></h2>
<p class="p1"><span class="s1">愛知県名古屋市中村区で生まれ、大学卒業までは名古屋で過ごしていました。小さい頃から人と同じことができない悩みを抱え、やんちゃで先生にはよく叱られてましたね。でも実は小学生の時から経営者になるのが夢だったんです。母親を運転手付きの車に乗せたいと思いまして、<strong>「社長さんになりたい！」</strong>とよく言っていたみたい。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">大学は名古屋にある名城大学の都市情報学部に入学して、まあ学生時代は遊び呆けていました。でも大学2年生の時、僕の夢は経営者になることではなかったのかという反省から、試験を受けて<strong>経営学部に編入</strong>して一生懸命勉強します。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">就職活動をしていたある日、慌てていたんですかね、証券会社の説明会に行こうと思ったら会場を間違えて、自動車メーカーのスバルの説明会に参加してしまったんです。まあビジネスを学べるなら扱う商材はなんでもいいやと思い、しかし父親が乗っている車は日産だったので日産自動車のディーラーへと就職を決めました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2 class="p1"><span class="s1">数回の転職とドン底からのスタート。</span></h2>
<p class="p1"><span class="s1">岐阜県本巣市に配属になったのですが、9ヶ月で辞めちゃいましたね。今思えば、完全な自分の実力不足なんですけど、より早く起業したいという焦りから落ち着いて仕事ができなかったんです。若さゆえにどうしてよいのか分からずに転職しちゃいました。それで知り合いの中古車屋の社長の下で働くことを決意して、愛知県岡崎市に移り2年間修行します。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="p1"><span class="s1">その後はご縁から居酒屋の店長を任され、<strong>ひどい時には一日20時間近く働いていた</strong>んです。スタッフのマネジメントはすごく学べたんですけど、激務で心も身体もボロボロで長くは続かなかった。「自分は一体なにをやっているんだ、なんでこんなに続かないんだろう。」<strong>自分を責め続けて本気で落ち込んでいた</strong>のが、27歳の時でした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-78" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0325-1024x683.jpg" alt="" width="539" height="359" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0325-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0325-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0325-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 539px) 100vw, 539px" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="s1">そんなときに再会した知人から<strong>コーチング</strong>(対話によって相手の自己実現や目標達成を図るコミュニケーション技法)を教えてもらいました。最後のチャレンジにと、なけなしのお金を払ってコーチングや心理学を学んだんです。そうして自分の感情や気持ちと向き合う中で、<strong>少しずつ前向きに</strong>なります。でも誰かのもとで働くイメージはできなくて、当然お金がないから事業もできない。だけど気持ちだけは上がり続けている状況でした。</span></p>
<h2 class="p1"><span class="s1">高山への移住とふとした言葉で人生が動き出す。</span></h2>
<p class="p3"><span class="s1">学生時代からお付き合いしていた彼女が高山出身で、28歳の時に<strong>心機一転、一緒に高山に移住</strong>することを決意したんです。彼女のご両親もそんな状況の僕との同棲を許可してくださった。とはいえ半年くらいはあまり動けずにいました。コーチングの企業研修やスポーツ選手のメンタルコーチなど、ちょっとした仕事はしていたんですけどね。</span></p>
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<p class="p3"><span class="s1">彼女は福祉の仕事をしていて、たまたま「障がいを持つ子どもたちを預けられる場所がないんだよね」という話を聞いたんです。その瞬間に、<strong>障がいを持つ子どもの親御さんが嬉しそうに美容室で散髪しているイメージが鮮明に浮かんだ</strong>んです。なるほど親御さんが常に子どもといるしかない状況なら、髪の毛を切りにいくこともできないのかと気づきました。</span></p>
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<p class="p3"><span class="s1">実際に調べてみたら多少施設はあったけれど、平日に日常的に使える場所はなかったんですね。福祉は整っていて当たり前だと思っていた自分にとってその事実は衝撃的で、これはなんとかしなければならないと<strong>起業を決意</strong>しました。</span></p>
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<p class="p3"><span class="s1">そこで高齢者施設を運営している友人に相談したら、障がいのある子どもたちが通える場所として「<strong>放課後等デイサービス</strong>(障がいのある就学児向けの学童保育サービス)」という仕組みがあると教えてくれたんです。その友人から150万円を貸り、銀行にも事情を全部話して追加の融資をしていただき、<strong>会社をつくったのが約5年前の29歳の時でした。</strong>当時の心境としては上手くいくのか恐怖もありましたが、それ以上になにもできていなかった自分自身からの解放感で、とにかく前に進むしかないと意気込んでましたね。</span></p>
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<p class="p3"><span class="s1">徐々に利用者が増えてサービスを喜んでくれる方もいました。そうして事業所をいくつか展開しながら、なんとか障がい者の方にも働く環境の提供と賃金向上を目指したいということでiphoneの修理事業も始めました。まだまだ障がい者の方の雇用形態まではできていないんですけど、いずれは形にしていきます。</span></p>
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<p class="p3"><span class="s1">最近始めた事業である「元気づくりジム ミナギル」は、僕の友人が他の土地で既にやっていた事業です。たまたま見学しに行ったら目の前で、歩行に不自由を感じていた人が歩けるようになったのを目撃したんですよ。これは高山に必要だと思って、友人に教えてもらいすぐに作っちゃいました。今の時代は物が溢れ過ぎて困っちゃう時代だから、<strong>ある程度手放していくシンプルな生き方</strong>にシフトしていると思うんです。そうなると<strong>自身の健康や生きがいが一番大事</strong>ですからね。</span></p>
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<p class="p3"><span class="s1">僕自身、<strong>人が身体も心も健康になっていく</strong>のに直接関われるのが一番嬉しい。そういった事業を今後も会社でおこなっていきたいので、多くの人に利用してもらえたらありがたいです。設備やスタッフのサービスには自信がありますからね。</span></p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-87" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0334-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0334-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0334-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0334-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<h2 class="p1"><span class="s1">「よそ者」は飛騨に試されている。</span></h2>
<p class="p3"><span class="s1">起業当初、とある人たちからは「よそ者のお前になにができる？」「株式会社だなんて金目当てなのか？」などなど、心ない言葉を多く投げかけられました。「よその人」っていうニュアンスだけじゃなくて「どこの馬の骨じゃ」みたいな敵意を少し感じたんです。福祉事業とはいえ、当然<strong>収益を上げないと事業を継続できない</strong>のですが、僕がそう口で言っていても説得力がないから、やっていくことで認めてもらうしかない。</span></p>
<p class="p3"><span class="s1">今思うと<strong>「よそ者」って言われるのはコミュニケーションの一種</strong>なんですね。飛騨に試されている、洗礼です。そこを飛び越えたら逆にグッと距離が近くなった気がします。</span></p>
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<p class="p3"><span class="s1">この飛騨の地域には人として尊敬できる方が多いです。それはAI(人工知能)じゃ代替できないですよ。 ただあくまで僕の主観だけど、良いものは良いとお互いに認め合う姿勢がもっと広がったらいいなと思う。飛騨地域は<strong>人と人との繋がりが深いから、そこで突き抜けるのは勇気がいる</strong>よね。狭い地域だからこその付き合いは魅力的でもあるけど、やりにくさを感じて水面下で進めるくらいならどんどんやっちゃえよ！人の問題だからいいじゃん！と思うんです。進むところは進まなきゃ。</span></p>
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<p class="p3"><span class="s1">僕みたいに<strong>高山の良さに漠然と惹かれている「よそ者」</strong>はとっても多いと思う。知らないだけで実はいろんな仕事も選べるし、住めば都になりやすい地域ですよ。たまには都会のネオン街に憧れる日もありますが(笑)。</span></p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-79" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0326-1024x683.jpg" alt="" width="540" height="360" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0326-1024x683.jpg 1024w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0326-300x200.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/DSC0326-768x512.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
<h2 class="p1"><span class="s1">自身は泥臭く生きて、周りの放つ光を大事にしたい。</span></h2>
<p class="p3"><span class="s1">社名である<strong>「ステキバリエーション」</strong>は、一人一人の素敵を会社を通じて前に出していきたい！と思ったら降ってきました。いまだに上手く言語化はできないんですけど、一人一人の存在価値を、その人が放つ光を大事にしたいんです。</span></p>
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<p class="p3"><span class="s1">僕は障がいがあるとかないとか、あまり思ったことがないです。子ども達も僕のことを「しゃちょー」とか「まちゃー」とかあだ名で呼んでいるんだけど、それはつまり<strong>人と人という個人で繋がっているだけ</strong>。肩書きは一つのツールでしかないですね。僕は泥臭く生きたいんです。人に揉まれ続けて、人間味に溢れて生きていきたい。</span></p>
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<p><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-81" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/mizutanisan_shuugou.jpg" alt="" width="540" height="405" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/mizutanisan_shuugou.jpg 960w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/mizutanisan_shuugou-300x225.jpg 300w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/mizutanisan_shuugou-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 540px) 100vw, 540px" /></p>
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<p><span class="s1">一回ドン底に落ちた時に味わった感情は、<strong>誰の役にも立てていない虚しさからの自己嫌悪</strong>だったんです。今思えば、周りと比べて劣等感を感じやすい自分でした。勇気を出して自分で勝負をしていくようになったら楽になって、今は少しだけ胸を張れますかね。できていないこともいっぱいあるけど、できていることも一つ一つ確認して進んでいます。変に大人になろうとせずに心は子どものまま、スタッフや周りの人たちの「やりたい！」の声に素直に答えたい。</span></p>
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<p><span class="s1">自分が存在していることで誰かの役に立てたらすごく幸せですし、<strong>いろんな人に救われてきたからこそ僕は生きている</strong>んです。今では彼女とも無事に結婚して、2歳の可愛い娘がいます。本当に娘が可愛いんですよ。これからもみなさんのお役に立てるように頑張っていきます。</span></p>
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<blockquote><p><span class="s1">自身が<strong>ドン底</strong>を経験したからこそ、深い深い人間愛に溢れる水谷さん。</span></p>
<p><span class="s1">その熱い想いが動かす優しい事業は、今日も多くの人々を笑顔と健康にしています。</span></p></blockquote>
<h2 class="p7"><span class="s1">連絡先・募集事項</span></h2>
<h6>水谷将章(みずたにまさあき)</h6>
<p><a href="https://www.facebook.com/profile.php?id=100003220355536">https://www.facebook.com/profile.php?id=100003220355536</a></p>
<h6></h6>
<h6 class="p7"><span class="s1">元気づくりジム「ミナギル」</span></h6>
<p><img loading="lazy" class="aligncenter size-full wp-image-146" src="https://dear-hida.com/wp-content/uploads/2018/05/footer_logo.png" alt="" width="600" height="228" srcset="https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/footer_logo.png 600w, https://hida-st.com/wp-content/uploads/2018/05/footer_logo-300x114.png 300w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></p>
<p class="p7"><span class="s1">住所：岐阜県高山市上岡本町7-500-1</span></p>
<p class="p7"><span class="s1">営業時間：平日12:00～21:00 / 土日10:00～19:00</span></p>
<p class="p7"><span class="s1">定休日：木曜・週末・年末年始</span></p>
<p>WEBサイト：<span class="s2"><a href="http://genki-minagiru.com/">http://genki-minagiru.com/</a></span></p>
<p class="p7"><span class="s1">・無料体験会実施中！お気軽にご連絡ください。</span></p>
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<h6 class="p7"><span class="s1">株式会社ステキバリエーション</span></h6>
<p>WEBサイト：<span class="s2"><a href="https://www.stvariation.org/index.html">https://www.stvariation.org/index.html</a></span></p>
<div class="wp-oembed-blog-card" data-cached-time="03/11/20 11:17:12"><a href="https://www.stvariation.org/index.html" target="_blank"></p>
<div class="wp-oembed-blog-card__body">
<div class="wp-oembed-blog-card__title">株式会社ステキバリエーション | 高山 飛騨 デイサービス 障がい児支援 生活介護 学童保育</div>
<div class="wp-oembed-blog-card__description">岐阜県高山市にある株式会社ステキバリエーションは、５つの施設で放課後等デイサービス、生活介護、児童発達支援のサービスを運営しています。</div>
<div class="wp-oembed-blog-card__domain">www.stvariation.org</div>
</div>
<p></a></div>
<p class="p8"><span class="s3">・保育士さん大募集中！！資格があれば嬉しいですが、資格がなくてもやる気があれば大丈夫。是非一度、お話をしましょう！上記サイトの企業理念に共感していただける方！まずはお気軽にお電話ください</span><span class="s1">。<br />
受付：080-1074-7081 （担当：小澤）</span></p>
<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://hida-st.com/2018/07/04/mizutanimasaaki/" target="_blank">泥臭く生きて、周りの放つ光を大事にしたい ー 水谷将章 (株式会社ステキバリエーション 代表取締役)</a> first appeared on <a href="https://hida-st.com/" target="_blank">ヒダスト</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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