飛騨地域の経済から「地方を動かすメカニズム」を探る ー 田代達生 ( 十六総合研究所 )

東海地方を代表する地方銀行「十六銀行」のシンクタンクである「十六総合研究所」の研究員として働く、田代達生さん。

飛騨地方へ赴任されてからもうすぐ2年。今では高山市の経済政策アドバイザーや白川村の総合戦略の策定など、自治体での仕事にも携わっています。

そんな田代さんが感じる、飛騨地方の可能性とは?興味深き、飛騨の地域経済とは?

飛騨地方の捉え方が変わるインタビューです。田代さんの軽快な語り口と、本編とは関係ない飛騨グルメ画像と共にどうぞお楽しみください。

「柳ケ瀬商店街」に魅せられて、岐阜市に帰郷し「十六銀行」へ

岐阜県岐阜市で生まれました。母子家庭で育ちます。京都大学文学部に入学し、あまり経済のことに関心を持たず、バイトもせず、文学、哲学やジャズ、ファミコン等に傾倒し、社会から順調に逃避しておりました。しかし、親からの経済支援には早々と限界が来ることが判明し、さすがに就職をせねばならない状況になります。

岐阜市にある「柳ケ瀬商店街」の洋品店や近鉄百貨店で売り子をしていた母親から、商店街の昭和中期から後期の盛り上がり、武勇伝をずっと聞かされて育ち、大学3年生の帰省時、柳ケ瀬って今どうなん?と思って一回確認しに行ったのです。

柳ケ瀬の全ての路地やお店を一日かけてぐるぐると回ったら、けっこう面白いお店があったりレトロな雰囲気が良くて、岐阜に帰ってもいいかな、と思った。これが地元就職のきっかけです。

説明不要。高山市大新町「万人橋」のカツ丼と中華そば。

社会のことも経済のことも知らなかった僕ですが、十六銀行が入れてくれたから入行しました。そうしたら最初の配属先がまさかの柳ケ瀬支店!だけど入行した1999年夏、柳ケ瀬支店の目の前にあった「近鉄百貨店」が撤退することとなり、いきなり街の大きな灯が一つ消える事態となります。これはヤバイと思っていたら2001年冬、今度は柳ケ瀬のセンター「長崎屋」が撤退するのです。

当時、経済の状況は金融危機といわれる局面で、1999年に「金融検査マニュアル」ができ、「貸し渋り」と批判されるようなことも起きていました。雨の降っている企業から傘を取り上げる、と比喩的に言われますが、まさしくそういう状況でした。

うどんとそばが混じり合う、高山市の「新井こう平うどん」

柳ケ瀬には、不景気ながらがんばっている企業さんも多く、僕は柳ケ瀬のいろんな企業さんと仲良くさせていただいて、仕事は楽しかった。一方でそんな状況だから、金融では企業さんに元気を与えることができない……

仕事を辞めようか迷っていた時に、まちづくりを志す某NPO法人を立ち上げようとする人たちに柳ケ瀬で出会いました。入行3年目の僕もそれに参画し初期メンバーに。しかし音楽性の違いにより一早く脱退しました。SMAPで言えば森くんくらい早かった。

その後、まちづくりがやりたかった残党のようなメンバーがなんとなく集まって、NPO法人ORGANを立ち上げます。今では「長良川おんぱく」などをやっている長良川流域のまちづくりを志す団体です。このメンバーとはずっと付き合い続けており今に至ります。

金融という仕事だけでは物足りない。「お金」というベールを通さない、まちづくり、経済そのものにも触れたい、関わり続けたい、という想いはこの頃からずっと変わらない気がします。

大学院でさらなる経済学を探求し、気がついたら飛騨の地へ

十六銀行では名古屋支店や本部での勤務を経験し、次の転機は2015年、名古屋大学大学院の経済学研究科に通い始めます。

僕は銀行員としては腕が立つ方だという自負があったけれど、実際の銀行の業務ってストリートファイトに近いのです。とにかく大きな融資を取ってくるとか、大きなディール(取引)を動かすやつが強いみたいな世界観。

しかしそれでいいのか。「目の前の案件は、本当に地域のために役に立っているのか?」経済をもっと体系立てて学んで、俯瞰的に街をみたい。正当な教育を受けた金融家、地域経済の担い手になりたい。そんな想いがありました。

ということで、大学院で2年間、経済学を真面目に勉強しまして、そもそもの「地域金融」ってなんだろうと考えたり、基本的な経済学の手法とか、論文の探し方・書き方を学びました。

市民の嗜み。高山市「国八食堂」の豆腐ステーキ定食。

そうしていたところ、20178月、「明日から飛騨に行ってね」という辞令をポンといただいてしまい、十六銀行が有する「十六総合研究所」という研究機関の一員として、飛騨地方三市一村の皆さまのお手伝いをするというお仕事をしています。

ちょうど今は、白川村の総合戦略をつくる仕事や、飛騨市での人手不足対策の仕事、加えて、高山市の経済政策アドバイザーも今年任命されまして、飛騨でのスローライフを満喫するはずが最近めっきり忙しくて残念です……

とはいえ、僕が新しいアイデアを飛騨に持ち込んだり仕掛けたりしている訳じゃなくて、飛騨の皆さまはすでに答えを持っているのです。皆さまそれぞれに思っていることがあって、僕はそれを聞いて「それってこういうことですよね」とまとめ直したりしているだけ。むしろ、僕が気づかされることがいっぱいある。

高山市桐生町の聖地「きそじ」。美しいスカート肉。

例えば、飛騨地方は、これだけ外国人を含めた世界から観光客が来て、「観光」や他の基盤産業でも稼げているのに、なぜ地域の人口が減るんでしょうか?冷静に考えたらおかしいですよね。

この現象は何なのか。突き詰めて調べた結果、人口が移動する理由のおよそ半分は所得の問題だ、ということが判明します。

個別最適と全体最適が一致しない。興味深き「飛騨の経済」

この飛騨地方では、岐阜県平均や岐阜市と比べ、賃金や給料がやや低い。何度も申し上げますが、飛騨地方は外からお金を稼ぐ力は強いんです。だけど稼いだ分、外にお金を払っている。クリエイティブ産業とかエネルギー産業とか食料品とか、数十億円レベルの大きな穴(漏出と言います)がいくつも開いていて、地域内での経済循環がよくないため、所得が上がっていかない構造になっている。

高山市国府町 焼肉喫茶「桜華苑」のカルビ定食。

この問題の難しいポイントは、実は企業さんの個別行動を見ると最適化されていることです。例えば、お土産さんを考えると、売れやすくマージン(利益率)の高いものを仕入れ、自分たちは売ることに特化する戦略を取る。お客さんが目の前を毎日たくさん通るから、そりゃそうなります。

しかし、そうすると仕入れの中でも「マージン率が低いけれど地元を代表しているお土産」は仕入れなくなり、いつのまにか「飛騨の装いをかぶっているが鳥取県や長野県で製造された商品を販売することに特化している飛騨高山のお土産屋」が爆誕するのです。

これは、商品の仕入れより売る方へ特化していく「選択と集中」が行われた結果です。こうして飛騨地域の企業は、個別ではそれなりに稼いでいるにも関わらず、地域全体としては潤わない状況ができています。個別最適と全体最適が一致しない、これを「合成の誤謬(ごびゅう)と言います。

飛騨古川に古来より伝わる「ほりのうえ」のジャンボえび天うどん

このように、今、私が関心があるのは「個別支援」ではなくて、地域経済全体のコーディネートやデザインの視点です。飛騨地域に来てようやく、このマクロ・ミクロの違いが分かった気がする。そしてこのテーマは、面白いわりにあまり誰も研究していないので、自分はライフワークとして取り組みたい。

こういう状況の解決に必要なのは、ひとつには産業政策です。補助金制度をつくって地元製品を売るインセンティブ(誘因)を生むとか、地元製品に分かりやすい目印(シグナル)を付けることで、実質的に地元外の製品を規制することもできるかもしれない。

良い取り組みをしている企業を表彰したり目立たせる仕組みも良いかもしれない。今のところ、飛騨ではそうした方法論は模索中であって、まだまだできることは多い。

下呂市小坂町「ひのきや」。鶏ちゃんの最強食堂。

なにより、飛騨ではこうした産業政策が、ほかの自治体よりもよく効きそうだ、と思います。それは、経済としての閉鎖性があるからです。

例えば通勤圏として飛騨地方を見ると、三市一村で、地域外に通勤したり地域外から通ってくる人は、統計上では一桁%。経済空間としての閉鎖性を持っている地域だから、経済政策が効きやすいし、可視化できる。産業政策の打ち手を打ったとき、この地方がその後どうなるかという未来も見たいです。

「地方を動かすメカニズム」を、飛騨地方は創れる可能性がある

我が国では「人口減少」が、暗闇の雲のように地方を覆っています。マクロとしての人口減少は止めようがないし、「地方を活性化しよう!」と言いつつも正直、無理ゲーに近い地域が多い。「撤退戦」と言ってもいいかもしれない。

飛騨古川の殿堂 「かをる」 のミックス定食。

ですが、飛騨地域は撤退戦ではなく、前進していく地方としていけるんじゃないかと思っています。なぜなら、この地域は外貨を獲得できる基盤産業が存在し、それにも関わらずお金の流出は大きいけれど、それも問題点が特定できている状況にあるのです。こうした点を改善すれば、出血は止められるんじゃないか。所得が増える経路を作れれば、飛騨地域はなんとかなるのではないか。そんな「地方を動かすメカニズム」をつくれる可能性がある地域だと思います。

でも一つ、飛騨の方々を見ていて気になることは「なんかしらんけれど東京から買っている」という購買行動があまりにも多すぎること。特に問題視しているのは企業間購買、BtoBの取引でこれが多いことです。

高山市清見の名店。欧風カレー工房「チロル」の焼チーズカレー

なんか妙に地域外に発注している企業が多いですが、BtoB取引は、域内発注化を考えないと、どんどん地域経済が弱まります。

もちろん、地域内ではどうしても手に入らないクオリティのサービスや商品は当然あるからそれは仕方ないこともあります。だけど東京神話は早く捨て去って、企業の購買行動はぜひ見直してほしい。

高山市連合橋近くにある韓国料理店「アリラン」のミックス

この飛騨では、地域に対して前向きなモチベーションを持って、アクションを起こす人が他の地方よりも相対的に多いと感じます。僕はそうした飛騨人たちと引き続き楽しくやりたい。これからの「地方を動かすメカニズム」を、共に飛騨から探っていきましょうよ。それだけの可能性がある、貴重な地域なのです。

飛騨地域の経済から「地方を動かすメカニズム」を探る。

田代さんが語られた切り口やヒントは、いずれも飛騨人の生活や、地場の産業・企業の在り方を俯瞰的に捉えることができたら見えてくることばかり。そう答えはすでに、飛騨人みんなが知っているはず。

岐阜県の山奥で、田代さんの楽しい挑戦の日々は続きます。

連絡先

田代達生 (たしろたつお)
https://www.facebook.com/tashirointernational

株式会社 十六総合研究所
http://www.16souken.co.jp/

この記事を書いた人

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丸山純平

丸山純平(まるやま じゅんぺい)
高山市出身。株式会社ゴーアヘッドワークス 企画/ライター
ヒダストのほぼ全ての記事を書いています。
最近は飛騨ジモト大学の事務局も担当。
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